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siesta

 滑らかな泡。
 湯の表面を覆いつくしてふんわりと盛り上がる泡は軽くて香りが良く肌にしっとりとなじむ。半ば陶酔した表情で少女は両手で泡をすくって湯の上に落とした。泡の下の湯はまだかなり熱く、小さく息を吐いた少女の頬は紅潮していた。少女にとって豊富な湯に身体を沈めて静かな時を過ごすことは未だ慣れた気がしないこの上ない贅沢だった。
 それに、ここは。
 少女は扉を見た。
 この浴室で湯を使うのはこれで何度目のことになるだろう。
 最初の時は。
 思い出した少女は自分の中からあふれ出した記憶をせき止めようと湯の中に頭まで潜った。息を止めて目をつぶっていると身体の中の心臓の鼓動を強く感じた。こうしていつまで潜っていられるだろう。何とはなしに試したくなった少女は唇をしっかり引き結んで閉じた瞼に力を込めた。
 鼓動が胸だけでなく耳の奥から手足の先からも感じられる気がした。この振動ひとつひとつが体中に赤い血を巡らせているのだろうか。1回1回こんなにも律儀に。
 やがて息が苦しくなった少女は一気に湯の中から浮上した。
「相変わらず、居眠りか?」
 唐突に降ってきた冷ややかな声に慌てて目を開けると湯が入ってしみた。
 にじんだ涙の向こうに見えた人影が少女の方にかがみ込んだ。
「ルッチ?」
 手で目をこすった時、唇をふさがれた。驚いて身体を引くとくぐもった笑い声が聞こえた気がした。気配を強く感じると同時にようやく取り戻した視界の中に肩まで湯に沈むルッチの姿が見えた。
 口づけは少女の身体をどかすためのものだったのか。
 納得した少女はふと状況を意識し一瞬で血が全身を逆流した気がした。昼下がり。浴室の壁の高い位置にある小窓から差し込む光はとても明るい。そんな中でバスタブの中、ルッチと2人。
 あり得ない。
 あってはいけない。
リリア
 少女の名を呼んだルッチの低い声は彼が少女の戸惑いと羞恥を手に取るように読み取っていることを感じさせた。小さく上向いた唇の端。普段ほとんど無表情なルッチだからほんのちょっとした変化も大きく見える。
   リリアはさらに5センチ、泡の中に沈んだ。




 ブルーノの店の上のリリアの部屋には狭いシャワーブースがついている。毎日身体と髪を洗うのはそこで十分だったのだが、いつの間にかリリアがルッチの部屋の掃除に来た時に週に1度程度、ルッチのバスルームを使っていいことになっていた。使わせてもらう時にはルッチと顔を合わせることは絶対に避けたい。そう思ったリリアは大抵今日のように午後から半日休みをもらえる日の早い時間にルッチの部屋を訪れた。だから今日もルッチがガレーラカンパニーから帰ってくるまでに十分姿を消しておけるはずだったのだ。
 そう言えば。時々リリアはふと思うことがある。ブルーノの部屋にも浴室はある。借りたいと頼めば簡単に使わせてくれるだろう。それがどうしてこういうことになっているのか。
   リリアには嬉しいことではあったのだが。今までは。




 ルッチは身体を硬くしてじっと彼を見つめる紫色の瞳を眺めていた。まだ驚いたように見開かれている瞳には恥じらいと拒絶、そして同時に誘惑に近いものが隠れているように見える。リリア自身は意識していないだろうが恐らくこの少女は完全に彼を拒むことはしないし、できない。そのことが彼の目に誘惑めいて映るのかもしれなかった。
 胸の中に冷笑が込み上げる。
 何を考える必要もない。偶然が投げ出してきた状況であれば受けてみるのも一興だ。
 大工仕事でかぶった埃を手早く湯の中で洗ったルッチは再びリリアと目を合わせ、手を伸ばした。




