これ以上はできないほど足音を殺して窓辺に近づき、そっと指先をカーテンに差し込んで隙間から外の陽光を確かめる。チン・・・と幽かにカーテンレールとリ ングが擦れた気がして思わず息を止め、そっとベッドを見下ろす。
大丈夫。
ルッチの寝顔に変化は無い。
リリアはほうっと息を吐いた。
深夜、というよりも恐らく未明にルッチは戻ってきた。眠っていて気配を感じなかった
リリアは・・・例え起きていたとしても気配を感じられるかどうかはルッチ次第だが・・・隣にまだ外気が抜け切らない低い体温を感じ、本 能的にそちらへ身を寄せた。それからやっとその体温の正体に気がついて飛び起きようとしたのだが、大きな手に頭を押さえられて起き上がることも顔を向ける ことさえ許されなかった。
まだ、眠らないのだろうか。
早く、ルッチの顔を見たい。
闇の中で息を殺す
リリアの願いはかなわず、結局先に眠ってしまったようだ。朝、目を開けてすぐ、自分がルッチの腕を枕にしてしまっていることに気がつい た
リリアは慎重に頭を持ち上げ、振り向いてルッチの横顔を見た。
1ヶ月だ。
今回の任務はルッチ単独で行動することが絶対に必要なものだったから、
リリアは久しぶりに留守番だった。以前なら留守番の時はルッチの私室の隣の自分の小部屋のベッドで寝た。いや、ルッチがいる時も身振り や行動で呼ばれない限り隣の部屋で寝た。でもこの1ヶ月はどうしても我慢できなくてこっそりルッチのベッドを使っていた。それがバレてしまったわけで、何 故夜中に追い出されなかったのかが不思議だった。
ああ、ルッチだ。
カーテンが作る薄闇の中でそのすべてが覚えていたままだった。それでもさらに確かめたくなってしまうのは何故なのだろう。それでさらに慎重にベッドから 滑り出た
リリアだった。
細く差し込む朝の光に浮かび上がるルッチの顔。その表情には静寂しか見当たらない。
大丈夫、傷も痣もない。その超人的な強さを知っていても、だからこそ自分を酷使するルッチをどうしても心配してしまう。そばにいられる時は安心していら れるのに離れるとどうしてもダメだ。つまりこれは、自分の我侭だということかもしれない。
リリアはもう一度息を吐き、着替えるためにベッドのそばを通り抜けようとした。
その時、あたたかくて大きな手が
リリアの腕を掴んだ。
「ルッチ?」
目を丸くした
リリアの前で起き上がったルッチは不機嫌の気配を漂わせながら無言だった。ただ、つっと
リリアの腕を引いてベッドに座らせた。ルッチに背を向ける格好になり、
リリアは困惑した。
「ごめんなさい、起こした?」
ルッチは答えなかった。
リリアは髪に触れた手の穏やかさに驚き、思わず肩をすぼめた。
ゆっくりと1度髪を撫ぜ下ろしたルッチの手。
それから梳くようにやわらかく差し込まれた指先。
「・・・伸びたな、髪が」
短い言葉が、無感情な声が
リリアの中のどこかに刻み込まれる。
ゆっくりと上下する指先の熱が伝わってくる。
ふと視界に入った籠の中でこくりこくりと頭を上下させながら人間のようにうたた寝をしているハットリ。
こんな朝が。
静かで幸福な朝が。
肩の力を抜いた
リリアは代わりに震えだしそうになり、慌ててまた力を入れた。
以前、ルッチはよく
リリアの髪を切った。あれは、そう、まだ麦わら海賊団との会う前、あの水の都で過ごした日々までだっただろうか。あれから別れがあり今 思えば奇跡とも思える再会があった。それからルッチは
リリアの伸びた髪を切ろうとはしなくなった。代わりに時々椅子に座らせた
リリアの髪をブラシでとかしてくれるようになった。それだけで十分驚きで、十分以上に嬉しかったのだ。でも、今は。
指先にやさしさを感じてしまう自分は愚かだろうか。
リリアは目を閉じた。
堪えきれずに身体が小さく震えてしまった。
「・・・愚かだな、お前は」
僅かに皮肉な感情が漂う声が響く。
指先の動きは変わらない。
言葉にならない幸福。今自分が噛みしめているのがそれなのだと、
リリアは思った。
ふわり、と空気が流れるのを感じた瞬間、あたたかな腕の中にいた。