島に着いた。
朝早くだったからまだ新しいお日様が出たばかりで空気が冷たかった。
どうしてなんだろう。
ルフィもウソップも、それからナミも、新しい島に着いたのにいつもみたいににぎやかにしない。
ただ、パウリーだけが船から降りてスタスタ歩いて行く。
片手をちょっと上げて遠ざかっていく後姿を見てると、なんだか変な気持ちになった。
おれ、今日島に着くって知らなかったから。
パウリーがこの島に用事があるっていうのも知らなかったから。
どんどん気になってることがあった。
「なあ、ゾロ。パウリー、すぐに帰ってくるのか?戻るよな?」
腕組みをしたままマストに寄りかかっているゾロは、パウリーの方を見ていなかった。
「なんだ、チョッパー。お前、あいつと何か約束でもあるのか?」
ゾロはいつもと同じで真っ直ぐおれの方を見た。
約束。
ナミの誕生日の日にパウリーとした約束。
おれとパウリーだけの秘密、パウリーの誕生日。
そうなんだ、ゾロ、おれ、パウリーと約束したんだ。でも・・・言えないんだ・・・・
「ったく」
呟いたゾロはおれの前に膝を落としておれの顔を覗いた。それからおれの頭をポコンッて叩いた。
「俺も詳しいことは知らねぇが、あいつがこの船に乗った目的の最初の一つがこの島にあるってことらしい。頑固な野郎だから1人がいいって言ったらとにかく 1人がいいんだろう。用事が済んだらすぐ戻るさ」
でも。
ルフィとウソップは並んでパウリーの後姿を見送ってる。
ナミとサンジもラウンジから顔を出して。
ゾロだってパウリーを見てはいないけど、こんなに早くから起きてマストの前に立ってる。
みんな、気になってるんだ。何か心配してるんだ。
ゾロはもう1回おれの帽子を叩くと立ち上がり、後甲板に行ってしまった。またいろいろ鍛えるんだろう。いつものトレーニング。
でもおれは、なんとなく、ゾロがトレーニングを始めた理由はおれなのかなってちょっと思った。
昼ご飯だぞってサンジが呼んだ。
次に、こら非常食!って呼んだ。
それでもおれは見張り台から降りていく気がしなくて困っていたら、突然目の前にサンジの顔がにょっきり出た。びっくりした。
「チョッパー、お前よ、そんなにずっと待ってたって・・・・・」
おれは気がついたら首を横に振っていた。
ごめん、サンジ。サンジがどんなにご飯を大事に思ってるか、おれ、知ってるのに。
何て言ったらいいかわからなくてただサンジの顔を見ていたら、サンジは小さなため息をついた。それから・・・・・ちょっと笑ったみたいに見えた。
「今日だけだぞ。こんな特別サービス、これっきりだからな」
そう言ってサンジが差し出してくれたのはいい匂いがいっぱいの皿だった。
こんないい匂いなのに、おれ、なんで気がつかなかったんだろう。
「後でいいから空になった皿、持って来いよ」
サンジの顔が見えなくなって、声が離れて行った。
サンジが作ってくれた昼ご飯。すごくおいしそうだった。
あったかいものはあったかいうちに。いつも言うサンジの声も思い出した。
でも、おれは。
・・・ごめん、サンジ。
昼ご飯を終わったみんながそれぞれ船のどこかへ行くのが見えた。
お日様はもう一番天辺を通り過ぎた。
空を見上げると動いていく雲が見えた。
パウリー
パウリーの名前を思うとすごく変な気持ちになった。
お腹がいっぱいすいてるみたいな、でもそれはほんとのお腹じゃない。ほんとのお腹はさっきグゥグゥ鳴った方の奴だ。
パウリーはおれの頬を触るのが好きで、おれはいつもくすぐったくて。でもなぜか、やめろって言えない。言いたくならない。
だから、おれ。
ふと見ると、遠くにこっちに向かって走ってくる姿があった。
それと一緒に回る風が運んできた葉巻の匂い。
「パウリー!!」
大きな声で呼ぶと、船のあちこちからみんなが出てきた。
おれも・・・と思ったのに、ひと形になったのに、足に力が入らなくてペッタリ座ってしまった。思わずランブルボールを齧ろうとしたのに、手にも力が入ら ない。
おれがどうしたらいいかわからなくているうちにパウリーの姿はどんどん本物になった。すごく真面目な顔が見えた。
そうしたら安心していつもの一番小さな身体のおれになってしまった。
だめだ、これじゃあ、パウリーの姿が見えないし、パウリーに見つけてもらえない。
