「うわぁ、なんというか、迫力ですねぇ〜」
背が高くて細身の神父が満面の笑みで拍手を送る。
「こうして見ると、ふむ、なかなか絵になるねぇ。どうだい、レイニア君、君たちの姿をちょっと鏡に映して見たまえ。で、後で時間ができたら絵にしてみると いうのはどうかね?」
のんびりとパイプをくゆらせながら中年紳士が提案する。
「・・・・」
己の師の言葉に小さく頷いた神父は何か遠い想いを秘めた瞳で黙って幼い姿を見つめている。
<くれぐれもみなさん、言葉遣いにだけは気をつけてくださいませ。ちゃんと役になりきって下さいね>
ふわりとやわらかく空間に存在しているシスターが最後のチェックを入れる。
4人それぞれの視線の先でこちらもそれぞれの表情で立っている3人は互いに視線を合わせ、またすぐに逸らしてそれぞれに表情を歪めた。
「大体、いつだって忙しいはずのおめぇらが何で今日に限って揃いも揃って雁首並べてやがるんだ?ったく、見世物じゃねぇぞ」
びしっとオールバックに撫で付けた髪とびっちりすべてのボタンをかけたシャツにネクタイ、スーツ姿の大柄な神父はいかにも窮屈そうに首を動かした。その 瞳は普段の色と違った金色を呈し、野獣的な香りが一層高まっている様に見える。
「このあたしが奥方だっていうんじゃ不満かい?こういうのは面白がっちまった方が勝ちじゃないか。なあ、ちび天使?」
魅力的な身体の線を半分ほど上品に隠している明るい色のツーピース。流れるようなドレープの下から見え隠れする引き締まった足首と踵が凶器になりそうな 白いパンプス。黒いショートヘアーを艶やかにまとめ普段より淡い色で唇を彩ったシスターの瞳は、衣装では隠しきれない陽気でどこか危険な輝きを見せてい る。
「まぁ、それもそうだけどな」
そのシスターと彼女に同意した神父の視線が2人の間に立つ小さな姿の上に落ちた。
丁寧に梳かされてサイドを編みこまれた黒く波打つ髪。胸元で大きなリボンの形に結ばれたスカーフ、短いボレロ、ふんわりと広がる膝丈のスカート。足首の 上までを包む柔らかな革のブーツ。どこから見ても良家子女風の気品が漂う姿を力を秘めた金色の瞳と肩幅に開かれた足元だけが裏切っていた。
<ああ、シスター・レイニア、そんな風にがっしり足を構えないでいただけませんか?>
注意しつつも気遣うようなシスターの声に、少女は無言で膝を揃えた。その視線は段々と床に落ちていく。
「どうしたんです?レイニアさん。すごく似合ってて素敵ですよ」
アベルのあたたかい声はかえって逆の効果があるらしく、レイニアは完全に俯いてしまった。
「わわわ、わたし、何かまずいことを言っちゃったでしょうか。でもでも、本当に可愛いですよね、ユーグさん!」
「あ、ああ」
突然振られて素直に首を上下するユーグとさらに褒める気満々のアベルにモニカの笑い声が響いた。
「やめとけよ、鈍感s。こいつはその『かわいい』スカートがいやでたまらないんだからさ」
「はぁ?」
レイニアは外見はまったく普通の少女である。長い髪も金色の瞳も白い肌も華奢な身体も、普段黒い僧衣だけに包まれていることの方が神父及びシスターたち には違和感があり、心のどこかに『惜しい』という気持ちを持っている。それが今回の潜入任務にあたって潜入先の寄宿学校は両親、或いはしっかりした後見人 がいる良家の・・・というよりあるランク以上の財産を持った家の子息、子女しか入学を許されないという事情から、レイニアには『ふさわしい服装』『立派な 両親』が与えられることになった。出発準備を整えた少女の姿は同僚たちを満足させるもので、部屋の中は静かでありながら次第に盛り上がってきていた。当の 本人、その少女を除いて。
「ええ〜!レイニアさん、スカート嫌いなんですか?そんなに似合ってるのに〜。あ、そうか、だからいつもわたしたちと同じかっこをしてるんですね?い や〜、もったいないです〜」
「あたしはどうだい、ナイトロード神父?あたしもいつもあんたらと同じ格好をしてるんだけどねぇ。ふふ、もったいないとか言ってくれるかい?」
「あ、モニカさんは・・・はい、そのぅ・・・・えぇと、スカートを翻して駆け寄ってざっくり・・・みたいな雰囲気がとても・・・・すごいというか・・・」
尻すぼみになるアベルの弱々しい声が壁に吸い込まれるように消えた。モニカがわざとらしく小さく鼻を鳴らすと顔を上げたレイニアが笑った。他の面々の口 元にも微笑が浮かぶ。ほんの少し緊迫していた室内の空気がほどけた。
