発 見 1

「対象を99.87%の確率で探索目標と推測。・・・確認する」

 短い髪からその端正な顔におちる雫を一瞬の頭部の動きで振り落とした姿は一瞬の躊躇いなく規則正しい靴音を響かせながら前進を開始した。その身体に遅れ まいとするように揺れる銀色のロザリオの方が生き物のように見える。僧衣に包まれた小柄な姿の周囲に微かに存在する硝煙の香り。神父は石畳の上を流れる雨 水の流れの中に細い紅が見えはじめたところで一旦足を止めた。
 不規則な形が組み合わさって整然として見える複数の敷石に跨るように路上にあるのは見るからに濡れそぼった姿で、薄闇の中離れたところからは全身を覆う 長い黒髪のせいで倒れた小さな獣のようだ。
 神父の非人間の目は紅の流れから周囲を巡り、不規則に途切れながら続いている血痕を辿った。

「生体反応、確認。脈拍および呼吸数、平均値×50%」

 細い姿に纏わりつく波打つ黒髪の隙間から覗く白い首筋に触れた指先を神父が離した時、指の下の体温がこの神父でなければわからない程わずかに上昇した。

「・・だ・・・れ。はな・・れ・・ない・・と・・・」

 地を這うような途切れた言葉を気にかける様子なく神父は目の前の身体を仰向けた。左右に分かれて落ちた髪の下から現れた白い顔に生気はなく、カーブを描 く睫毛の震えだけが覚醒を予告する。瞼が持ち上がると覆い隠されていた金色に今にも消滅しそうな光が宿った。
 その時、神父の右手にはどこからか現れた拳銃が握られていたのだが、それに気がつかない“少女”は宙の1点を見た瞬間に神父の予測を超えた動きで彼の身 体を両手で突いていた。

「目標失探。・・・目標捕捉。発射」

 銃爪を引いた神父の前で少女の肩を黒い点のようなものが貫通し、その後銃弾によって粉砕された。少女の身体は力なく崩れた。

「複数微小飛行体の接近を確認。敵性体と認識。排除する」

 地に横たわった少女の瞳は傍らに立ち上がった神父の姿を映していた。両手に手の大きさ比較するとバランスが悪く見えるほど大きな拳銃を握り、その先端を 軽々と宙に向け全部がひとつの音になるほどの連射で2人を狙って降ってくる悪夢を破壊していく。

「戦域確保。損害評価報告および氏名の確認を。レイニア・スレイアに間違いないか。回答の・・・」

 抑揚がない無表情なその声を聞きながら少女はゆっくりと目を閉じた。身体の中から湧き上がる要求に屈服してよいと感じたのは半日ぶりのことだった。
 神父は返答をきっかり3秒待った後、濡れて重さが増しているはずの少女の身体を無造作に抱き上げた。



「・・・どこだ?」

 見慣れない場所の空気を感じて起き上がろうとした少女は唇を噛んでこぼれそうになった呻きを堪えた。

「腹部右側面に残留していた“虫”を摘出した。他3ヶ所負傷部を処置した。緩慢な動作を推奨する。レイニア・スレイア」

「・・・その名前はもうずいぶん使っていない」

 少女は長い髪を指で梳き、気がついたように神父を見上げた。丁寧に梳かれた後の様な髪の感触に違和感を感じていた。
 少女が寝ている寝台が半分以上の面積を占めている部屋は見るからに素朴で質素な宿の一室で寝具から漂う清潔な香りが貴重なもののように感じられた。
 少女の足元に立って見下ろす神父の視線も表情も声も・・・立つ姿勢さえも静かでまったく動かず、疲れ切って表情を失っている少女でも太刀打ちできるもの ではなかった。

「現在の氏名の提示を。回答の入力を要求する」

「回答って・・・」

 少女の声に感情が揺れた。困惑の中にどこか面白がるような明るさが混じり、金色の瞳が神父の顔をまっすぐに見た。

「・・・さっきの名前でいい。それが多分本物だから。あとのは全部必要に応じて作った自前のものだ」

 レイニアの透明感がある少女らしい声が口にする言葉はまだ幼さの残る外見に似合わない響きを持っていた。

「レイニア・スレイア、推測年齢20歳以上、出生不明、性別・・・」

「間違いない。見た目が10歳でも20年以上生きてきた。吸血鬼ではない。化け物でもない。わたしを食っても不老不死にはなれない。普通の人間で女で普段 は食欲もあるし眠くもなる。性欲はない。人間嫌い、というよりも自分を化け物だという相手を好きになれと言う方が無理だ。ついでに言うと今言ったのは全部 自分が自分のことをこう思っているという回答だ。主観だ。普段は喋るのは苦手だ。これで勘弁してくれ」

 神父の声を遮って一気に言い捨てると、レイニアは倒れこむように身を横たえた。

「目標に関するデータをリライトした。あの“虫”は何だ。回答・・」

「それよりも自分の名前を教えるべきだ・・・神父。わたしは教えた」

 天井を見上げていたレイニアの視界に茶色の短髪と端正な顔が入ってきた。

「俺は教皇庁国務聖省特務分室、派遣執行官HCトレス・イクスだ」

「・・・わかった。そうやって真上から見下ろすのをやめてくれ。・・・トレス、と呼ばせてもらう。“神父”っていう響きは苦手なんだ」

「了解した」

 トレスは窓際に置かれていた椅子を寝台の横に置いて腰を下ろした。

「あの“虫”が何かは知らない。昨日初めて見た。でも・・・多分わたしの身体の肉とか血とか・・・そういうものを欲しがってる人間がいるんだと思う。2匹 ほど、身体を貫通した後に元来た方に戻って行ったから」

 レイニアはため息の後寝返りを打ってトレスに背を向けた。

「神に仕える方々も不老不死とか興味あるの?組織サンプルとかとって実験する?心臓の一部じゃなきゃだめだとかいろいろ説があるらしい。でも、わたしに言 わせればこの身体は成長が止まってしまう何かの病に冒されてるんだ。つられて多分心の成長も止まってしまう病気」

 少女の声にある自虐の響きにもトレスは心を動かされた様子はなかった。

「それは俺の受けたオーダーには何の関係もない話だ。俺の任務は1枚の絵についてレイニア・スレイアの確認をとることだ」

「絵・・・?」

 身を起こしたレイニアの目が金色に光った。一見お話の続きをねだる無邪気な少女のようなその顔にトレスは目を向けた。人の形をした機械のガラスのような 瞳に映る姿から少女は目を逸らした。

2005.9.6

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