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sand castle

 眩しく輝く太陽の下、海は蒼く、浜の砂は熱い。
 エースは1人、パラソルの下に座りながら目を細めた。
 燃え上がる太陽にも負けないほど 赤くて長い髪。すんなりと伸びた華奢な手足。
 それから。
 思わず視線を逸らしたエースは眩しげにさらに目を細くした。
  当の本人は自分の体のことをガリガリの痩せっぽちだと認識しているらしいのだが、まだ幼いとしか言いようのない頃からずっとその姿を見てきたエースの目は、その細さの中のしなやかさ、そして細さに加わったやわらかな曲線に気がつかないではいられない。確かにルフィの友人だと言うオレンジ色の髪の娘の異性的な魅力に溢れた肢体とは違っているが、エースの瞳には眩しくてかなわず、落ち着いて直視することができていない。
 真っ白な水着を身につけたサクヤ
 そういえば、今年はサクヤはいつの間に水着を買っていたのだろう。去年まではルフィとエース、サクヤの3人揃って海水パンツと水着を買いに行くのが夏の初めの決まった行事のようなものだった。恥ずかしがり屋のサクヤは試着にはいつも1人で行ってエースたちに感想を求めることもないのだが、それでも試着に行く前に色と柄についてああでもないこうでもないと口を挟む機会があった。それなのに、今年は。
 ゾロやサンジと一緒に行ったわけではないだろう な。
 エースは唇を歪め、自分を笑った。そんなあり得ない事を咄嗟に考えてしまうほど、実は自分は動揺しているのか。たった水着1枚のことで。一緒に買いに行こうにもここしばらくは家には寝に帰るだけの日々だったのだから、もしかしたらそれが原因かもしれないのに。
 けれど。
 エースは何となく予感した。恐らく来年からは例えエースが家で暇を持て余していたとしてもサクヤは1人で水着を買いに行くだろう。或いはその隣りに並んで一緒に行くことが出来る男がいたとしたら、それはサクヤがそばにいたいと、パートナーでありたいと願う人間…恋人が出来たときだろう。
 その時、俺は。
 エースの瞳に一瞬強い光が浮かび、すぐにやわらかなものに変わった。
 わかっている。自分に出来ることはサクヤが願うもの、願うことが叶うように祈ること、見守ること。サクヤが笑って安心できるように受け止めて包むこと。自分のすべてを賭けて護る事。いつまでも護れる様に強くあり続けること。それは多分誰よりも自分のために。
 ビーチボールが飛び交う歓声の中、楽しそうに笑うサクヤの横顔が見えた。
 幼い面影をあんなに残しながらいつの間にまた綺麗になったのだろう。
 エースは砂の上にゴロリと寝転び、パラソルの脇の空を見上げた。
 自分の中に満ちる熱さと温かさの違いが自然と落ち着くのを待った。


 どのくらいの間、眠ったのだろう。
 目を開けたエースは首を回して目を開け、視線の先にサクヤの後姿をとらえた。
 砂浜に座りこんで夢中になっているらしいその前には、砂の山…というよりも固まりがあった。見ればルフィ達他の人間は少し離れた海の家で一休みといったところ。サクヤだけが1人で黙々と手を動かしていた。
 ふ・・・・
 エースの口から小さな笑みが零れて流れた。
  砂の城。サクヤはこれを作るのが大好きだった。エースがルフィと時にはシャンクス達と浜や海で溢れる体力を発散していた時、決まってサクヤは波打ち際から 少し離れた辺りで湿った砂を積み上げていた。積んで、叩いて、固めて、貝殻を飾って。創造すること以外を忘れ入るような後姿は今も同じ。エースをホッとさせ、なぜか同時に胸の奥を締め付ける。
「別に日向じゃなくても作れるよな」
 砂から抜いたパラソルを担いで行ったエースが声を掛けると、サクヤは驚きに目を丸くして彼を見上げた。
 エースは口角を上げながら深くパラソルを差し、傾きを調節してほっそりした姿をを日陰で覆った。
「お前は、白くて焼けやすいんだから。ガキの頃は熱出して、氷をもらいに走ったりしたな」
 真っ赤に燃えるように焼けてしまったサクヤの肩が、鼻の頭が痛々しくて。エースは夜に何度も隣家やマキノの家に走り、その年から日焼けや火傷に良く効くアロエを家で育てたりもした。
「ありがと」
 すでにうっすらと赤味を帯びている頬の色がちょっと濃くなったように見えた。
 エースは隣りに座って胡坐を組み、作りかけの砂の城を見た。見て、驚いた。それは幼い頃に見ていたものとは全く別物だった。砂と海水という同じ材料でここまで違うものが出来るのか。逆さまにしたバケツで型を抜いて重ねて貝殻で装飾した懐かしいものとは全く違う、精巧で重みのある城が半分できかかっていた。
「すげぇな」
  小さく呟きながら作業を再開したサクヤの手元を眺めていたエースは、すぐに気がついた。子ども時代と今、同じ砂の城とはいっても作り方が全然違う。これまでずっとエースは砂の城作りを砂を積んで形を整えていく作業だと思っていた。しかし、今、サクヤはそれとは逆のことをしている。みっしりと固く固められた砂を、ヘラで削り彫っていく。そう、今作っている城はまさに砂の彫刻なのだ。
「随分作り方を研究したんだな」
 エースが言うとサクヤは笑った。嬉しそうだった。
「今日海に来ることが決まった日からちょっとあちこち調べたの。乾いてきたら霧吹きで水を掛けながら作るといいみたい」
「本格的というか、無茶苦茶楽しそうだな、お前」
 楽しそうな笑顔は幼い頃のままなのに。
 髪の隙間から見えるうなじの白さとシンプルなデザインの水着に包まれたやわらかさが何となく匂い立つようで。
 愛しくて、大切で、そばにいるのに心がそのもしかしたら見えないだけかもしれない距離を嘆き…エースは喉元に込み上げた熱い塊をぐっと飲み下した。
「もう…焼けちまってるな。触ったら痛そうだ」
 そうだ。だから、伸ばした指先をこの細い肩には触れない。ギリギリまで近づいてしまったそれからゆっくりと逸らして長い髪をそっと梳いた。
「エース…?」
 振り向いて首を傾げたサクヤに今気持ちにあるだけの笑顔を向ける。
「何でもない。またちょっと寝るから、お城ができたら起こせ。冷たくてキーンとくるかき氷、一緒に食うぞ」
 再び砂に身体を横たえ目を閉じて。
 それでも心は真っ直ぐにサクヤの方を向いている。気恥ずかしいほど真っ直ぐ、波の音が祝福に聞こえるほど。
 愛しい、愛しい、愛しい。
「俺はこうしてると内側から焼けちまいそうだ・・・・」
 波間に隠して囁くと、それを笑うように海鳥が頭上で鳴いた。


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