ドアが開いた。
規則正しい靴音が3歩分中に入って止まった。
「車を回した。可及的速やかに乗車することを要求する」
トレスはレオン、モニカに目を向けた後、レイニアを見た。
「お前は執事っつうよりも運転手だな、拳銃屋」
黒のスーツにネクタイ、白い手袋とサングラス。小柄な姿がさらにすっきりして見えるのは普段よりも武装度を低くせざるを得なかったからだろう。
「しっ。黙って見てな。ちょっと面白そうだ」
奥方らしくレオンの唇に人差し指をあてて黙らせたモニカは口角を上げた。
喉元で短く唸りながらもモニカの視線に合わせたレオンと一緒に自然と他のメンバーも口を閉じて注目した。
それらの視線を感じる風もなく、トレスはコツコツという靴音とともにレイニアの前に進んだ。レイニアはまるで押さえつけるようにスカートの縁を握り、目 の前に立ったトレスを見上げた。
「確認する」
トレスは両手を少女の肩に置き、両袖と背中に撫ぜるように触れた。
「う・・・わ!ト、トレス君?」
「馬鹿、黙れへっぽこ!」
背後と頭の上から響いた声を無視してトレスは少女の右手をとってレースで縁取られた広い袖口に指を差し込んだ。
なぜか自分の呼吸の音を気にしはじめた神父たちと笑みがこぼれたシスターたち・・・片方は邪悪、片方は嬉しげ、と形容される笑みだったが・・・が見守る 中、トレスは自分を映す金色の瞳に向かって頷くと膝をついてブーツに触れた。
「確認した。誰かが余程卿に接近及び接触しない限り装着物が露見する可能性はきわめて低い」
立ち上がったトレスに微笑んだレイニアは身体を軽く動かして手足と背中に仕込んだ銃とナイフの感触を確かめた。
「まったく〜、驚かさせないでくださいよ、トレス君。そのまま抱きしめちゃうつもりかと・・・・・ああ、いえいえ、それはともかくですね、トレス君だけで すよ、今のレイニアさんの姿を見てそんな仕事バカみたいなことを言うのは!」
なぜか口を尖らせたアベルが文句を言うとトレスはレイニアを見下ろした。
「その服装で身体の動きにマイナスな点はないか?足を狙われた場合の防御が低下していると推測する」
「大丈夫。僧衣と比べて軽くて頼りない分、動くのはかえって楽かもしれない」
「了解した」
同僚、師弟、そんな雰囲気の会話をする2人の横でアベルが頭を抱えてうめいた。
「ああ、だからですね、そういう心配も大切でしょうけど、せっかく、せっかくレイニアさんがよくお似合いのスカートを・・・・」
「あきらめたまえ、アベル。今の状況だと君が少女のスカート姿が大好きだ、という認識しか生まれないよ」
ウィリアムが笑って煙を吐くと、トレスが頷いた。
「肯定。卿の嗜好リストに項目をひとつ追加しておく」
いい終えたトレスは背を向けて扉に向かって歩きはじめた。床にめり込みそうな体勢のアベルは最後の力を振り絞って反撃をかけた。
「じゃあ、トレス君はレイニアさん初のお洒落した姿、どう思ってるんですか?」
コツコツと靴音だけが連続して響いた。
やっぱり、とアベルの銀髪が萎れかけた時。
「潜入操作では第三者に過度に深い印象を与えることはマイナス要素につながる可能性を含む。それに留意することを推奨する、レイニア・スレイア」
その言葉を残してトレスの姿は外に消え、後に続いていたレイニアの頬が紅潮した瞬間が部屋に残された者たちに目撃された。
「・・・『過度の深い印象』って、『似合ってる』ってことですよね?」
「だろうな。ったく、いつもながら回りくどい言い方する奴だ」
<さらっとあっさりおっしゃいましたわね、神父トレス・・・・>
「レイニア君にはちゃんと伝わっていたようだがね」
「頬を染めて・・・・」
口々に言いながら戸口を見つめ続ける顔をぐるりと一瞥したモニカは首のチョーカーを指ではじいた。
「ほら、あたしたちも行くよ、ガルシア神父。ちゃんと尻にしかれてろ」
「悪いが、俺は亭主関白、あとは娘優先でいくぜ」
やり合いながら出て行く2人をさらに見送ったメンバーは声が遠ざかると互いの顔を見た。
「でも・・・何となく一番強いのは運転手さんな気がしませんか?」
「同感だね」
<そうですわね>
「・・・・」
同意を得て微笑んだアベルは窓辺に立って外を見下ろした。そこにはリムジンにトランク類を積み込むトレスの姿と風を気にするようにスカートを押さえて立 つレイニアの姿があった。