少女の息が小さく上がった。
それを抑えようと唇に向かって動いた手をルッチは自分の左手の中に捕らえた。駄目だ。今日はこの手を許す気はない。
「ル・・・」
呼びかけた名前を噛みしめて堪えた声に訳もない憤りを感じた。
その己の心の動きが癪に障った。
残酷に昂る気持ちの源が見えなかった。悪魔の実の作用ではない。肌の表面は平常と変わらず触れる空気は穏やかだ。なのに心だけが無意味な熱を放ってい る。これは彼の流儀ではない。常態ではない。そうさせているのは恐らくこの少女なのだがそれを認めたくはない。
ルッチの指が彼自身にも乱暴と感じられる動きで少女の身体に触れた。
「ルッチ・・・」
今度は少女の声は彼の名前を最後まで呼んだ。紅潮した頬に目尻から一筋の涙が落ちた。
今日、
リリアの涙をぬぐってやったのはカクの手だった。思い出したルッチの手は動きを止めた。
リリアは掃除に来ているだろうか。
無意識に思いながらルッチはガレーラカンパニーの門を出た。ブルーノの店に寄って情報の交換をしておくか。歩きなれた道の曲がり角を3回ほど曲がった 時、ルッチは異変に気がついた。まだ遠い先にうずくまっている一つの人影と立っている二人。その立っている二人の片方はもう一人に腕をねじ上げられ苦悶の 声を上げた。容赦なくさらに腕に力を込めているのはシルエットからカクだとすぐに見分けがついた。そして、うずくまっている人間の髪は薄闇の中で銀色の光 を放っていた。
リリア。
なぜかその時ルッチは足を止め、肩に乗っているハットリを手で押さえた。そのルッチの視界の中、突き放された男は悪態をつく余裕もない様子でよろめきな がら遁走し、男の行方を確かめたカクが
リリアに手を差し出した。カクが言った言葉は聞き取れなかった。顔を上げた
リリアは静かにカクに手を預け、少女を引き上げたカクは少女に笑顔を向けた。それからカクの右手が少女の頬に触れた。涙を拭いてやった のだろうということがすぐにわかった。少女は一瞬身体をこわばらせたがすぐにカクに笑顔を見せた。それから何かを言い、小走りにその場を離れた。行き先は 恐らくルッチの部屋だろう。手に小さな花の束を持っていることからそう判断できた。
リリアは掃除をした後さり気なくそんな花を飾っていくことがある。すぐに捨ててもいいのだがハットリがそれを気に入っているので結局は 萎れるまで放っておく。
「何じゃ、ルッチ。
リリアと入れ違いじゃな。あの子はお前の部屋に行ったぞ。妙な小男に絡まれて怯えておったからそいつを少々懲らしめておいた。もう手は 出さんじゃろ」
ルッチは何も言わなかった。そんなルッチの顔をカクがチラリと見た。
「保護者としては気にならんか?
リリア、最近人気がまた上がっとるぞ。綺麗になったとか色っぽくなったとかまだ子どものあの子のことを誉めそやしとる声をよく耳にす る。まあ、実際、ちょっと変わったかなとわしも思うがの」
返事をしないルッチにカクの唇が上向いた。
「なんじゃ?もしかしたら機嫌が悪いのか?」
ない表情の中に僅かな怒りの気配を読み取ることができたのはつきあいの長さの効用だろう。カクはゆっくりと腕を組んだ。自分はこの男に対してこれまでにい くつかの感情を経てきたという自覚がある。出会った頃はそれこそまだまったく人間として認められていない子どもどうしだった。それでも世間から切り離され た環境の中でルッチの存在は他の子どもたちとは少し違ったように思う。時々カクはいつのまにかまるで保護者のようになっていたブルーノではなくてルッチだ けに話したいと、きいてみたいと思うことがあった。そんな時にルッチは静かな顔のまま黙ってカクが話し終わるのを待ち、そのあとにさらりと一言か二言、カ クが予想もしていない言葉を返した。よくカクはルッチが言った言葉について考えながら一人休憩の時間を過ごしたものだ。つまり、あの頃のルッチはカクに とっては気になる存在でありカクを生に繋ぎとめていた存在でもあったということだ。
それからどんどん持ち合わせていたはずの人間味を削られていく期間があった。あの頃にはルッチに追いつきたいと願いはじめていた。集団の中にありながら 常に一人違う空気をまとっている姿の何もかもを越したかった。ある時、ルッチが言った。『随分まだ人間らしさを残しているんだな』と。その言葉に驚いて自 分を見直してみれば、もう身長はルッチを抜き六式の技術も同じレベルにあり、ぱっと見たところ二人の間の差は縮まっていた。
