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初 事

  その日。
 港に立ちつくす後姿は岸壁を離れた船を見つめていた。海風にそよぐ髪は銀色に揺れ、白いブラウスと黒い細身のスラックスに黒いエプロンを巻いた姿は、中心街の酒場で目撃されることが多い。その酒場が忙しくなりはじめるはずの黄昏時に港にいるのが不思議な姿だった。
「あれはリリアじゃのう。何をしとるんじゃ?」
 カクは目を細めて離れた場所にある少女の姿を見た。
「…猫だ」
 短く答えたルッチの視線は、船の甲板に立つ1人の男の胸に抱かれた黒い生き物を捉えていた。
「なるほど。ではあれがあの猫なんじゃな。見送りというわけだ」
 少女の後姿はじっとしたまま動かない。どんな顔で離れていく船を眺めているのか。歩き出したルッチに従いながらカクは今一度少女の姿を振り返った。最初にその猫のことを聞いた日のことをぼんやりと思い出しながら。




「ん~、そろそろ昼時じゃな。休憩にするかのう?」
 ガレーラカンパニー1番ドック。持っていた道具を板の上に置いたカクが両腕を大きく伸ばすと、まわりにいた職人や見習いたちものんびりと散りはじめた。昼の休憩は通常2時間近く取ることを許されていて、ゆっくり食事をとってから昼寝をしたり、時に仕事を終えた後の約束を結ぶために相手を求めて街の中を走り歩いたりすることができる。
「おお、パウリー。それとルッチ。お前たちは昼は外に出るのか?わしはちょっと出てこようと思うんじゃが…」
 葉巻を咥えた金髪男と鳩を肩にのせたシルクハットの男の方へ足を踏み出したカクはふと気配を感じて後ろを振り向いた。そこには彼の下で作業に励んでいる2人の若者の姿があった。
「なんじゃ、どうした?何か用事か?」
 そばかすだらけの若者が頭を掻きながら斜めにカクの顔を見上げた。
「あの…カクさん、その…」
 はっきりしない若者の口調に、葉巻を噛んだパウリーは組んでいた腕をほどいた。
「なんだなんだ、はっきりしねェか!給料前に金がなくなったのか?それとも…」
『ポッポー、お前じゃあるまいし』
 このドックの実力者3人が揃った前で、若者はいよいよ顔を赤くした。
「いやあの…たいしたことじゃないんですけど。あの…カクさん、カクさんがブルーノの店のリリアちゃんとつきあってるっていう噂、本当ですか?」
 元々丸い瞳をさらに丸くしたカクは大きく瞬きをした。
「わしとリリアがか?一体どこからそういう話になったんじゃ。わしはもちろんリリアは嫌いじゃないが、あれはわしにはまだ子どもに見えるぞ。好みの問題じゃがのう」
 若者の顔に広がった笑みはとてもわかりやすいものだった。
「なんだお前、リリアに惚れてんのか?男が噂のひとつに振り回されるんじゃねェ!みっともない」
 パウリーに一喝された若者は訴える目で3人を見回した。
「でも、リリアちゃんを狙ってる野郎はいっぱいいるんですよ。この間だって3番ドックの見習いがプッチから買ってきたケーキをあげようとしてたし、5番ドックの野郎も図々しく何か飾り物を渡そうとしてたし…みんな受け取ってもらえなかったけど。でも競争率高いんです!」
「…みんなふられたってことか?そいつらも他のヤツも?だらしねェな」
『全員お前には言われたくないだろうけどな』
 パウリーはその外見と日常からは想像できないほど異性に関して不器用で硬派な男で、この男に恋愛を語るほどの経験がないことは大抵の人間が知っていた。
「るせェ、ルッチ!にしてもあのガキなぁ。嘘みてェだな」
「いや、あの、俺がカクさんにまず確かめようと思ったのはリリアちゃんのあの困った顔がもし…もしもカクさんがいるからってことだったら、納得も出来るしあきらめもつくから…。リリアちゃん、そういう話になるとすっげえ困った顔になっちゃうんですよ。ふられた連中より辛そうで」
