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かくれんぼ

 なんて賑やかな春。
 柔らかな光にまだ初夏の眩しさは少し遠く、それでも梢を1本1本見上げると自然と目が細くなる。

 「エ~ス~!どこだぁ?」

 大きな大きなルフィの声が木々の下に座る様々な人たちをつかの間、圧倒した。ふふ、かくれんぼでもしてるのかな。一瞬、記憶が遠くに飛ぶ。かくれんぼ、は幼いわたしたちがとても気に入っていた遊びで、かくれる役はいつもエース。ルフィは鬼をやりたがった。思えばあれは小さなルフィが毎回エースに勝負を挑んでいたのかもしれない。そしてそのルフィの助手として鬼仲間にしてもらえたわたしは、きっととても幸運だった。ルフィがエースを探し出すとドンドン走り回る半径が大きくなって、決まってわたしは最初の場所に戻される。留守番兼見張り役。エースが戻ってきたときに見逃さないように。でも、つまりそれは、わたしの貧弱な体力ではルフィについていけないからで、ひと言もそれを言われない分、独りになると子どもながらにただ寂しいだけとは違う孤独を味わった。
 でも。
「くぉら、ルフィ!食うと飲むと叫ぶのを同時にやるな!走り回るな!いくつのガキだよ、おめェはよ!って、黙って酒くらってねェで、その鉄砲玉の首根っこをひっつかまえてきやがれ、クソマリモ」
「食いモンが切れたら戻るだろうが。じきだ。ほっとけ、世話焼きコック」
「誰が母親だって?えェ?」
「…言ってねぇだろ」
「あんたたち、ほんっと、気の毒なくらいいいコンビねぇ~」
「それ、大きな誤解だよ、ナミさ~ん」
 賑やかな春、賑やかな空気。その中に響くよく知った声。とびきり楽しそうなその音は、他の花見客たちが生み出す音たちと一色違って聞こえてくる。
「なあ、サンジ!俺も、肉!肉食いてぇ!目の前で焼いたやつ!」
「5段重ねの重箱2つ…お前にかかると何であっという間に半分カラになりやがるのか。こっちはダメだぞ!こっちはレディたちとエースさんの分だ。そっちで我慢しとけ」
「なあ、サンジ、焼肉~」
「コンロも七輪も持ってきてねェだろうが」
「この酒には炙った鳥皮が合いそうだな」
「…何か言ったか?マリモ」
「あ、鳥の皮ってコラーゲンたっぷりよね!ぷるぷるお肌にはかかせないわよ、サンジ君」
 ふふ。
 きっとナミは最高にキュートなウィンクをひとつ、サンジ君に投げただろう。で、間もなくサンジ君の大奮闘が始まる。大焼肉大会開始準備。焼く道具ととびきりの食材をいかに素早く集めてくるか。ゾロは荷物持ちの後、きっと火起こし。そして、それ全部が多分、この公園に入ったときに漂ってきた炭火で焼かれた食材たちの香ばしい匂いを鼻腔で捕らえたサンジ君が覚悟していたことなんだ。
 そしてルフィは。
 そのままエース探しを続けてもよいはずのルフィは、ちゃんとナミの隣りで胡坐をかいてお重箱の残りに取り組みだした。ナミは一見とっても強い女の子だけど、ルフィには違う面も見えているんだと思う。もしかしたら女同士のわたしにも見えていないところも。
 嬉しいね、そういうの。
 邪魔、したくないな。
 だからわたしは、このまま桜を見よう。1本1本、味わいの違う桜の木。しっかり見て、味わおう。こっそりルフィのエース探しを引き継ぎながら。


