もしも。
あの人が自らの意思で手を差し伸べてくれたなら。
救いではなく、同情でもなく、親愛の情ではなく、それを超えて手を差し伸べてくれたなら。
わたしの心は歓喜に膨らみ弾け散ってしまうかもしれない。
互いに身に纏ったものをすべて失くして身体を繋ぐことよりも、その指先が躊躇いなく額に触れ頬に触れてくれたなら、その時心と心は深く結びつくことがで きるのかもしれない。
そんな気がしている。
快楽を与え合う可能性を考えないわけではない。
望んでいる瞬間から目を塞いでいるわけではない。
高めあうことが出来るならそれは限りなく愛おしい時になるのかもしれない。
けれどそこに漂う熱さより、わたしが欲しいのはほんの一瞬の意思なのだと。
奥に秘められた心が見えないあの人がその手でわたしの手を握り包みこんでくれたなら。
その先に何があってもわたしはずっとその時を心に刻んでいるだろう。
互いの時の流れが異なるものであったとしても、永遠を誓うだろう。
枕に顔を埋め清潔な陽光の名残の香りを吸い込むとあの人の姿を思い出す。
血煙と硝煙の中にあってなお揺らぐことがないその姿。
たとえこの身から血潮が流れ出し命の温もりが去ろうとしていても、最後のその時まであの姿を見ていたい。
その名を呼ばず。
己を呈することなく。
それでもあの瞳がもしもわたしを一見してくれたら。
もう望むものはない。
眠れない夜が怖かった。
黒々とした記憶がポツリと落ちて広がりはじめるのが嫌だった。
けれどそういう夜はもうたまさかで。
今は寝台の上であの人のことを想うことができる。
想うと自然と火照りはじめる肌が冷えていた寝具に温気を伝える。
そうしてやがて眠りに落ちるその時まであの人の指先を想う。
もしも。
そして窓の外の月に蓋然性を問いかける。
返らない答えを知りながら。