 伸びてくる指先に視点を合わせた。
   リリアがルッチのことを心に思い浮かべる時、瞳・唇・ハットリ・後姿、そして次にルッチの手が現れる。もしかしたら言葉よりも多くリリアに触れているルッチの手。初めて会ったときから印象的だった長い指。
   リリアはバスタブに背を押し付けたままルッチの手を見ていた。
「なんて顔をしている」
 ゆっくりと近づいたルッチの膝とリリアの足が湯の中で触れた。リリアが動かないでいるとやがてルッチの指が頬にかかる髪に触れた。今が全裸でなかったら、そしてここが明るい浴室の中でなければ思わず逃げ出していただろう衝動をリリアは喉の奥に押し込めた。
 ずっとルッチに惹かれている。きっとこれからも惹かれ続ける。だから逃げたかった。ふと触れ合う手を喜ぶことは出来ても深く身体を合わせることは喜ぶにはあまりに複雑だった。
 子どもだからだろうか。
   リリアは時折思う。与えられるものに意味を欲しがってしまう。その気持ちを封印し続けるのが難しい時がある。だからルッチがこんなに近くにいると喜びと苦しさが心の中で入り混じってどうしていいかわからなくなる。
「考えるなと言ったはずだ」
 言いながら手で少女の頬を包み込んだルッチは唇を重ねた。あたたまった唇は柔らかく彼の下で震え、少女の瞳から涙が落ちた。まだ幼い身体と心をルッチの肌が感じ取る。するとわずかに彼の中の温度が上がる。無垢の香りが彼の心を包み込む。
 誰かを抱いて得ることができる快楽と誰かに抱かれて得ることができる快楽。唇を合わせたまま少女の身体の輪郭をゆっくりとなぞりながらルッチは今彼の中にある微小の興奮がそのどちらとも違うことを意識していた。それが彼が自らこの少女に近づく理由であり、それがさらに彼のそばに少女の存在を許す理由のひとつになっているのかもしれなかった。
 考える必要がないのは、彼自身も同様だ。
 ルッチは両手で泡をすくい上げて少女の髪に塗った。
「向こうを向け」
 細い身体を足の間に座らせて濡れた髪を洗う。露になった細い首に唇を落として強く吸う。白い肌に浮き上がった跡の赤の鮮やかさを指でなぞる。それから少女の身体を持ち上げて背を向けたまま膝立ちをさせた。
「ル…」
 言いかけたリリアは身体を細かく震わせていた。再び泡をリリアの身体に塗りつけはじめたルッチの手はゆっくりとした動きで少女の全身を滑り、まるで大切に丁寧に清められているような錯覚に襲われたリリアは唇を噛んでじっとこらえた。
 まだ膨らみきっていない胸をルッチの両手が覆った。リリアが大きく息を吐くとルッチはそのまま細い身体を引き寄せて湯の中に入れ、腕の中に抱いた。全身を覆うあたたかさに再び込み上げた涙をこらえ、リリアは俯いた。
「逃げるな」
 ルッチはリリアの顎をとらえて上向きに振り向かせ、唇をふさいだ。そのままもう一方の手の中の幼い頂を指先で刺激すると反応した身体が大きく震え 唇の奥から細い声が漏れた。湯の中で手の場所を移しながら肌を愛撫する。泡に隠れて見えないことがより指先の神経を研ぎ澄ませる。胸から辿る柔らかさと滑らかさ、臍のくぼみ、足のつけ根。
「ルッチ」
 ルッチの指の動きを防ぐように離れて名を呼んだ唇を再びふさぎ、ルッチは片方の腕で少女の身体を抱いた。それからもう一方の手で少女の膝を愛撫した後静かにその間に手を滑り込ませた。敏感に反応する身体を押さえて少女の中心に触れると、そこにもわずかに反応があらわれていることが湯の中でもわかった。
「ん…」
 まだ破瓜の痛みの記憶が残っているのか無意識に首を小さく横に振るリリアを。
 ルッチは口づけをやめリリアを抱いている方の手でリリアの片手をとらえ指先を軽く絡めた。
「今日はこの手で口をふさぐな」
 そのままリリアの身体を彼の胸に寄りかからせ、ルッチは少女の中心に指を沈めた。
「ル…!」
 弾んだ身体を最初にとらえていたのは恐怖だった。それがわかってもルッチは沈めた指をそのままゆっくりと動かした。中心とそこに近い秘められた場所にルッチの指が同時に触れるとリリアは刺激の強さに思わず声をあげて背中からルッチの方に倒れた。
 湯の熱で初めから身体がほぐれていたためか、これまでよりも少女の反応が速くて大きな気がした。もしかしたら抱かれた数回で慣れてなじんだのも少しはあるのかもしれない。明るい浴室の泡だらけの風呂の中という状況にも羞恥心が刺激されているのだろう。
   リリアの様子を観察しながらルッチは口角を上げ、銀色の頭に唇をあてた。