 かくれんぼ、実はわたしはルフィに負けたことがない。いつもエースを見つけるのはわたしだった。それも、最初にいた場所のすぐ近くで。見つかったエースはニコニコ立ち上がる。きっと、わたしたちが100まで数えている間に1度うんと遠くまで行くんだ。で、わたしたちが探し始めると、そっと少しずつ隠れ場所を変える。ルフィが遠くまで走り出してわたしが留守番になった頃、エースは静かに戻ってくる。絶対わたしを1人にしない。心の中にいつの間にかそんな確信が生まれるほど、いつもエースはわたしに見つかった。手抜きはしない。わたしは走り回って疲れた体を一休みさせたあと、そっとそっと近くを探し始めるのだけど、エースはそう簡単には見つからない。そばにいるはずなのに、見つからない。わたしは毎回ちょっと焦る。今回はエースはまだまだずっと遠くにいるんじゃないか。そばにいてくれるはず、というのはわたしの甘えた自惚れじゃないか。でも、いるはず。いてほしい。そんな気持ちが募った先でエースを見つけたときの嬉しさ。そうするとわたしは柄じゃない特大の笑顔になるしかなくて。でも、そんなわたしに見つかったエースの顔にも大きな笑顔があって。へとへとになって戻ってきたルフィは素直にびっくりして喜んでくれて。
 ねえ、エース。わたしたち、こんなに大きくなったけど。一緒にお花見に来れただけでこんなにこんなに嬉しいけれど。
 でも、もう、そばにいてくれるって確信しちゃいけないんだよね。
 エースにはわたしの知らない世界があるから・・・きっととっても大きな。あの頃は小さな島っていう自然の境界線がわたしたちを取り囲んでくれていたけど、今はもうそれはないから。
「あ」
 その時、ひときわ見事な花を見た。一輪一輪が生き生きと見える大輪の桜。花びらの1枚1枚が風にくすぐられて笑っているような。眩しい、眩しい桜。
 夢中になって見上げていたわたしの足は、何かに躓いた。ふらつきながら目を落とすととても大きな足が見えて、思わず謝るのを忘れて見つめてしまった。
「…その立派な髪の色、もしかして、赤髪の娘かよい」
 後ろから声がして、驚いた。見ると1人、男が立っていて…何だろう、あの微笑は。面白がっているような、でも穏やかな視線。
 シャンクスを…知ってる?
 驚いているわたしの顔から答えを読んだのか、男は笑みを深めた。
「大当たり、みたいだよい、オヤジ様よ」
「…まぁ、ずいぶんと細い娘っこだぁなァ」
 桜の木の下でゆったりと胡坐をかいて盃を持ち上げているのは、さっき見とれた大きな足の持ち主だった。大きな体と真っ白な髭、そして深い声。その前に立っている自分をひどく小さく感じてしまうような。そしてそれは多分、体の大きさのせいだけじゃない。
「この小娘、逃げださないのは見所もあるが、それにしてもずいぶんと固まっちまったみてぇだなぁ。」
 みてぇだなぁって。
 ほんとにその通りだったから、自分でも笑いたくなってしまった。
 シャンクスを知ってるこの人たちは誰?
 怖がった方が…いいのかな。
「妹なんで、手出し無用でよろしく」
 上から、声がした。
 それから、トン、とエースが降りてきた。さっきまで見上げていた木の枝のどれかから。
「惜しかったな、サクヤ。久しぶりのかくれんぼはここまでだ。この2人に会わなかったら、多分、またお前が勝ってたな」
 この2人。
 まだどこか面白がるようにエースとわたしを見比べている2人の男を見るエースの表情は、あたたかかった。そうか。シャンクスを知ってるんじゃない。エースの知り合いなんだ。それもきっと、ただのじゃない。エースの顔には日頃見慣れない何かがあった。時々、シャンクスが見ていない時、そっとそっちに向けられるものと似ているような。そう。相手の存在を存在としてはっきり認めている視線。とても珍しい表情。
「なら、名乗るのは次の機会に見送るとしようかよい。ちゃんとした再会にな」
 立っている男が言うと、胡坐をかいている大きな老人がグラララ…と笑った。
「こんな時のおめェの判断は大体信頼してもいいからなぁ、マルコよ。エース、妹を連れてってやんな。おめェの望みどおり甘やかしてやるといい」
「ああ。じゃあな。また、明日」
 ほら、とエースはわたしの手を取った。あったかい。あったかくて、驚いた。久しぶりのエースの手。その手に引かれて歩き出したとき、どうしたらいいか迷った。迷って、見送る2人に結局小さく頭を下げた。そうしたら、しばらく忘れられない感じの笑顔が2つ、返ってきた。
 あれが、エースの世界の人、なんだね。
 その問いを言葉にはしなかった。
 『次の機会』という響きがまだ耳に残っていた。もしもそういう機会が来るのなら。エースが自分の世界を自分から見せてくれる時が。不思議に落ち着いているこの気持ちは、もしかしたらわたしをエースの『妹』と言ってくれたあの声のおかげかもしれない。エースがそう話してくれていて、それを覚えていてくれたということだから。
 エースが『明日』を約束した2人。どうぞ、また会うことができますように。
「立派だったろ、あの木の桜。あそこにいればきっとお前が見つけるだろうって思ったんだけどな。そしたらどっかりその下に座られちまってよ」
 エースが笑った。
「大きくて立派な人だったね。ああ、あの桜に似てたかな」
 一輪一輪が見事に咲き誇っていたあの桜。老いてなお、忘れがたし。
「そう見えたか?嬉しいな…あの人は俺の第2のオヤジ、だから」
 オヤジ?
 足を止めたわたしをエースは静かに見下ろした。
「驚いたか?第1は、まあ、悔しいけどシャンクスにしてやるけどな。でも、こんな風に思える相手を持てた事、すっげェ嬉しいんだ、実は。ルフィも、シャンクスも、みんな合わせて…そして何より、お前みてぇな妹を持てた事、ひっくるめて全部奇跡だ」
 エースの顔に見えたのは、兄の顔、そして少年の顔。エースの言葉の響きはわたしを相当驚かせたけど、それよりもそんな言葉を聞けたことが嬉しかった。
 エース。
 わたしは時々、今があることにとにかく感謝したくてたまらなくなることがあるんだけど、もしかしたら、それはエースにもあることなのかな。いつもお日様みたいに眩しいエースの中にある、深い深い何かをもっと感じ取れたらいいのに。ああ、でもそれはダメかな。わたしはエースが見せていいと、見せたいと思ってくれる分をしっかり受け止められればいい。ほんの少しも逃がさずに。それなら、きっと、エースの笑顔を守れるから。
「赤髪の娘、ねェ」
 エースの指がわたしの髪を梳いた。感じた小さな温度に胸の奥が苦しくなった。もう、十分、甘やかされてる。繋いでいる手と通り抜けた指のその温度に。
 大好きなエース。『明日』の約束はなくても、『ずっと』が自分の中にあるから。
 少し首をかしげて覗いてきたエースに笑顔を向けると、エースの指がキュッと返事をした。
「エ~ス~!ほら、やっぱりサクヤが見つけてきたろ?俺、まだサクヤに勝ったことねェんだ、かくれんぼ。サクヤ~!ほら、肉!肉!最初に焼けたら、お前にやる!」
 変わらず元気なルフィの声が聞こえ、ブンブン、力いっぱい振ってる両手が見えた。見上げると、エースと同時に声を出して笑った。
 かくれんぼ。
 今日もやっぱりエースの勝ちだ。


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