それでも違う。
あの後はずっとただルッチを眺めてきたように思う。観察し記憶し分析し。時には面白がり、別の時にはただ驚き・・・そして子どもの頃から感じていたルッ チがルッチだけであるという空気の色はちっとも変わらないことを確認してきた。どれだけの命を奪い、どれだけ他人と肌を重ねてその魂を抜き取っても、ルッ チは変わらない。傍らには白い鳩が飛び、どこまでもルッチについて行く。そして、ハットリ以外には許されないのだろうといつの間にか確信していた場所に ルッチは
リリアと言う少女を連れてきた。ただ傍らに存在することを許す。それがルッチにとってどれだけ珍しいことか
リリアも本人もわかっているのだろうか。
カクは薄く笑みを浮かべた。二人ともわかっていないはずだ。どちらもその自覚すらない。ルッチは
リリアに対して大抵はひどく無関心な風を見せる。どこからか連れてきてそのままポンと放り出した・・・自分の行動をそう信じている。
リリアもそんなルッチの感覚をそのまま信じていて自分がルッチにとても近い距離にいることに気がついていない。ただじっと静かにルッチ を見ているだけだ。その二人の様子がカクにはなかなか興味深い。その先を知りたくなる。この好奇心の中に自分に残っている人間性を発見する。
そのまま黙ってブルーノの店に向かって歩き出したルッチを追ってカクはその傍らに並んだ。
「
リリアはひどく怖い思いをしたようだぞ。行ってやらんのか?」
「・・・くだらんな」
吐き捨てるように言ったルッチにカクは小さく首を傾げた。
「確かにこの方がお前らしいんじゃが・・・でものう」
ルッチは耳を貸さずに歩き続けた。
部屋に戻ったルッチは椅子に乗って窓を拭いていた
リリアを強引にベッドに抱き下ろした。それから衣類を引き裂き手を入れて荒く強く愛撫した。ルッチの唇は一度も
リリアのそれにも他の肌にも触れなかった。ただ手のひらと指先、それから爪で細い身体の部位に刺激を与えた。
リリアがこぼした涙に喜びは感じなかった。そうではなくてふと胸の奥を突いた痛みを・・・
ルッチは少女の身体から両手を離し、重なっていた身体を起こした。見下ろせばついさっきまで刺激的とも見えていた裂けた衣類から覗いている白い肌もその 表面につけた爪の跡も・・・全てが彼を我に返らせた。
これは彼のやり方ではない。何もかもが狂っていた。原因はわからなかったが狂わせたのはこの少女だ。そして少女はそんなことを思ってもいないのだろうと いうこともわかっていた。
紫色の瞳がルッチを見上げていた。まだ残った涙で潤って見えるその瞳には彼を恐れている色はなかった。ただ静かに彼を見て待っている。いつもの
リリアだ。
これが彼のやり方ではないとしたら・・・ならば彼のやり方は。
ルッチは全身の力を抜き、小さく息を吐いた。
「本当に、お前は・・・」
呟きながらゆっくりと下りたルッチの唇は少女の涙の跡を味わいながら拭った。すると静かだった
リリアの表情が崩れ、また涙が溢れた。
「いいかげんにしろ」
唇で受けた涙はあたたかかった。
ルッチは
リリアの顔に口づけを落としながらボロボロになった衣類を脱がせ床に落とした。白い肌に浮いた鎖骨を指でたどり、ついたばかりの薄い傷 を撫ぜた。細い身体が震えた。両手で小さな胸を包み込み頂を唇に含むと声が漏れ出した。ルッチはその声の質を聞き分けて手を止めた。まだ暗く燃える気分 だった時にもそういえば感じた。
リリアが漏らした声の甘さは以前はもう少し時間をかけなければ出てこなかったものだ。
「
リリア」
名前を呼んでもう一つの頂に舌を触れると声の甘さが増した。そして
リリアはまた手で口をふさごうとした。ルッチもまたその手を捕らえたが、今度はゆっくりとその手を握りしめた。
「ダメだ・・・今夜は声を聞かせろ」
ルッチは胸への刺激を強め、空いた手をそっと少女の足の間に滑り込ませた。
リリアが強く足を閉じた時、ルッチはすでに予想が当たっていたことを確かめていた。ほんの少しだがすでに潤いはじめている秘められた位 置。これも以前はもっと時間が経ってはじめて得られるはずの状態だ。
(感じているのか?)
