異 魂 7

 入り口を通って三歩進んだところでドゥオは足を止めた。グルリと頭を動かして『居間』と大工が呼んでいた室内を見回す後姿をトレスのガラスの瞳が無表情に 見ていた。さらに奥の『浴室』を確認するために離れていく後ろ姿。その肩幅や身長と言った構造上の数値は今のトレスのそれとほぼ一致する。オプションの皮 下装甲類をほとんど装着していないはずの姿。敵味方識別信号をサーチすれば『味方である』と判断してフラグが立つはずのHC-IIX。

「ドゥオ」

 やがて戻ってきたドゥオの先に立ってトレスは二階への階段を上がった。途中で一度足を止めドゥオが隣に足を掛けるのを待ったのは、階段一段に掛かる予想 最高重量への耐久性を確認するためだった。階段は軋みすらしなかった。後は移動速度を速めた場合を確認するだけで大丈夫だろう。
 同じ高さの瞳がまるでトレスの考えを追うように小さく点滅した。

「構造の耐久を確認する。1・2・3で同時に走れ。1、2、3」

 掛け声と言うには余りに低く呟かれた声を引き金に二人の機械化歩兵は歩調をぴったり揃えて階段を駆け上がった。息を乱すはずもない二人が二階の踊り場に 到着して振り返ると、陥没こそしなかったがひび割れ模様が入った数段の様子が見えた。

「補強の必要があるな」

 ドゥオの声にトレスは頷いた。

「お前はそっちの部屋に荷物を入れろ。俺は補強作業を開始する」

 言い残して向かって右側の部屋に入って行ったトレスをドゥオは数歩、追った。開いた扉から視線を走らせると寝台のみが目立つ室内の奥でトレスが何かガタ ゴトと音をたてていた。使われた形跡のない寝台。カーテンのない窓。壁際にそれぞれ一定の間隔を置いて並べられたトレスの私物。それは補給部品と通常レベ ルの武装に必要な武器とパーツばかりで室内は倉庫のように見えた。寝台の方が置かれている意味がない不要物だ。それはこれからドゥオの部屋で展開されるは ずの光景と重なる部分が多いはずの眺めだった。

「なぜそこにいる?お前の部屋は隣りだ」

 材木と鋸を抱えてドゥオの前に立ったトレスの顔には僅かに疑問の色が浮かんでいた。

「お前は補強作業の経験があるのか?」

「肯定。昨日合計168分間、職人たちの作業に参加した」

 トレスは板を下に置いて細かな印をつけはじめた。
 ドゥオは持っていたバッグを足元に置き、トレスの傍らで膝を落とした。

「・・・何をしている?」

 人ならば互いの呼気が交じり合うほどの距離で視線を合わせた二人は無表情な中で意志を探りあった。

「俺も経験をプルーフすれば作業の効率が上がる。ミラノ公のところに出頭するまでの時間はあと2583秒。それまでに作業を終了する必要がある」

 トレスはドゥオの片目を覆うミラーシェードを見た。外見的にすぐにわかるトレスとの相違点。このシェードを通してドゥオはトレスとは別のデータをサーチ して判断、記録しているのだろうか。ふと知りたいと思った。この感覚は人間の好奇心とは違った意味の探究心のはずだった。以前敵対したことのある存在の詳 細なスペックの確認、だと。

「了解した」

 作業を再開したトレスは己の手の動きや動作を不必要なほど正確にセンサーでトレースした。傍らでもう一組のガラスの瞳がチカチカと小さな明かりを点滅さ せていた。



「では、宿舎はちゃんと使える事が確認されたのですね?」

「肯定。補強が必要と判断された箇所への作業も終了した」

「ご苦労様でした」

 ようやく窓の外が明るくなりはじめた執務室の中でカテリーナはお手本のように僧衣と制服をきっちり身につけた二人の姿を眺めていた。その唇の端を僅かに 上向かせたのは、僧衣の裾に冗談のようにくっついている小さなおが屑と制服のズボンの裾に見えた白く粉っぽい部分だった。自分の目からは確認しずらい場所 に残された大工仕事の痕跡。けれどもしかしたら相手のそれには実は気がついているのかもしれない。

「では、神父トレスはブラザー・バルトロマイを建物内の施設や設備に案内してあげなさい」

「俺はミラノ公の警備のためここに残る事が必要だ」

 言いながらトレスは昨日ドゥオと並んで歩いた時の周囲の過剰反応を思い出していた。

「俺がトレスとともに歩行することは無用な混乱を生じる可能性が高いと推測される。よってその提案は推奨できない」

 己の思考を一緒にしたようなドゥオの発言を認めるべきか、それともカテリーナに対して反論した事に反対するべきか。トレスの中で浮遊する0と1の数字が 定まらないまま揺れた。自動的に強まったガードがその思考をストップさせて暴走しかけたルーチンのショートカットを作り出す。
 トレスに視線を向けていたカテリーナは改めて二人に向かって微笑んだ。

「そう言えば神父アベルがぜひあなたがたの役に立ちたいと言っていました。恐らくこの時間は神父ユーグの部屋あたりにいるでしょうから呼んで代わりに案内 してもらいましょう」

 アベルの名を聞いた二人の顔がいつも以上に表情を失って見えたのは気のせいだろうか。カテリーナは微笑んだまま片眼鏡の位置を直した。

「神父アベル・・・?神父ユーグの部屋に?」

「ヴァトー神父は料理の技術が優れていると評価されている。ナイトロード神父は朝の補給のためヴァトー神父の部屋を襲撃・・・訪問していると推測される」

 カテリーナはトレスが今にもため息をつくのではないかと想像し、笑みを深くした。トレスはドゥオに視線を向けた。

「俺が案内する。同行する事を要求する、ドゥオ・・・」

「了解した」

 踵を返したそっくりな後姿は規則正しい足運びで執務室を出て行った。

<お二人はちゃんとお互いの名前を呼んでましたね>

 宙から降ってきた温かみのある声と執務卓の前に浮かび上がった白い姿にカテリーナは頷いた。

「そこに感情はなくても、形だけは整ったように見えるわね」

<もっと・・・時間があればよいのですが>

「そうね・・・それを祈りましょう」

 カテリーナの瞳は窓の外で強まる明るさを遠いもののように見つめた。

2005.11.30

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