「ほぅ」
 カクがちらりとルッチに視線を送ったとき、もう1人の若者が会話に加わった。
「今のところ贈り物を渡すのに成功したのは2番ドックのピエトロだけだよな。あれはちょっとばかり卑怯な気もするけど、いい作戦だった」
「だよな~。でも、あれはないよな」
「何だ、そいつは何をリリアにプレゼントしたんじゃ?」
「猫なんですよ、カクさん!捨てられてた猫でちょっと綺麗な黒いヤツをリリアちゃんにあげたんです…っていうか、あれはリリアちゃんの同情をひく作戦だったんですよ。おまけに猫がすぐにリリアちゃんに懐いちまって」
「へぇ。じゃあ、今その猫をリリアが飼ってるってことなんだな」
「そうなんですよ、パウリーさん!その猫を口実に様子を見たいとか何とか言ってリリアちゃんの部屋に入れてもらったっていうんですよ!ブルーノがいる時だったから別に何と言うか…大丈夫だったけど」
 酒場の主人ブルーノの親戚だというその少女は酒場の2階の1部屋をもらって住み込みで働いているのだった。
「でもまあ、そりゃあ仕方がねェよな。そいつがちょっとばかりお前らより上手だってことだ。ほら来いよ!上手い昼飯を食えば気分も直るって」
 パウリーは2人の若者の肩を抱いて歩きはじめた。
「不器用な慰め方じゃのう」
 男たちを見送りながらカクはルッチの傍らに立った。
リリアは何か言っておったか?ルッチ」
「このところ顔を合わせていない。部屋の掃除には来ているようだがな」
「ここでも掃除をさせているのか?」
「あいつが勝手にな」
「面倒見がいいことじゃのう」
 そして、カクはルッチににらまれた。そうだ。最初に猫の話を聞いた時は確かこんな感じだった。
 その数日後2人はまたリリアと猫の噂を聞くことになった。すっかりパウリーを相談役として崇拝しはじめたらしいあの若者は、あれから毎日昼休みに報告に来るようになっていた。その日、若者はひどく憤慨していた。
「可哀想ですよ、リリアちゃん!あの猫はあんなに懐いてたのに」
「おいおい、どういうことだ?」
 慌てたパウリーに若者は順序も滅茶苦茶に説明をはじめた。それを要約すると、どうやらリリアは猫と暮らせなくなったらしかった。酒場という人が飲食する場所に猫が出入りすることにクレームがついたらしい。店には猫を入れないことにすると言っても苦情を言った相手は納得せず、やむなくリリアは猫を店の常連客に飼ってもらうことにした。けれどリリアにすっかり懐いていた猫は新しい飼い主のところから逃げ出して酒場に戻ってきてしまう。それを数回繰り返した後、リリアはついに酒場に来ていた観光客に猫を譲り渡すことにした。猫はその客と一緒に船で旅立つことになった。
「まあ、酒場の営業に苦情がでたんじゃあ仕方がねェな」
「でもそいつ、リリアちゃんにふられるまでは自分から猫の機嫌をとってやがった馬鹿野郎ですよ。旨い魚を差し入れしたり。それが突然手のひら返しやがって」
「何だその中味が小せェ男は」
「でしょう。俺たちみんな、リリアちゃんが気の毒で。でもリリアちゃんはいつもと同じに笑って仕事してるし、慰めたくても何だか声を掛けるタイミングがつかめないんですよ」
 途方にくれた様子で若者をなだめ続けるパウリーが何を言ったかは覚えていない。ただ、まあ仕方がないことだなと思ったことは覚えている。CP9という組織にいる彼らにとって、ルッチのハットリは例外として、ペットとして動物を飼うことはあり得ない話だ。エニエス・ロビーの自分の部屋は家というよりはまさに職場であり、任務次第で突然何日も、或いは今回のように年単位で留守にすることもあり得る。精神的にも他愛ない生き物を愛玩することは彼らにはなじめない。それは己の弱味になる可能性を意味する。元より無用で無意味な行為だった。