彼が与える愛撫に敏感に反応してくる華奢な部位。白い肌。
ルッチは少女の肌から唇を離し、少女の唇を深く包み込んだ。
これまでに、一人の人間に繰り返し抱かれたことはない。一人の人間を度数を重ねて抱いたこともない。だから相手が彼に与えたと思ったものは彼の肌をただ 通り過ぎ、しるし一つも残したことはない。彼に何かを与えられたと思った相手がいたとしてもそれはただの錯覚だ。けれど
リリアの肌は声は息づかいは・・・そこに彼が残したものがあることを無言のまま伝えてくる。彼の行為を受け入れなじんでさらに多くを感 じ取る
リリアの身体。
ルッチは絡めた指先から足のつま先まで触れることができるすべての肌に時間をかけて愛撫を施した。そして
リリアの口から漏れるすべての声を受け止めた。
熱くて細い
リリアの奥に身体を進めたとき、ルッチの唇には満足の笑みがあった。与えた快感も今得ている快楽も今までとは比べ物にならないことを強 く意識していた。
「怖い・・・ルッチ・・・」
未知の感覚に力いっぱいシーツを握りしめている
リリアの手をルッチは自分の背中に導いた。
「つかまっていろ・・・いくぞ」
与えられた背中にそっとひとつずつ手をのせた
リリアはルッチが腰を動かすとしっかりとその背中を抱きしめた。細い腕の熱は予想通り不快ではなかった。
「どうかしているな」
自嘲気味に呟くとルッチは少女の身体を貫いた。そしてその行為が抱きついてくる少女の腕の強さを求めたものであったような気がしてさらに唇を歪めた。
「お前は本当に・・・面白い」
少女の身体を高みに連れて行くこと。そのことを思ってルッチはゆっくりと律動を刻みはじめた。
達した時、自分が力いっぱいルッチの身体にしがみついていたことに気がついた
リリアはすぐに手を離して身体の両脇に下ろした。
その時、情事の後は決して少女に触れることがないはずのルッチの手・・・その手がふわりと一瞬少女の頬を包み唇をなぞるように触れすぐに離れた。
「眠れ」
低い囁きを残してルッチは
リリアに背を向けた。
今満たされたばかりの身体以上に満ち足りていく心のあたたかさに
リリアは慌てて唇を噛んだ。黙っていたら涙を落としてしまいそうだった。今だけこのあたたかさに気持ちを預けていいのだろうか。やわら かく訪れはじめた睡魔に
リリアは抵抗しようとした。眠ってしまうには今は、このひと時はあまりにももったいない。それでも気だるい身体の引力は強く、
リリアは首を小さく振りながらゆっくりと目を閉じた。
「無駄なことを」
耳で寝息を確認してから振り向いたルッチは少女の顔を見下ろした。
黙って眺めているうちにふと、カクが
リリアを助けていた場面に遭遇した時になぜ自分が足を止めたのかに思い当たった。恐らくあのままあの場に加わっていたら、ルッチは一撃 であの男を殺していただろう。大切な任務の前では危険とも言える無用な殺生を避ける・・・ルッチの本能がそれを選んだのだとルッチは思った。そして結果と して
リリアを助けるカクを見て、少女の涙を拭ってやるカクの手を見て・・・
「馬鹿げているな、本当に」
呟いたのは以前にも口にしたことがある言葉。けれどそこにある気持ちはかなり違っている。違っていて危険だ・・・彼にとっては。
「気がつくな、
リリア」
囁いたルッチは
リリアの額に唇を触れ細い身体を毛布でやわらかく包んだ。