星を見たいね。
フーシャ村で毎晩見てたみたいな空いっぱいの星。
この街は夜もいろんな色の灯りでいっぱいだ けど、こうやって屋上に出ても星はほとんど見えないね。
大きなプラネタリウムはあるけど、あれも違う。
本当の星の色や瞬きじゃない。
どうしてかな。
時々、ものすごく星を見たくなるよ。
屋上を吹く風は、街の風だった。それなりに冷えてはいるが埃と建材の匂いがして、地上の喧騒をのせて来る。
この風も嫌いではない。
けれど、懐かしくなる風がある。
風車をグルグル回す風。
波の音を運ぶ風。
サクヤは目を閉じて風を楽しんでいる。その横顔と風になびく長い髪を、エースは黙って眺めていた。
星を恋しいというこの妹は、それでもこうして風と遊ぶ。
一緒にいられる時間が大好きなのだと瞳で語る。
語られると…何か応えたくて、応える形が浮かばなくてただ全身にエネルギーが満ちる。溢れる。それをそのまま見せるわけにはいかないから、大抵の場合はそのエネルギーをなんとか押し固めて微笑ひとつの中に封じ込めるのだが。
でも、今夜は。
「しかたない。行くか」
「…行く?」
目を丸くした顔が幼い頃とまったく同じで、それがエネルギーにやわらかな火を点ける。
「星を探しに。夜が終わらないうちに」
まだ半分驚いた顔のままのサクヤの唇が曲線を描き始める。
「ま、夜なら多少飛ばしても簡単に見つかりはしないだろ」
差し出されたエースの手にサクヤはそっと自分の手をのせた。
手を繋いで走る2人の顔は幼いころのそれに似ていたかもしれなかった。
「遅れるなよ!」
エースのホッパーが先頭を切った。
「うひょ~!速ぇな、エースは」
サクヤにつかまっているルフィが笑った。
「くぉら!お前、ちょっと重すぎるんじゃねェ?最初っから遅れてんじゃねェかよ!」
ゾロの後ろのサンジが怒る。
「あぁ?一応、すぐ目を回すアホコックにペースをあわせてやってたってのがちっともわかってねぇようだな。後悔するなよ、今の言葉!」
叫ぶと同時にゾロが一気に加速した。
うわぁ、と言うのと恐らくひょえ~とか言うのが混ざったらしいサンジの奇声にサクヤは微笑した。
「このバカでかい街さえ離れれば、夜はちゃんと暗くなる。天気予報は上々だ。行くぞ!星探し」
張りのあるエースの声を聞くと気持ちが一気に高揚する。
普段は安全運転の範囲をしっかり守っているサクヤも、思い切り風を切ってみたくなる。理由は簡単。速く飛んでエースと一緒にいたい。ゾロに負けたくない。
サクヤとルフィのホッパーは長くじっくりと加速し、ぶつからないように大きくゾロのものを回りこみ、エースと並んだ。
エースは2人の顔を見て微笑した。
「楽しいか?街から出たら海、目指すぞ」
「村にいた時みたいに?」
「そうだ。懐かしいもの全部、見つけるぞ」
「すっげぇ~」
高いビルの隙間を飛んだ。
溢れる灯りがあっという間に通り過ぎて後ろに流れる。
笑いながら通り抜けた街は蓋を開けた宝箱のようだとサクヤは思った。
町外れの先には灯りはところどころしかなかった。
ポツポツと見える灯りを伝って夜の中を飛んだ。
暗い中、空気に混じりだした懐かしい匂いと空に見えはじめた幾つかの光。
「星が!エース」
「ああ、見えてる。真っ直ぐ飛ぶぞ。生きてるか?サンジ。じきに下りるからな」
夜の中、最初は海の広さがわからなかった。
ゆっくりと下りながら、少しずつその大きさを実感した。
ふわりと着地した砂浜。
時折白く見える波頭。
そして、空いっぱいの星。
サクヤとルフィは歓声を上げ、ゾロは小さく笑い、サンジは疲労しきった顔で唇に煙草を挟んだ。そのひとつひとつの顔を確かめた後、エースは自分も広がる夜空を見上げた。
サンジは帰りの分の気力と体力を溜めるため、膝に顔を埋めて休息していた。
ルフィはゾロにホッパーの乗り方を教わろうと張り切っているのだが、ゾロの教え方が悪いのか、ルフィに足りないものがあるのか、いっこうに成果は出ていないようだ。
サクヤはずっと星を眺めていた。
こんな風に波の音を聞きながらゆっくり星を見たかった。エースにその気持ちが全部通じていたのが嬉しかった。
懐かしい。
星を眺めているといつまでも飽きることがなくて、夜更かしをしていい大人がとてもうらやましかった。
「星、もっとたくさん見たくないか?」
手を差し出しているエースの傍らにはホッパーがあった。
「たくさん、見られる?」
「ああ、多分な」
サクヤは、エースがエンジンを掛けたホッパーの上にそっと導かれた。そのまま手を腰に持っていかれ、頬を熱くしながらつかまった。
ふわり、と浮いたホッパーはゆっくりと海に向かい、波の上を進んだ。
空の星。水面に映る星。星が一度に2倍になった。
前も後ろも上も下も。星が本当にたくさんあった。
「綺麗。本当にいっぱい」
感嘆の吐息とともに囁いたサクヤの声にエースは小さく口角を上げた。
「ガキの頃はこういう見方はできなかったよな」
サクヤは頷くことしかできなかった。
夜空の真ん中にいるような錯覚とエースの体温、声、そして香り。
心と身体の両方で感じた眩暈に飲み込まれないように、ぎゅっと唇を噛んだ。
「行くか?行けるとこまで」
背中に触れているサクヤの額が一度上下したのを感じ、エースは片手をハンドルから離して腰のサクヤの手を包んだ。
「夜が終わるまで、飛べたらいいな」
こうして一緒に星を眺めながら、やがてそれが朝日に消えるまで。
同じひとつの夢を見ているようなこの気持ちのまま。
エースは少しだけ加速した。
2人の間の熱が少しだけ高くなった。