partner 1

イラスト/白鳩 窓から差し込む光が部屋の中央に陽だまりをつくっていた。
ふわふわとした丈の長い白い薄物に身を包んでいる少女は、裸足のままその陽だまりの中に座っていた。今日はまだ一度も熱が上がっていない。体調のよさが そのまま表情にも表れていた。
お揃いのように全身白い姿の鳩が少女の膝に舞い下りる。

「クルッポー?」

丸みのある声につられるように首を傾げた少女の動きにあわせて銀髪が艶やかに揺れる。
そろそろ髪を切ってやってもいいかもしれない。ルッチは右手の指を読みかけていた本のページに挟んだ。

「お前はわたしの言葉をみんなわかるのに、わたしは駄目だね。どうやったらわかるようになれるかな」

「ポッポー。クルックルー」

鳩は少女に向かって胸を張り語りかけた。
最初からこういう感じだった。
真っ直ぐに瞳を見つめながら喉を鳴らす雛だった。
あまりに弱々しくちっぽけな。
それでもルッチはその身体の中に流れている恐怖を知らない果敢な血を知っていた。あの親鳥から遺伝子を通じて受け継がれているはずの性質の存在を信じて いたといった方がいいのかもしれない。
ルッチは音もなく少女の傍らに移動し片膝を落とした。

「ルッチ?」

一緒に視線を向けた鳩と少女の顔を見下ろした。




その鳩に初めて会ったのはルッチの名前がCP9の中で確かな存在感を持ちはじめた少年期の終わりだった。六式を身につけ、悪魔の実を食べ、全身に過去を 全て越えた自分のエネルギーの奔流を感じていた頃。躊躇いなく命を奪うことに喜びを見出すようになった己の心の内との密かな葛藤もはじまっていた。
ある戦場で、ルッチは目の前に始末してもしなくてもどちらでも構わない多数の命を前にしていた。世界政府に対する反乱を高々と唱えていた首謀者数名は、 とっくに地に伏して温かな生命の源である紅の流れを大地に吸われていた。骨のある者は殲滅した。残っているのはただ踊らされて仲間意識に酔っていた、集団 という形に甘えるしかできない者たちだけだ。放っておいても自然と崩壊する。今殺しても騒ぎにすらならないだろう。
ルッチは一本の指の爪を染めている血潮を舌で舐めりとった。身体の中心の一部が更なる殺戮を求めているのをわかっていた。あの悪魔の実を食べてから体内 に住み着いた文字通りの悪魔の気配。身を任せれば例えようもないほどの残酷な快感を心に産む。
ルッチは考えながらすっと爪を水平に伸ばした。
喉を掻き切って血を流せと心の中の何かが叫ぶ。血はあたたかく、手の平で受ければ心地よいだろうと誘惑する。
無駄な殺生は必要ない。目の前にいるのは戦うことにより技量を上げることも望めない敗北者たちだ。ただ、この場を去ればいい。任務は終了したの だ・・・・そう呟いているのが本当に己の本来の心なのか、ルッチにはわからなかった。
迷うくらいならすべてを無にしてしまうのがいいかもしれない。
ルッチが目を向けるとそこにあったのは彼を恐れ、獰猛な獣を恐れる表情だった。弱いものを無駄にいたぶる趣味はない。短時間で全てを終わらせることを決 めたルッチが全身の筋肉に軽く力を溜めた時、小さな気配が顔の横を通り過ぎた。反射的に伸びたルッチの腕を掻い潜って距離を保ちながら正面に向き直ったの は、翼をはためかせながら滞空している一羽の純白な鳩だった。

「・・・何をしている。お前の主はもう帰りの船に乗船しているだろう」

ルッチはその鳩のことを知っていた。けれど、こんな風に近く向き合ったのは初めてだった。
鳩は当時のCP9の中で一番年長なメンバーのもので、その男はCP9という組織ではあり得ないほど歳を取っていた。ルッチにはまだ経験のない潜入の任務 を得意としているその老人は、今回も殲滅作戦そのものには加わらず、作戦を立てるためのデータを取得するために数ヶ月前からこの地に一人、先に来ていたの だった。
鳩は潜入任務にとても役に立つのだという噂を知っていた。それはルッチにとっては想像してみることさえできない謎だった。小さく弱い生き物を身近におい て任務に同行する。それは弱点にしかならないように思えた。それでも老人も鳩も幾多の任務を達成し、数ヵ月後には悠々自適な引退生活を始めることになって いる。ルッチは鳩を見た。鳩も揺るがない視線を返した。

「クックルー」

一声鳴くと、鳩はそれまでよりも翼を大きく広げて羽ばたいて見せた。それはルッチと彼の前にうずくまっている敗北者達との間を遮るためのように思えた。

「殺すなというのか」

低く問うと鳩が頷いたように見えた。

「それもいい。別に殺すことにこだわりはしない。だが、そもそも、なぜお前がここにいる?」

「クルックル、ポッポー」

鳩は高度を上げ、ルッチの頭の上で旋回した。
着いて来い。
そう言っているように思えた。

2006.11.2

さくらさんからいただいたリクエストは
『ハットリ大活躍なほのぼのなお話』

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