Birthday fruit

黒猫の写真「大丈夫か?坊や」

 目を開けて最初に見えたその顔が呟いた。
 手に、指先に、爪に残る生々しい感触。ハッとして枕に乗った頭を動かすと窓辺の鳥籠の中の白い姿が見えた。こっちを見つめて片方の羽を動かしている様子 はまるで彼に向かって何か合図を送っているようだ。安堵とともに吐息が漏れた。

「まあなぁ、俺は何となくお前にはロギア系の実が当たることを願ってたんだがな」

 つまり、彼に意識を失わせるほど胸中を猛らせちょっと見るだけで顔を顰めたくなるほど部屋の中を荒らさせた悪魔の実は自然系ではなく、動物系だったとい うことか。恐らくは肉食系、爪を持った残忍な・・・・

「ネコネコ、だ。お前の実」

 背の高い姿は、よっこらしょと自分に掛け声をかけながら屈んでいた身体を伸ばし、背筋を伸ばした。

「つまり、CP9次期リーダー候補はいよいよ強くて危険な人間になったわけだ。似合うんだか勿体無いんだか、俺には今はまだ何とも言えんが」

「・・・・あんたが止めたのか、俺を」

 瞳に力を込めて睨むと相手はくくっと気の抜けた笑い声を発した。

「どうやら猫は寒いのは苦手らしい。子猫なら尚更な」

 短い唸り声とともに背を向けようとした彼を大きな手が引き止めた。

「待て、ロブ・ルッチ」

「・・・・何だ、青キジ」

 ルッチと青キジは真っ直ぐに視線を合わせた。

「1週間だ。それだけお前を預かった。わかるな?」

「・・・そんなには必要ない。3日で何とかする」

「根拠の無い自信だな。まあ、お手並み拝見といかせてもらうよ」

 ルッチの方からは絶対に先に視線を外さないだろう。予想した青キジは薄く笑いながらドアの方を向き、挨拶代わりに手を振った。




 6月2日。
 ルッチは今日が自分の誕生日であることなど最初から記憶になかったかのように忘却しきっていた。

「ほら、誕生日プレゼントだ」

 エニエス・ロビーにふらりと現れた青キジがさらにふらりとルッチの部屋に侵入し、机の上に風変わりな形の果物のようなそれを置くまでは。
 悪魔の実。
 無言でそれを凝視するルッチの顔に感情の気配はなかった。ただ、細部を観察している冷静な瞳を青キジは面白そうに眺めた。

「・・・・嬉しくないのか?それとも・・・・まあ、なんだ、少しはお前でも驚いたり喜ぶか怖がるかするかと思ったんだがな」

 ルッチは黙って青キジに視線を返した。
 この青キジという男は互いに存在を見知ったその日からずっとルッチを子ども扱いするただ一人の男だ。ルッチはそれに少しばかりの不満を感じていた。確か に青キジは強い。正義の名にふさわしいその強さを目の当たりにした時、ルッチはそれを誇らしく思った。そしてそんな思いを抱いた自分に驚いた。普段は態度 も口調もだらけきっている海軍大将。最初に出会った時はまだ大将ではなかったが、マイ・ペースそのものな態度の奥に見える強い存在のあり方は他を抜きん出 ているようにルッチには思えた。
 出会ったその時から力を認めた存在である青キジに対してもルッチは日頃の他人に対する態度を崩さなかった。冷静に観察し、見極め、必要以上の言葉を要求 もしないし与えもしない。媚もしないし卑下もしない。相手のほうが強ければいつかそれ以上の力を身につけるまで。そんなルッチは大人の男達にとっては小生 意気に見えるかどう扱っていいかわからない存在に思えるらしく、おかげでルッチは放任された気楽な孤独を楽しむことができるのだが。
 しかし。この青キジは違っていた。最初に睨みあった時は人間同士というよりは内に様々なものを秘めた獣どうしという表現があっていたかもしれない。どち らか一方が先に目を逸らすまで。そんな感じで無言で睨みあった。頭にアイマスクをのせたままのとぼけた外見に潜む切れ味。ルッチが額に吹き出る汗を感じは じめた時、青キジはニヤリと笑った。

「面白いじゃないの。お前さ、俺に睨まれたからには覚悟しといてよ。俺は過去にこんな風にはじまったつきあいを2つだけ知ってるが、そのどちらもまだずっ しり俺の心に食い込んでる。片方はもうこの世にはいない親友が相手。んで、もう一方は・・・・・・まあ、これはいつか縁があったら話そう。とにかく、ま あ、俺がお前を面白いと思ってることは覚えとけ。損にも得にもならんがな」

