partner 3

イラスト/白鳩それからルッチとトリロはいくつかの任務を一緒に担当した。その中でルッチは老人についていくらか知った。
 鳩のフクベは主に見張りの役割を担いながら、時にトリロの巧みな腹話術に合わせて人間を真似た動きを見せ、観る者の注意を逸らす。腹話術師として路上で 客を集めたトリロはさり気ない会話と鋭い観察眼で情報を収集する。
 トリロは朝は早くから起き出し、夜は早めに就寝する。酒の飲み方は静かで、飲んでいる間は口数少なく穏やかに話す。任務で喋りすぎる反動だと言って笑 う。
 CP9にこんなにも人間臭い男がいたとは。ルッチは時には日に何度もその思いを感じた。
 トリロは相変わらず他の人間がいない場所ではルッチに気さくに話しかけた。ルッチはその理由を内心疑問に思い続けた。



 その日、ルッチはエニエス・ロビーの自室で寝台の上に身体を投げ出していた。念入りに浴びたシャワーも身体に残る体臭を消しきれてはいない気がしてい た。ルッチはそれを不快だと思った。地下の一室に呼ばれて過ごした2時間余りは教練のひとつにすぎない・・・そう自分に言い聞かせていることがさらに不快 だった。教練だと理解していたから躊躇わずに裸身を晒した。担当教官に指示されるままに薄いマットの上でピンで留められた標本のように開いている女の身体 に触れた。好奇心はなかった。だが。
 ノックの音が響いた。
 無視しようかと迷ったルッチはため息とともに無表情に戻った。

「・・・珍しいな、トリロ」

 ルッチは無意識に白鳩の姿を探し、見当たらないことに眉を顰めた。トリロと会うのは数週間ぶりだった。老人の顔にはどこか興奮の気配があり、瞳を強く輝 かせていた。

「久しぶりだな、ルッチ。部屋まで押しかけてすまんが、ちょっとわしの部屋まで来てくれないか?」

「・・・なぜだ?」

 怪訝そうに視線を返すルッチにトリロは皺だらけの笑顔を向けた。

「それを言ってしまうと少々つまらないからな。老人の顔をたてると思って黙ってついて来い」

 ルッチは押さえていた扉に軽く寄りかかった。気分も身体も気怠かった。

「今は・・・」

「・・・まあ、そう言うな」

 トリロはそっと手を伸ばしルッチの肩に触れた。そして反射的に半歩身体を退いたルッチに再び笑顔を見せた。

「お前はきっと見たことがないものだ。わしが保証する」

 見たことがないからといって胸を躍らせるほどの素直な感情を自分が持ち合わせているとでも思っているのだろうか・・・この老人は。ルッチがため息をつく とトリロは笑みを深くした。

「わかっている。子どもなのはわしだ。人間、年を取るほどに子どもに戻るものらしい」

「・・・それほどの年でもないだろう」

 ふらり、と扉から身体を離したルッチを見た老人の視線はやわらかかった。



「・・・・これは・・・」

 途切れたきり、ルッチの口に言葉が蘇ることはなかった。
 表面が荒削りな木片でできている小箱に裂いた新聞が詰め込まれていた。一見、それだけの塵芥の類に見えた。しかし、中で何かが動いている気配があった。 新聞紙の巣の中でいかにも重そうな頭を持ち上げてルッチと目を合わせた小さなもの。それは一羽の雛鳥だった。

「クックルー」

 ルッチが雛の姿を確認するのを待っていたようなタイミングでフクベの白い姿が舞い下りた。

「雌・・・だったのか?」

 口をついて出たのはルッチ自身、なんとも間抜けに思える言葉だった。それを聞いたトリロは声を出して笑った。

「フクベは雄だ。お前と顔を合わせなかった間はちょうどコイツの蜜月の日々だったんだ。見合いをしてな。短期間ではあるが恋人と伴侶を得たというわけだ。 そして自分の命を受け継ぐものに恵まれて・・・・お前はまるであり得ないことみたいな顔をしているが、実はこれが自然の慣わしというものなんだ、ルッチ。 そういうわしも、思い出したのはここ数年なんだがな」

 フクベは雛が開けた嘴に自分のものを突っ込んだ。食事をさせているのだということがルッチにもわかった。白い産毛に覆われはじめたばかりの雛の身体は赤 味が透けて見える。目ばかりが大きくて骨と皮だけのようなその姿をルッチは黙って眺めていた。いかにも弱々しげだと思った。でもそこからは確かに生命力の 熱が放たれていた。

「随分時期を先延ばしにしてきたが、そろそろわしとフクベは任務に出なくちゃならない。ここまで育てばあとは人の手でも育てることができる。ルッチ、この 雛はお前にやる。お前の両手で育ててみろ」

「・・・つまらない冗談だな」

 冷めた口調とは異なり少年の瞳に浮かんだ驚きの表情にトリロは満足して頷いた。

「今日はやり方を教える。明日からはお前が一人でやるんだ。生かすも殺すもお前次第、運次第。楽しめる賭けだとは思わんか?」

「俺が任務で外に出る時はどうする」

「たまたまわしがいればベビーシッターしてやるし・・・・それに、お前、多分しばらくは外には出ないはずだ。そうだろ?」

 ルッチは真っ直ぐに自分を見る老人の顔を見返した。何をどこまで知っているのか、読み取ることが出来るものは何もなかった。

「鳩は人間と違ってあっという間に育って自立する。気がついたらお前の相棒になってることだろうよ」

「・・・悪い冗談だな」

 ルッチは唐突に身体を包んでいた気怠さを思い出した。
 女の身体に自分から触れたいという気持ちはなかった。指示されるままに手を進め指先を動かすうちに標本だったはずの女の体温を意識するようになった。喘 ぎ声を聞きながらそのすべてが初心者の青臭いガキにやる気を出させるための露骨な演技だと心の中で冷笑した。それなのに彼の身体は理性とは別物のように理 解しがたい反応を見せ、結局ルッチは一通りの行為を完遂した。教官という肩書きを持った人間の好奇心に満ちた視線の前で初めての行為を行ったことは、予想 を超えてルッチの心身に疲労を残していた。恥辱。心に浮かぶこの言葉を無視しようとしてもし切れず、しばらく続くと言い渡されたこれからの教練の日々を思 うといたたまれない気がした。

「どうでもいい。死んでも文句は言うな」

 呟いたルッチの肩をトリロの手がそっと叩いた。ルッチは無言で今度はその温度を拒絶はしなかった。

2006.11.5

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