「では、ウォーターセブンでその
リリアという娘はこの2人と一緒ではなかったというのね?・・・カリファ」
まるで忘れかけていた名前を思い出して付け足したように間を置いて名前を呼んだマレーリアにカリファは黙って頷いた。
「それならあなたにはその娘を捕えることは無理だった、と・・・・・まあ、いいわ。あなたに関してはこれで終わりにしましょう。よろしいですね?長官」
スパンダムは不機嫌を露にした顔で鼻を鳴らした。
「あのなぁ、これは俺と2人の部下の久しぶりの再会の場面なんだぞ。あれこれ煩く聞いたり確かめたり書類に書かせたりするのはちゃんとお前に任せるから、 いいから、ここは少しばかり遠慮しろ。隣の部屋で書類でも揃えておけ。ワインの一杯くらい飲める時間を寄こせよ」
空気を読むのが下手なスパンダムの性格は案外この鉄の女に対抗するのに向いているのかもしれない。ルッチの唇から偽者の笑みが消え、代わりに皮肉な微笑 が浮かんだ。スパンダムは正義より何より自分の身の安全と出世を優先する男だ。自分よりも階級が低い人間に対してはまるで使えなくなったらいつでも交換で きる物のように遇することも多い。それでいて、なぜかこの男は部下が自分を裏切るだろうという不安や疑惑を持たないのだ。自分に対する服従を信じきってい る。権力というものをそこまで信じていることにルッチはスパンダムの偏った純粋さを見る。
ガチガチの政府の女の言動を恐れる反面、女の身分が自分よりも下であることに安心できるはずのこの男。女が眉間に浅い皺を寄せた様子は今までのスパンダ ムを扱いが決して思い通りになることばかりではなかったことを示しているように思えた。
「では・・・私は隣室におりますが。長官との対面が終わったら一人ずつ私の部屋に寄こしてください。カリファは下がらせてよろしいですね?特に私にも用事 はありませんから」
「はぁ?何言ってるんだ、お前は。カリファもルッチたちと一緒のCP9だぞ。再会の場面から追い出すような無粋な真似はやめておけ。いいから、ほら、行っ た行った」
手をひらひら動かしてマレーリアを退出させたスパンダムにカクがニヤリと笑った。
「男じゃのう、長官」
「ああもう、あいつが来てから色んなことが一々面倒臭くなって仕方がない。気のせいか、毎日たくさん髪が抜けちまってる。そのうちハゲでもできたらどうし てくれるんだ、あの女。あんまり気にしねぇことだな、カリファ。きっとあれだ、お前に焼きもち焼いてんだろうよ。若くて綺麗で実力も上のお前にな」
「・・・・セクハラです、長官」
「おいおい、またか?また名前を呼んだからか?」
大げさに驚いてみせるスパンダムに向いたカリファの顔には微笑が浮かんでいた。
スパンダムは机の上にあったボトルから4つのグラスに濃い色の液体を注いだ。3人が断らずにグラスを受け取ると、スパンダムは嬉しげに笑った。
「よく戻ったな、ルッチ、カク。あの煩い女をとっととへこまして、なまった身体を鍛えなおしてまた役に立ってくれ。・・・ところでな、あの娘・・・・
リリアはどうした?まさか死んじまったってことはないんだろ?」
無表情に見返すルッチの視線にスパンダムの頬がかすかに赤味を帯びた。
「いやな、お前がここに子どものあの子を連れてきた時、俺は驚いちまって煩く言う気にもならなかった。ハットリと同じ扱いでいいってことだったし、別に政 府から養育費や給料を払うわけでもなかったし、邪魔になったら放り出せばいいと思ったしな。で、あれから邪魔になる様子もなかったし、お前があの子を ウォーターセブンに呼んだときはまた驚いたんだが、偽装するにはなかなかいい考えだと思ったし。あの子が一足先にあの街から戻った時なんか、ファンクフ リードがえらく喜んじまってな。見れば背も何だかすら〜りとしちまって、ちょっと俺の隣りに置いてみてもいいかな、くらいの感じになって、焦ったぞ。ジャ ブラも最初はどもっちまって、クマドリたちにえらくからかわれてた」
