一 憩

 「お呼びですか?カテリーナさん」

 あ、来た。

「『報告書作成のため別室に篭っている』と聞いていたはずのある神父が読書室の隅で机上に額を押しあてて意識を失っている姿を見かけた気がしたものですか ら。一応の確認です」

 丁寧に発音された静かな言葉なのに、強い。

「・・・や、いやですよ、カテリーナさん〜〜〜。そりゃあ僕はお世辞にも書類作成が速いとは言えませんが、これでも必死で補足資料をいろいろ探して、見つ けて、比較して、検討して・・・・ってやってるうちにちょっとばかり空腹で眩暈を感じて・・・・」

 こういう時の神父は性別も年齢も全部超えてる気がする。

「俺の書類だけでは会議の必要書類を満たすことはできない。早急に書類を提出することを要求する、ナイトロード神父」

 ふむ・・・・

「もう〜、だからトレス君にはわたしの分も作って下さっちゃっていいですよってあれだけ言った・・・・わわわ、気にしないでください、カテリーナさん。人 間、極度の空腹状態にあると妄想を口走っちゃうみたいです」

 人間性の権化・・・

「・・・困った人ね。お茶をいただきましょう」

 その手でお茶を淹れるところを弟ぎみに見せたことはあるのかな。

「え、お茶?ほんとですか?カテリーナさん〜〜〜〜♪あ、砂糖は自分で入れます、手間かかりますし・・・・」

 わたしはすごく濃いのじゃないと・・・こんな時に眠たいなんて・・・

「お茶はお茶らしい味わいをお楽しみなさい。隣室に粗餐を準備させています。整ったら声を掛けてくるでしょう」

 う〜ん・・・

「うわ、うわ、お食事つきの報告会ですか〜〜〜!こういうの初めてですね。どうしたんです?いやぁ、すごく嬉しいですよね〜、トレス君。これで今日は無事 に一食口にすることができます〜。」

 ・・・嬉しそう、本当に。

「飲食行為をしない俺には無関係だ。別の相手に同意を求めることを推奨する」

 ・・・トレス。
 ・・・・ああ、もう・・・・・

「ああ、それもそうですよね。・・・・あれ?」



 冬の湖のような碧眼、剃刀色の瞳、瞳を覆うミラーシェード。3つの視線は同じ一つの方向に向いた。

「眠ってしまったようですね。戻ったばかりだから仕方がないとは言えますが。・・・あら?」

 形の良い白い手が肘置きに寄りかかるようにして目を閉じている少女の膝の上から小さめのスケッチブックを持ち上げた。少しの間開かれたそのページに視線 を落とした後、高貴な麗人はそれを前の2人に差し出した。

「彼女にはこのように見えているのですね・・・私たちが」

 人の技とは思えないほどの速さで描き出された白黒の線画の中は光に満ちていた。場所は今と同じテラスであることが一目でわかるが、場の状況は少しばかり 異なっている。白いクロスに覆われた円卓を囲んで座る3人が・・・・実際には2人の神父はそれぞれのスタンスで紅と金色に包まれた枢機卿の前に立っている のだが・・・・それぞれに相手に視線を向けている。銀色の神父の口は朗らかに笑い、枢機卿の唇は柔らかな曲線を描き、機械化歩兵の唇はまっすぐに引き結ば れたまま表情を持たない。

「ああ・・・・これはいい。見えてるんですね、きっと。いろいろと」

 神父が指で示した先には、現実にはミラーシェードに隠されて見えていないはずの茶色の瞳が柔らかな光を帯びて描かれていた。彼が見せるはずのない淡い微 笑を含んだまっすぐな視線は美に溢れた主人に静かに向けられている。

「俺は卿らにこのような顔を見せているのか?あり得ない。回答の入力を、ナイトロード神父」

「あ、いや〜、そうじゃないんですけどね、何というか、その、トレス君の中身というか・・・・」

「人造皮膚と骨格の内部という意味か?回答の入力を」

「いや、だから、心というか、その〜、目には見えないものですよ。あと何年かしたらトレス君にもわかるかもしれないですが」

「俺は機械だ。心などない。卿の発言は理解不能だ」

「ああ、もう、カテリーナさん〜〜〜〜〜」

 高位の貴婦人の唇が小さく綻んだ。

「お食事の用意が整ったようですね。行きましょう、アベル」

 ホッとしたような顔で差し出された神父の手に、一瞬の躊躇いの後、貴婦人はその右手を預けた。
 2人の後に続いて足を進めていた機械化歩兵は視線を動かし立ち止まった。

「外気温の下降を確認。対処する」

 自らの他に誰にも聞こえない呟きを発した後に無駄が全くない滑らかな動作で僧衣を脱いだ殺人人形は、一人眠る少女の身体にそれを掛けた。指で押し上げら れたシェードの下から感情を映さない瞳が現れる。何を見たのか、それとも確かめたのか。再び歩きはじめた機械人形の両眼は反射する光の奥に消えていた。

2005.9.8

Copyright © ゆうゆうかんかん All Rights Reserved.