 リリアはCP9に所属している人間ではないが、CP9一の実力者であるロブ・ルッチ個人に属している人間であるとカクは判断していた。それはかなり不安定な身分であるとも言える。ウォーターセブンという街での姿はどこまでも仮の姿だ。今その猫に親しんでもいずれ別れが来ることは見えている。それに気がつかないリリアではないだろう。
 リリアの姿は動かなかった。だいぶ距離があいた船に手を振るわけでもなく声もださない。
「雨が降り出しそうな空じゃのう」
 灰色の空を見上げるカクに言葉を返すことなく、ルッチは歩き続けた。




 テーブルに置いたグラスの中で氷が軽い音をたてた。
 外の宵闇を背景にした窓ガラスには、静かな雨足が残す透明な雫が流れていた。
 座っている一人掛けのソファとグラスを置いたサイドテーブル、整えられたベッド、片隅の小さなキッチンカウンター。それ以外には家具らしい家具が置かれていないがらんとした部屋の中で、ルッチは掃除を終えて仕上がりを確認しているリリアの姿を黙って瞳に映していた。リリアは満足気に一つ頷くとルッチの方に向き直った。
「また何日かしたら、来るね」
 久しぶりに顔を見た。部屋に入って帽子を取ってベッドの柱に掛けるルッチの動作、ソファに座って落ちてきた髪を後ろ手にまとめるルッチの仕草を見ることができた。それを見た時から胸の中に湧きあがり続けている気持ちを心の中に大切に仕舞いこんでから、リリアは微笑した。これは誰にも言えない。ずっと1人で抱きしめていたい。
 少女は少し痩せたようだ。ルッチは瞳の下に見える薄い隈に気がついた。
 ハットリが少女の肩に舞い下りた。まだ行くなとでも言いたげに。
「またね」
 白い羽毛に頬を寄せたリリアは名残を惜しむように小さく呟いた。ハットリは喉を鳴らしてそれに答えた。
 出会った時からハットリは不思議なほどすぐにこの少女を気に入って懐いた。少女もハットリには常に素直な感情を見せる。恐らくあの猫との間もそんな感じだったのだろう。ほんの数日一緒に暮らしただけの猫との別れは、他人が想像するよりも深いかもしれない。
「…くだらない」
 ルッチの低い声に驚いたようにリリアはハットリを撫ぜていた手を止めた。
 出会った視線は冷めたルッチのもののほうが強く、リリアは目を伏せた。
「じゃあ…また」
 急ぎ足で前を通り過ぎようとしたリリアの細い腕をルッチの左手が捉えた。見開かれた紫色の瞳と頭上を舞うハットリの姿に、反射的に記憶の中にある場面が再生される。この細い身体はまだあの時の恐怖を覚えているのだろうか。あの時冷静な観察者だったルッチの陰に紛れた視界の中で喉が割れてしまいそうな悲鳴をあげていたこの少女は。
「ルッチ?」
 微かに震える声で彼を呼びながらその手から逃れようとするリリアの身体をルッチの両腕が掬い上げていた。
「ルッチ…!」
 伸ばした片手で掴んだグラスから大きく一口含んだルッチは唇をリリアのそれにぴったりと合わせた。硬直したリリアの身体を運びながら舌で唇を割って含んだ酒を流し込む。腕の中で一瞬もがいた リリアの喉が大きく鳴りすべてが飲み下されたことを確認すると、ルッチは唇を離して紅が差した白い顔を見下ろした。
「全部外せ」
 『外せ』とは何を?酒に咽たリリアは潤んだ瞳を見開いてルッチを見上げ、必死で言葉を探した。こんなはずはなかった。ルッチが少女の身体に性的な関心を持つはずはない。少女の心を求める必要を感じているはずもない。では、この行為は何だ。混乱したリリアの唇と身体が強く震えはじめた。
 ベッドに下ろしたリリアの身体は少しも暴れなかった。そのくせ近づく存在を無言で拒むように見えた。ルッチは リリアの両手首を左手で掴んで少女の頭の上に固定し、身体を倒して細い身体に体重をのせた。身体にかかる重みと沈んでいく感覚に脅え、リリアはルッチの顔を見つめた。
「どうして…これは何、これは…どうして…ルッチ…」