 ルッチはリリアの身体を抱えなおすと中心の指の動きを大きくした。代わりに唇は軽く柔らかな接触を繰り返し顔全体に順番に触れていく。
「ルッチ…」
 どうしても優しいと感じてしまうルッチの唇に気持ちをほぐされ、素直になった心が身体を鋭敏にする。リリアは湯とルッチのぬくもりの中で身体が泡と融け合っていくような気がしていた。中心がどんどん熱を帯びそれが全身に広がる。ルッチの腕の中に預けたすべてがどこかに押し上げられていく。自然と浮き上がってしまう身体を抱きとめている腕にいつのまにかリリアはしがみついていた。ルッチは何も言わず、ただ指の動きに変化をつけた。
「ん…」
 自分の唇を噛んでも腕にしがみついてもリリアの身体の中を昇ってくる熱はおさまる気配がなかった。
   リリアの全身に力が入りだした時、ルッチはすばやくリリアの唇を深くふさぎ指の動きを一気に速めた。ルッチの唇の下で消えた呻きとともにやがて細い身体は昇りつめた。
 ルッチはリリアの身体の向きを変えて抱え上げると静かに彼自身の上に下ろしていった。余韻に煙る紫の瞳がもの問いたげに大きくなった。それでも無言のままルッチはそれを少女の中心におさめた。
「ルッチ…」
「そのままでいろ。動かなくていい」
 普段から彼の腕には軽い少女の身体は湯の中ではさらに軽かった。細い腰を両手におさめて持ち上げ、再びゆっくりと下ろす。ガクン、と少女の頭が動き、濡れそぼった髪が れる。少女の身体のその細い場所はまだ熱を帯びたまま、動かされるたびに少女の白い肌に赤みが差し口が聞き取れない言葉を紡ぎだした。ただ大きな瞳だけが懸命に彼を見つめ余韻の上に重なる刺激に反応を見せていた。
「もう…」
 倒れかかってきた細い身体を受け止めてルッチは動きを止めた。彼はリリアを再び昇らせることに拘泥しているわけでもなかった。抱く側と違って抱かれる側はその度ごとに頂点に達することができるわけではないことを知っていた。リリアの身体は最初の行為と恐らく半分湯あたりで正体を失いかけているに違いなかった。
 ルッチが彼の上から少女の身体を下ろそうとした時、リリアが目を開けた。
「…でも…ルッチ…」
 その先をどう表現したらいいかわからず戸惑ったまま彼を見つめるリリアの顔にルッチは苦笑した。このか細い子どもが1人前の女のように彼がまだ達していないことを気にかけるのか。与えられたら返すというのか、それとも、ただ。
「ルッチ…」
「どうなっても知らんぞ」
 ルッチはリリアの身体を抱いたまま立ち上がり全身が濡れたまま浴室を出た。少女の表情を見ながらベッドに身体を寝かせた。
 ルッチが少女の隣りに横たわるとリリアは不思議そうな顔をした。かまわずそのまま少女の身体転がし、白い背中を腕の中に引き寄せた。
「ル…」
「さっきと同じ…湯がないだけだ」
 広い胸と華奢な背中を合わせ、ルッチは手を伸ばして少女の細い足を開いた。
「ルッチ?」
「目を閉じていろ」
 少女の身体の上側になっている手で胸と足の内側の滑らかな肌に交互に愛撫を加えながらルッチはゆっくりと少女の中に進んだ。
「ん!」
 身体の感覚が覚めて来たのか初めて抱かれる身体の位置に新しい刺激を受け取ったのか、リリアははっきりとした反応を見せた。
 悪くない。
 ルッチは己の中の昂りを解放してさらに深い位置に届いた。見ればリリアはこれまでのように自分の指を噛んで声を出すまいと耐えている。その変わらなさを可笑しく思いながらルッチは律動を刻みはじめた。
 ゆるやかに身体を揺すられ芯に刺激を受けてリリアは陶然としはじめていた。最初に達した時の鋭利で刺激的な熱さとは違う、感覚のすべてを愛撫されるような穏やかな温かさ。昇りはじめたことに気がついたときには心の中は次第に白くなっていくところだった。ルッチが彼自身を解放した時、一緒に頂に着いたリリアはそのまま引き込まれるように眠りに落ちた。
「とんだ昼寝だな」
 少女の身体を離したルッチは身体を返して仰向けになった。
 窓の外の明るさがまだ夕闇には間があることを告げている。
 ワインが1本冷えていたはずだ。思い出したルッチは身体を起こしかけたが思い直して再び横たわった。たまには昼寝も悪くないかもしれない。思いがけない休日にありついた一般人のように。

「…フン」

 目を閉じると外の通りの音が耳に流れこみはじめた。
 それよりももっと近く、柔らかな寝息と一緒に羽ばたきと喉を鳴らす音が聞こえた。


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