 そう言って青キジはあろうことか、ルッチの頭に手を伸ばしポンポンと軽く2度叩いたのだった。殺意も敵意も無いその接触はルッチを戸惑わせた。その日か ら青キジは時折ふらりとルッチの前に姿を現し、目を細めて去っていく。

「この悪魔の実ってやつの難点は、大抵の場合、誰かが食べてみないと何の実だかわからないところだな。ここでは、ああ、少し前にお前の先輩にあたるヤツが 食ったろ?犬の実。相性は良かったらしいな」

 ジャブラのことか。ルッチは僅かに首を傾げた。

「・・・相性?」

 青キジはルッチの勧められるはずはないことを知りながらルッチのベッドに腰かけ、やがてゴロリと寝転がった。

「あるんだよ、相性。食ってすぐに順応するヤツも多いが、身体に馴染むまで時間がかかるヤツもいないわけじゃないんだ。その間、人によって様々だが、凶暴 なタイプの実に馴染めずに暴走して破壊の限りを尽くして海に飛び込んだヤツもいる。文字通り、命懸けだな」

 弱い人間は悪魔の実を食べる資格がないということか。ルッチは納得して頷いた。
 青キジは欠伸をひとつ、した。

「食べるか?お前、こいつを」

「・・・・よくわからないが、この実を欲しがってる人間は他にもあんたの周りにいるんだろう?」

「いるな。多分、うんざりするほど、いる」

「じゃあ、なぜ・・・・」

 俺に。
 言葉を切ったルッチは机から離れ、寝ている青キジの足元に座った。

「ふぅん」

 青キジはゆっくりと上半身を起こし、ルッチを見た。

「合格かな、やっぱり。お前、強くなりたい願望は人一倍強いのに、冷静だな。・・・怖いか?少しは」

「・・・怖いっていうのは違う。海で溺れる身体になることのデメリットよりも大抵の場合は実を食べて強くなれるメリットの方が大きいんだろう?た だ・・・・実によって身につく強さが自分が望んでいる形かどうかわからないというのが・・・・これは、賭け、なんだな」

「そう。お前の言うとおり、賭けだ。まだ大人と呼ぶには少しばかり早すぎるお前には本当は勧めるべきじゃない賭けかもしれんな」

「それでもあんたはこの実を俺のところに持ってきた」

「ああ。食べてどうなるか、一番興味を持てたのがお前なんでな」

 興味、という言葉をルッチはあまり好まない。お前に興味がある、と言われた後に何かしら良いことがあったためしがない。純粋に肉体の鍛錬と強化を求めて いた時期に急に呼び出された時は男、女の両方と寝て自分の方に堕落させる術を無理矢理覚えさせられた。ある高官にプライヴェートな自室に連れて行かれたと きにはその寝技を試そうとされ、プライヴェートは任務とは関わりがなかったから指銃の軽いものをひとつ浴びせてその部屋を出た。本当に、この言葉を聞かさ れた時には碌なことが無い。
 ルッチは青キジを見た。
 青キジが同じ言葉を言うとどこか違って聞こえるのが不思議だった。この男は自分も他人も何かに縛りつけようとはしない。常に感じられるゆとりの大きさが そのままルッチの中の青キジのイメージになっていた。

「・・・・俺が強くなることをあんたは望むと?」

「誕生日にぐっと成長するのも悪くないんじゃない?」

 成長か。
 ルッチは立ち上がり、机の前に歩いた。
 悪魔の実を両手で持ち上げ、ただ、一噛み、噛み切って飲み込んだ。




「・・・もっとお前に似合う実がどこかにあったのかもしれんがな・・・・」

 青キジは限界を超えて倒れたルッチの身体をベッドに寝かせ、乱れた髪を直してやった。

「血の誘惑を知ったお前は・・・まあ、ますます面白くはなったな」

 見下ろす視線の中に含まれているいくつかの感情を青キジは敢えて自己分析しないことにした。

「とんだ誕生日になったもんだな、坊や」

 囁いた声には慈愛に似た響きが混ざっていた。

2007.5.23

ルッチ誕2つ目小咄
捏造オンパレード!(笑)
ルッチが悪魔の実を食べるきっかけになったのが青キジだったらいいな、という妄想です
微妙なところでおわってますが、この後ルッチはちゃんと3日でネコネコに馴染んで青キジと別れます
そういうところがまた青キジにルッチをつつきたい気持ちにさせちゃうのかもしれません

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