 途切れ途切れに囁かれた言葉に答える気はなく、ルッチはただもう一度唇を重ね合わせた。彼の唇は零れ出した言葉をすべて飲み込んで リリアの唇を包み込んだ。そのまま軽く吸いながら時々舌で唇の表面を撫ぜる。静かなその口づけにやがてリリアの全身から力が抜け、その代わりのように涙が溢れて落ちた。
「考えるな。必要ない」
 ルッチ自身も考えてはいないのだから。
 ルッチは再び口づけを与えながら銀髪から頬、喉元にかけて軽く愛撫を与えていたが、次に白いブラウスのボタンに指をかけてひとつずつ外していった。彼の動作を読みきれない少女の疑問を浮かべた顔を見下ろしながら拘束していた両手首を離し、少女の頭を抱くように胸に押しつけながらまだ幼い上半身を覆うすべてを取り去った。
 驚いたリリアは反射的にルッチの身体に腕を回してしがみついた。けれどその時ルッチから得られたのはそれを拒絶するようにねじった筋肉質の上半身の一瞬の動きで、その意味を受け止めたリリアはルッチから手を離して自分の身体の両脇に置いた。やはりこれは抱擁ではないのだ。なぜルッチが自分のの身体に触れているのかわからないが、自分にはルッチに触れる事は許されていないのだ。リリアはルッチの腕の中で身体を硬くした。
 そのままリリアを仰向けに横たえて露になった上半身をルッチの指が辿って行く。肩から喉元を通って下りてきた指はやがて同時に両方の胸の周りに円を描いた。大きな手の中に包み込まれた胸の頂にやわらかな刺激が加えられた時、リリアの身体は大きく弾み瞼が下りて瞳の色を隠した。
 この反応は感じているというよりは驚きと羞恥、それから微量の恐怖だろう。体温があるのに彼の下で冷えて感じられる白い顔と身体にルッチは順番に手を触れた。額、眉、鼻梁、頬、唇、顎。肩、喉、二つの胸、腹と脇腹。手を触れた後、間をおかずに唇で追った。瑞々しい胸に唇を下ろしその頂にゆっくりと舌を絡めた時、初めてリリアの喉元から種類が違う声が漏れた。その自分の声に驚いたように瞳を開いた リリアに向かってルッチは薄い笑みを投げた。
「考えるな」
 リリアの瞳に不安が浮かんだ時、ルッチは銀色の頭を抱いて唇を与え片方の胸により強い刺激を加えはじめた。まだ幼い硬さが残るその場所を手の中に寄せてリズムをつけて揉みほぐす。最初苦痛に耐えるように引き結ばれた唇は、刺激の時間が続くにつれて戸惑うように小さく震えた。柔らかさが増したその胸に唇を寄せ、次にもう片方をほぐしはじめたルッチは少女の手が拳を形作り始めたのを確認した。それが不慣れで耐えなければならないほどの感触を得はじめている証拠だとしたら、この少女は結構感度がいい。先を続けたくなったルッチは口に含んだ敏感なそれを大きく舌で転がし、手の中の膨らみの先を2本の指で摘み上げた。
「や…」
 漏れた声に慌てたリリアは自分の片手で口を覆った。一瞬それを引き剥がすことを考えたルッチは訴えるようなリリアの瞳を見てまた笑みを投げた。
「それは許してやるから、もう何も思うな」
 視点を熱を帯びはじめた胸に戻したルッチは、左右それぞれを順番に口に含み味わいつくすように舐め上げた。顔を上げたときリリアは瞳をしっかりと閉じて自分の指を噛みながらすべてに耐えていた。
 ルッチの手が、指が、唇が、舌が自分の身体に触れている。普段は手と手が触れ合うことすら稀な偶然にしかないのに。リリアの脳裏に浮かぶルッチの手の記憶は、弾のいらない銃を撃って鮮血にまみれた指先やハットリに向けて伸ばされた手、無駄のない動きで作業 をこなす手。その手が優しいと言っていい動きでリリアの身体を扱っていることが気持ちの中のすべてを圧倒し、恐怖を押し流していく。まだ信じられずにいつか目覚める夢なのではないかと思いながらリリアは初めての感覚を受け止めていた。




