木漏れ日
野原には1本の木が空に向かって枝葉を広げていた。銀色の表皮が降り注ぐ日の光を美しく受け止めてはね返す。反対に光をそのまま細身の身体の中に湛えたようにやわらかく自ら光る葉がゆるやかな風を受けて揺れる。
(今年もこの日が来ましたよ。)
一人のホビットがその木の根元に跪いていた。穏やかなその表情にふさわしい優しい動作で、運んできた小さな荷物をほどき始めたそのホビット、サムワイズ・ギャムジー。彼はまず、ぎっしりと香り高いパイプ草がつまった皮袋を取り出し、そっと落ち葉の受け皿にのせた。忘れずに手入れのよさがその艶に現れているパイプを2本、横に並べる。
(あなたは最初にビルボの旦那様からパイプの吸い方を習われたんでしたよね)
サムは胸のポケットから自分のパイプを取り出した。そして自分の皮袋のパイプ草を詰め、慣れた仕草で火をつける。一息すって煙を吐き出すサムの口元にはまるで少年のような微笑が浮かんでいた。
(僕にパイプを教えてくれたのはあなたでしたよね、フロド様)
次にサムはエールを詰めて栓をしてきた茶色の瓶を取り出した。そのエールは彼の愛妻の実家が誇りにしている品で、今年はまたこの上なく出来がよかった。
それからサムは蓋つきの深めの皿を取り出し、そっと蓋を外した。するとこんがりとした色と香ばしくて馨しい香りが一緒に飛び出してきた。いためた茸料理の一皿。
(マゴット爺さんの茸です。料理したのはロージーだけど。)
主人は以前、おかしなくらい一人の爺様を怖がっていた。また、怖がっていることを見せないようにする姿が一生懸命だったことも思い出す。
(どうしてこんなにいつまでも思い出すことがなくならないんでしょう・・・・・・)
空を振り仰いだサムの瞳は光るものを落とさぬようにと震えていた。
風がまた1枚、葉を落としてよこした。
まるで返事をするように。
最後にサムは1冊の本を取り出した。赤い革の表紙には、使い込まれた感じが表れはじめている。
(少しだけ、あなたのあとに書いたんです。でも・・・・・)
サムがためらいがちに本を握り締めたその時。
小さくてあたたかなものがサムの頬に触れた。うしろからそっと伸びてきた、やわらかな幼子の手。
「いつ来たんだい、エラノール」
歩く姿がすっかり落ち着いてきたエラノールは、うれしそうに笑いながらサムの膝に飛び込んできた。やわらかな金色の髪と大きな瞳、そして深いえくぼ。見るものが思わず手を差し出したくなるような笑顔が愛らしい。
サムが抱き上げて膝に乗せると、エラノールはくっくくっくと嬉しそうに笑い、赤い表紙の本に手を伸ばした。
「読んで欲しいのかい?」
サムが問うと、エラノールは笑うのをやめてじっとサムの顔を見上げた。
「ちょうどフロド様に聞いていただこうと思っていたんだけど・・・・・」
サムがためらっていると、エラノールはまた手を伸ばしてサムの鼻をつまんだ。サムは笑った。
「わかったよ。フロド様にちゃんと聞いていただこう」
本を開いたサムがささやくような声で静かに読み始めると、エラノールの視線も一緒に本の上に落ちた。
(なんだか、ちゃんとわかってるみたいだな)
サムは小さな金色の頭にそっと頬を近づけて読み続けた。
サムがすっかり読み終わり、エラノールが半分うとうとしはじめた頃。
視線を上げたサムは遠くに二つの人影を認めて顔をほころばせた。ホビットにしては少しばかり大きすぎる背丈の二人。顔をあわせるのはちょっとだけ久しぶりだ。
(やっぱりお誕生日を忘れないでくださいましたね)
心で語りかけている主人もきっとあの笑顔を浮かべているだろう。
サムはエラノールの柔らかな身体を抱いて立ち上がった。遠くの二人が大きく手を振って走り出す。
(帰ったら、今年のお誕生日のこともちゃんと書いておきますね)
重なり合う枝や葉の間からこぼれ落ちる光が、サムを取り巻いてそっと揺れた。
2004.9.21
昨年はみんなに会える夢の誕生日を書きました
今年はちょっと静かなホビット庄の風景です
今年も悩んだのがサムの言葉(笑)
ちょっとちがうなぁと思われたみなさま、ごめんなさいです
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