一生懸命足に力を入れていると下のほうがなんだかざわざわとにぎやかになった。
きっとみんなでおかえりなさいって言ってるんだ。
おれも、早く、一緒に・・・・・・
「よ!」
人影がすっと目の前を通った気がしたら、手すりを乗り越えたパウリーが隣りに立った。本物だ。笑顔がいっぱいのパウリーだ。
「パウリー・・・・・」
見上げているとパウリーはすぐおれの横に座った。
「なんだ、お前、先に待っててくれたのか。義理堅いっつうか・・・・。悪かったな。これでも全力で突っ走ったんだぞ」
一気に喋るパウリーは息を切らせてて、それから顔が赤かった。
そんなに一生懸命走ってきたのかな。
「お〜い、パウリー!お前、昼メシ食ったのか?」
サンジの声が聞こえた。
そう言えば、とおれがサンジが持ってきてくれた皿を見ると、パウリーはおれを見た。
「おう!食ってきた。あとはちょっと一休みしてぇだけだ」
「ねえ、パウリー!ここのログがたまるまで何日くらいか聞いた?」
ナミだ。
「1日でたまるって言ってたぞ。街には行かねぇ方がいいかもな。あんまり優しい連中はいないみてぇだ」
「うほ〜!じゃあよ、強い奴はいたか?」
ルフィだ。それから、きっと、ゾロも聞いてる。
「いるにはいたが、そいつはしばらく動けないだろうぜ。他でよければあたってきな」
「おいおいおい〜、大丈夫なのかよ〜。怪我とかしてるんじゃねぇのか?」
ウソップの声を聞いたパウリーはニカッと笑った。
「ちょうどここに船医さんがいるからよ、心配すんな」
船医って・・・・おれ?
「パウリー、怪我したのか?」
「何発か腹と胸にくらったから動くとちょっと痛ぇけど、たいしたことねぇ。大丈夫だ」
「ちょっと見せろ」
おれが手を伸ばすとパウリーは笑った。
「大丈夫って言ってるだろ。それより、お前こそメシ食っちまえよ。腹いっぱいになってないとゆっくり昼寝はできねぇぞ」
おれの腹が鳴った。
それから・・・・パウリーの腹が鳴った。
やっぱりパウリー、ご飯食べてないんだ。
さっきサンジに食べたって言ったのは・・・・どうしてかわからなかったけど、なんだか嬉しかった。
皿を真ん中に置いて顔を見ると、パウリーは頷いて冷めてしまったホットサンドをひとつ持った。
並んで一緒に口をモグモグ動かしながら、空を見た。
「誕生日、おめでとう。・・・あのさ、パウリー。今日はさ、パウリーが触りたいだけ・・・あの・・・・おれのほっぺに触っていいぞ」
パンにかぶりついたまま、パウリーが目を丸くしておれを見た。
変だったかな。ハズレだったかな。
パウリーは口をゆっくり動かした。口の中のものを飲み込んでから葉巻を1本口に挟んだ。
それから。
「それって・・・誕生日のプレゼントって奴か?」
おれは頷いた。
恥ずかしかった。
やっぱり何かちゃんと別なものを考えればよかったな。薬とか、葉巻入れとか、それから・・・・・
気がついたらパウリーの手が目の前にあって、あれって思ったら大きな手がそっとおれの頬に触れた。あったかい。
それからその手はもう1回、今度はちょっと強く頬を撫ぜた。
そして次には、ワシワシワシっとパウリーの手が両方の頬をもみくちゃにした。
パウリーの顔は真っ赤で、でも嬉しそうだった。
おれもなんだか照れくさくて困ったんだけど、おれは顔の色はバレないからきっと平気だって思われてるはずだ。おれの得意技、ぽーかーふぇいす。
「・・・ありがとな」
そう言って頬から手を離したパウリーはおれの身体を持ち上げた。どうするのかなって思ったら、そのままゴロンと寝転がっておれをパウリーのお腹の上に仰 向けに寝かせた。
「重いだろ、パウリー」
「重くなんかねぇよ。俺、腹が冷えると眠れねぇんだ」
「なんだ、そうなのか」
じゃあ、いいや。
俺は帽子を脱いで本格的に眠ることにした。
背中からポカポカあったかくて、パウリーの胸の音とか時々鳴る腹の音が聞こえた。でも・・・・何か小さく別のも聞こえた。頭の上から聞こえてくるこれ は、多分『こもりうた』って奴だ。前にどうしても眠れなくて困ったときにナミとサンジとゾロが順番に歌ってくれた。
パウリーの声はすごく小さかったけど、優しかった。
どんどん吸い込まれる気がして目をつぶった。