 全裸にされた白い身体は息が弾む胸を上下させながらルッチの視線を受けていた。リリアはもう自分の意識がどこへ飛んでいるのかわからなくなっていた。何かが溜まってきてそれを堪えたらいいのかどこかへ開放したらいいのかがわからない。服を脱いだルッチの身体が視界に入るとどこを見たらいいのかもわからなくなった。なぜ、と疑問に思う気持ちは消えていないが、それよりもこれからどうなるのかが知りたかった。これまでに与えられたものが『快感』であるなら、それはあまりに受け止めるには切ない。自分の身体がルッチに同じだけのものを与えられるとは思えない。何もかも分からなくなった気がしたリリアの頬を涙が落ちた。
「そうやって泣くのは無駄に考えるからだ。それは自分のためにならないということをそろそろ分かれ」
 ルッチの素肌が重なって全身を温かさに覆われた時、リリアは何とも言えない気持ちに包まれた。この行為にはルッチの気持ちも心もない…
 リリアは小さく微笑した。
 リリアの微笑にルッチは小さな驚きを感じた。しかし無表情のままその意味を探らないことを決めた。覚悟したならそれもいい。彼ははじめた行為を中断する気はなかった。
 白い足の付け根から指先までを手と唇でゆっくりと辿りながら往復した。片手を横から小さな尻の下に入れて抱くと臍の周りに舌で円を描きながらもう片方の手をぴったりと閉じた膝の間に差し込んだ。そのまま片方の太ももを掴むようにして撫ぜ上がり、熱を帯びはじめたことが感じられるその部分ギリギリ手前で折り返してまた下がる。
「ルッチ…」
 行為の中ではじめて彼の名を呼んだ少女は先を求めているのか恐れているのか。未知の中で打ち震える身体はその可能性も含めてルッチの興味をひいた。この先は恐らく少女の想像を超えているだろう。予感したルッチは白い身体の上をのぼると久しぶりに唇を合わせ、先にそれを深めた。舌で割り開かれることに抵抗を示していた口はやがてそのすべてをルッチにあずけた。ひとつひとつを征服していく感じは悪くない。銀髪を撫ぜたルッチはそれが自分がリリアに与えた褒美のようだと思い苦笑した。
「力を抜け」
 口づけを深めたままルッチは片手をリリアの太ももの間に差し込んだ。その手がそれまで引いてあった一線を越えて リリアのそこに触れた時、リリアはキスの最中の口を閉じて短く呻いた。その顔を見下ろしながらルッチは リリアの下腹部の薄い体毛を撫ぜた。それだけで震え出す細い身体を腕の中に抱きなおした。
「いや…ルッチ…」
 言うはずのない、聞くはずがなかった拒絶の言葉もそれを聞くルッチには別の意味に聞こえた。その意味に応えるように、ルッチはさらにゆっくり茂みの上を遠まわしに愛撫した。数回それを繰り返した後で指先に少し力を込め狙いを定めて一点をなぞると、腕の中で細い身体が浮いて、落ちた。
「ん…」
 漏れた声に合わせてもう一度なぞると長い吐息が続いた。なぞった後に指先を差し込むとまた身体が浮いた。
「う…」
 落ちた涙を確認したルッチは身体を起こしてリリアの足を跨ぎ、閉じた膝の間に両手を入れた。そのまま膝を押し上げて開いていくとリリアは瞳を大きく見開いて足に力をいれて押し返した。
「ルッチ?」
「力を抜け、と言ったぞ」
 少し開いて固定した隙間に身体を割りいれたルッチは左腕の中にリリアの片足を抱きこみ、頭を白い腹にのせた。
「ルッチ…!」
 指先を茂みの中の一本線を辿って上下させると戸惑うリリアの声が響いた。それを甘いと感じる自分はどうかしている。苦笑を重ねたルッチはさらにその指を沈めた。逃れようとする身体を抱えた足に体重をかけて押さえ、ルッチは熱い溝を辿った下から零れ落ちた潤いを確かめた。その潤いを塗り広げるように溝を上に辿り、天辺の膨らみにも潤いを塗ってぐるりと周囲を回る。
「ん…ん…」
 強く自分の指を噛んで耐えているリリアの声が長く漏れ出した。戸惑いと動揺と甘美。そのうちどれを一番強く与えているのだろう。ルッチは膨らみに対してそっと愛撫を繰 返した後その指を一気に溝に従って下げ、潤いを零しているその中心にゆっくりと入れた。
「ル…!」
