発 見 2

「これは・・・・・。どこからどこへ流れて教皇庁に行きついたのかわからないけど、ただのスケッチだ。何を知りたいんだ?」

 トレスが寝台に広げたのは一枚の紙で、そこにはさらに複写されたらしい新しくはない傷だらけの絵があった。どこか高いところから見下ろす角度で描かれた らしいその絵には沼か湖の岸辺のような場所に立つ3人の人間の姿があり、中央に立つ後姿の男には特徴的な部分があった。その背に小さな羽根が描かれていた のだ。白い両翼は存在感があり、生々しかった。その男の奥に立つ体格の良い男は中央の男に笑顔を向けていて背中は見えない。そしてもう1人、手前に立つ姿 は差し伸べられた手と輪郭の一部から存在はわかるがあとは絵が破れているために情報はない。
 レイニアは首を傾げた。黒髪が流れ落ちて半身を覆う。

「絵の場所と日付、切れている人物の特定を。可能な限り詳細な回答を要求する」

「・・・トレス」

 一瞬瞳を大きく見開いた後で小さく笑ったレイニアの顔はいとけない印象が一層強まるものだった。

「何かいけない事をして捕まったような気分だ。とても答えにくい」

「俺は会話に興ずる目的で作られた機械ではない。要求に応じる事は不可能だ」

「・・・・機械?」

「俺は機械化歩兵と総称される分類に属する機械だ。そしてこれは任務には何の関係もない話だ。速やかに回答の入力を」

 レイニアは無言のまま金色の瞳をトレスに向けていた。その間微動だにせずに待機するトレスの顔に表情はなかった。シンメトリックで整った顔の作りの中で 両眼がガラスのように光をはね返す。こうして見ると確かに人形のような印象がある。微かに記憶に残る大きな銃による正確無比な射撃もとても人間の仕業とは 思えなかった。
 でも、とレイニアは思う。それならあの時に感じたあの感覚は。目を閉じて無防備になった状態をこの神父の前で晒してもいいと判断した本能は。神父嫌いの 自分が。
 ・・・相手が機械だったからか?
 軽く頭を振って思考を中断したレイニアは少女らしい微笑を浮かべた。

「紙と何か書くものを貸してもらった方が早い。わたしはこの3人の名前も何も知らないし、絵を描く技術なら今の方がこの時よりもこなれているだろうし」

 自分を見据えるガラスの目に向かってレイニアは小さくため息をついた。

「これが10年以上前の記憶でも関係ない。・・・とにかく書くものを。結果を見ればわかる」

「了解した」

 部屋を出る機械神父の姿を見送った後、レイニアはゆっくり身体を倒した。閉じた瞼の奥にこれから描くはずの一場面がくっきりと浮かび上がった。



 1時間後。
 スケッチブックの上に手を走らせる少女をトレスは黙って見守っていた。目の前で行われているのが少々現実的ではない光景だということを果たして認識して いるのかどうか、感情のない表情から伺うことはできない。
 初めて10分ほどはトレスの存在を意識してやりにくそうに口の中でブツブツ呟いていた少女はいつの間にか目に見えないヴェールの向こう、創造という世界 に入っていった。集中して高揚している気分が少女の周りの空気までも満たし、機械のようにすばやく動く手と指先が白紙の上に古い記憶を鮮やかに描いてい く。
 ターゲットは失われた3人目の人間に関するデータだけだった。場所も時間も言葉で得られれば十分だ。それでもトレスは少女の作業の中断を求めることはし なかった。その明確な理由はこの人間ではない神父の中にはなかったかもしれない。

 トレスの頭が微かに動いた。遥か上空にいるはずの同僚の声が彼だけに届いた。その場で応答しようと口を開きかけたトレスは瞬間的な判断でそれをやめ、立 ち上がった。手を止めて不思議そうな顔で自分を見上げるレイニアに向かって頭部だけカクンと小さく頷くと、少女が再び作業に入ったのを確認して部屋を出 る。ドアを閉めたとき目に入ったのはページをめくって笑顔を浮かべた少女の顔だった。



「目標失探。レイニア・スレイアの不在を確認」

 予想よりも時間がかかった打ち合わせの後に部屋に戻ったトレスは抑揚のない声で発すると無人の部屋の中の開いた窓と揺れるカーテンに目を向けた。
 ここは2階。複数の傷を負った少女が飛び降りて無事ですむ高さではない。
 床に落ちたスケッチブックにはページを乱暴に破かれた痕跡があった。拾い上げたトレスの視線はひっくり返した裏側のページに落ちた。そこには1人の神父 の姿が描き出されようとしていた。ラフな輪郭の線からさらに細かな線、そして何かに驚いた少女の手が残した短くて他と比べると明らかに無骨な1本の線。
 トレスは無言のまま追跡を開始した。

2005.9.7

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