スパンダムはグラスから一口大きく含み、香りを味わうように目を閉じた。
「お前たちがニコ・ロビンとカティ・フラムを連れて戻ったあの日・・・・俺はこれはわが世の春だと思ったな。何もかもを思いどおりにできるだけの力を直に 手に入れることができると思った。俺にはお前たちという部下がいたし、あのちっぽけな海賊団があんな、冗談みたいに強いなんて誰が思う?でも、終わってみ れば俺もお前たちも全員ズタボロに負けてたな。信じられなかったぞ。信じられなくて腹も立たなかった。俺の手から離れて行った設計図も古代兵器の可能性も 思い出せば出すほど悔しくてな。でも、よくも生きていられたもんだって・・・・そいつを一番思ったんだ。そして詳しい状況がようやく入りはじめたら、お前 とカクは行方不明だろう。おしまいにはてっきり崩れた塔の下敷きになっちまったかと思っていた
リリアの遺体も見つからない。砲撃で吹き飛んじまったのかとも思ったが、でも、そうなるとお前たちの行方不明を絡めて考えたくなって な。もしも生きているならひょっこり顔を出すはずだとそう思って待っていた。俺の怪我も崩れた建物も重症どころの話じゃなくてな、まだちゃんと元通りにも なっていない。まだひどく痛むときがあるし、その痛み具合で天気の変化がわかっちまうくらいよ。おまけにいつの間にかあんな女が乗り込んできて、ロブ・ ルッチが麦わらに負けたのは
リリアという娘のせいに違いないなんて戯言をぬかしはじめる。まるで小娘一人を捕まえれば全部丸く収まって平和が戻るみたいな言い方 だ。馬鹿馬鹿しいにも程がある。そうだろ?」
ルッチはスパンダムを見ながらワインを飲み干し、グラスを置いた。
「
リリアが死んだという情報は持ち合わせていません。それだけしか今報告できることは・・・」
ルッチの言葉を聞きながら小さく頷くカクに視線を移し、スパンダムはゆっくりと微笑した。
「その報告で十分だろう。それ以上は必要ないぞ、俺には。だがな、あの女はそれじゃあ満足しないぞ。人をいたぶる趣味でもありそうな鋼鉄女だ。お前な ら・・・・何とかできそうか?ルッチ」
「どうでしょう。始末すればいい相手とは違いますから」
ルッチの目を覗き込んでいたスパンダムはやがて満足そうに頷き、背筋を伸ばした。
「行け、ルッチ。ひとつ腕試しをしてみろ。俺にもお前たちにも仕事をやりやすい環境を整えてくれ」
「努力はしてみましょう・・・長官」
この男はこの男なりにあの少女を気に入っているということか。
ルッチは唇を歪めた。
ジャブラ、ブルーノ、スパンダム・・・・そして恐らくクマドリにフクロウ。結局
リリアはいつの間にかCP9という組織にしっかり根を下ろしていたらしい。
「お前たちの部屋もまたちゃんと作ってあるぞ。お前の部屋にはな、ルッチ、浴室の奥に小部屋もつけて、そこに寝台も置かせた」
クリアするべきなのがあの秘書一人なら。
ルッチの瞳に暗い光が宿った。
「・・・大丈夫かのう?」
カクが呟くとカリファも頷いた。
「同じ女としてはね、ルッチ、あの人、あなたに何か別の興味を・・・・」
カリファの声を遮ったのはルッチの低い笑い声だった。
「出方を見るさ。どちらが経験豊富か確かめるのも悪くない」
「相手は政府の女じゃ。ほどほどにしておけよ。
リリアが絡むとどうもあんたは普段より暴走しがちな気がするのう」
「馬鹿なことを」
歩きはじめたルッチの後姿を3人の目が追った。
「・・・・お前は残れ」
ルッチが囁くとハットリは首を振りながら舞い上がった。
「待っていろ。お前が望むものを手に入れてやる」
音をたてずに閉じられた扉の前でハットリは一声、高く鳴いた。