 中の熱さに比例するようなリリアの声は彼の名を呼び切ることもできず、ただ熱く息が上がった。守るように逆らうように力が入った足を押さえながら、ルッチは親指を上、中指を中心に潜らせてゆるやかに回しはじめた。
 押さえていた足の力は次第に抜けていった。力一杯握りしめている拳を見たルッチは顔を上げて移動し、指先で開いた溝に唇を下ろした。
「や…!」
 唇で摘んだ膨らみを数回刺激した後で舌を溝の中で上下させる。その間も指は中心の入り口から数センチに入れたまま穏やかな刺激を与え続ける。
「ルッチ…ルッチ…いや…」
「…これをやめるとこの後お前の身体が無用な痛みまで感じることになるぞ」
 訴える声の意味を拒絶し甘さだけを受け止めながらルッチはゆるやかなペースを保ち、潤いと熱い柔らかさを確かめ続けた。初めて身体を開かれる苦痛は前段階に時間を掛けることによってある程度緩和することができる。女を抱く時、男の側には理由がいくつか考えられるだろうが、今の場合はルッチにはその理由が見当たらなかった。欲望が溜まっていたわけではない。痛めつけたいわけでもない。支配したいわけでもない。彼には抱くことでリリアに痛みを感じさせる必要はなかった。それよりもリリアがどれほどを甘受して開放することができるか、それを見ることの方が興味があった。だからこそ、はじめたときから不自然なくらいにリリアの反応を確認しながら時間を掛けて進めてきたのだ。ルッチはさらに少女の身体に技巧を注ぎ込んだ。
「や…お願い…ルッチ…何か変…やめて…!」
 シーツを握りしめたリリアの手が宙に上がった。
「そのままだ」
 ルッチはゆるやかに与え続けてきた指の動きを速めた。全体から芯の一点へ。刺激を与える対象も絞った。
「いや…お願い…お願い…いや…ルッチ!」
 最後に彼の名を叫んだリリアの身体がピンと伸びた。ガクガクと数回震えた後に脱力したその身体から腕を離してルッチは無言で見下ろした。瞳を閉じている上気した顔、乱れた銀髪、静かに投げ出された白い腕。誘われる眺めだった。
「まだだ、リリア
 ルッチの声に目を開けたリリアはルッチの顔を見上げた。そこにあるこれまでに見たことがない表情は何だろう。静かにすべてを見て取る視線の陰に見え隠れする真っ直ぐな視線。その視線を受けると身体に残っているあの感じが強くなる。
「…まだ?」
「そうだ」
 ルッチは再び片手を尻の下に入れて小さく持ち上げた。余韻に満たされた身体はいい具合に弛緩しやわらかく持ち上がる。ルッチが入り口に熱が残っている事を指で触れて確かめると、リリアが驚いた顔になり同時に細い全身がピクリと反応を返した。
「そのままでいろ」
 ルッチは硬さを増して熱を帯びた彼自身を入り口にあてた。ようやく事に思い当たったらしいリリアが開きかけた唇をゆるやかにふさぐ。時間をかけてほぐした場所は彼自身の先端を途中まで素直に受け入れ、そこから先はまだ入り口が開かれていないことを告げた。ルッチはリリアの片手をシーツから離し、五本の指をゆるく絡めた。それを先へ進む合図と受け止めたリリアは真っ直ぐにルッチの顔を見つめた。そこには拒絶の色はなかったが強い不安が浮かんでいた。ルッチは リリアの手を握る手に軽く力を入れると、狭くて熱いリリアの中を一気に奥へと進んだ。
「ぐっ…」
 目を閉じて唇を噛んだリリアの身体が背中を反らした。両手がシーツとルッチの手をそれぞれ力いっぱい握りしめた。涙が落ちた。ルッチは深くリリアの中に入ったまま動かずに片腕で細い身体を抱いた。触れ合う胸からリリアの激しい鼓動が伝わってきた。涙を隠すように顔を背けていたリリアはそのまましばらく身体を張りつめて硬くしていたが、やがてルッチと身体を繋いだ状態に慣れてきたのか、少しずつ身体の力を抜いた。
 腕の中の華奢な感じと中の燃えるような熱さ・・・そのどちらもがリリアの身体であることが不思議な気がした。ルッチが少し中で退くと痛みが走ったのか再びリリアは身体を反らし、唇を強く噛んだ。その場所でルッチはまたしばらく待った。急ぐ必要はなかった。リリアの耳の後ろに唇を触れると反応が返ってきた。それは苦痛とは逆のものだと思えた。さらに首筋を下りて鎖骨を舌で辿った。リリアの身体が強張りを解くと次はそのまま一気に外に出た。リリアは深く息を吐き出して身体を震わせた。続けてルッチは中に少しだけ入り、浅く出入りを繰り返した。リリアはまた身体を硬くしたが、彼に身を委ねた感じがあった。そのうち指で確かめておいたリリアの中の入り口に近いその場所を探りあてた。そこをゆるく突くとこわばっていた身体が別の感じに震えた。
「あ…」
 リリアの声が漏れた。ルッチがさらにそこの上を往復するとリリアの瞳が彼を見た。まだ苦痛の色はあったが同時にそこには確かに違うものが見えた。少し速めた動きでそこをこすると苦痛と快感を一 緒に受け止めたリリアの身体が震え、ルッチの手を握る力が強まった。ルッチは浅い律動をはじめ、空いた片手で届く範囲全体に愛撫を加えた。
「ルッチ…」
 やめて欲しいのか続けて欲しいのか、それさえもわからなくなったリリアは身体に繰り返し与えられる正反対の感覚に全身を預けていた。わかるのはこのすべてをリリアに与えているのがルッチだということで、握る事を許された片手が嬉しく、それにつかまっていることが少女にできるすべてのことだった。光と闇の二色のパルスが全身を駆け巡り、もう自分がどれほどの声を出しているのかもわからない。熱いものが身体の中に注ぎ込まれ、ルッチの身体が 重さを増して重なってきた時、リリアの意識も一緒に開放された。恐らくこれで終わったのだ…そう思いながら落ちていく温かな闇の中はとても心地よく、失われていく意識の中で感じてはいけないはずの幸福だけを感じた。
「心も身体も…は辛すぎる…ルッチ…」
 自分が呟いた言葉を知らないまま、リリアは眠りの世界へ引き込まれていった。
 ルッチはやわらかな寝息をたてはじめた少女の上で身を起こした。リリアの限界まで抱いたことを確認して意識的に放って行為を止めたのだが、それでも不満の類の感情は浮かばなかった。
「悪くないな」
 突然リリアを抱く気になったこと。限界まで抱いて眠りに落としたこと。
 ルッチは時計に目をやり、予想よりも長い時間が過ぎていたことに苦笑した。明日はリリアはしばらく寝ていることになるだろう。
   リリアを眺めていたルッチは細い身体を抱き上げてソファに移した。聞き取れない言葉を呟いた少女は場所に合わせるように身体を丸めて眠り続けた。それからルッチはベッドから情事の名残りや少女の破瓜の痕跡が残るシーツを剥がして丸め、床に落とした。手早く新しいシーツを敷いて枕と毛布を整えたときには少女はさらに深く眠っていた。再び抱いてベッドに寝かせても人形のようにされるままになっている身体を毛布で覆い、ルッチはシーツを持ってバスルームに入り熱いシャワーを浴びた。
 バスローブに身を包んで部屋に戻ったルッチはグラスに酒を注いでソファに腰を下ろした。寝返りを打ってこちらに向いたリリアの顔は穏やかで静かに寝息をたてている。そのやわらかな唇の間から最後に零れ出した言葉をルッチの耳は覚えていた。意味を考えるつもりはなかった。
「馬鹿げているな・・・」
 グラスを干したルッチは迷った末に眠っている少女の隣りに身を横たえた。彼の気配を感じ取ったようにリリアは反対側に寝返りを打ち、場所を開けた。身体を伸ばすとその部分はすでに温もっていた。
「無防備がすぎるぞ」
 ぐっすりと眠り込む背中にちらりと視線を走らせてルッチは呟いた。
 どこからともなく舞い下りてきたハットリがリリアの頭の隣りで身体を丸くして羽の中に首を埋めた。


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