晴れた日の午前中。
ゴーイングメリー号の甲板には朝食後の一眠りを貪っているゾロの姿があった。
「おい、起きろよ!」
腰に手を当てて見下ろすサンジ。
「クソ剣豪!」
その声に答えるようにゾロが大きく腕を伸ばした。
(なんだ、起きやがった)
自分で起こしておきながら結果をまったく期待していなかったサンジは、驚きを隠しながら目を開けたゾロの顔を覗き込んだ。
「・・・んだよ。何かあったのか?」
「あるに決まってんだろ。みんな船を磨いたりいろいろ忙しくしてんだ。いいから、ちょっとこっち来いよ」
「ん・・・・・」
もうひとつ大きく伸びをしてから、ゾロはふらりと立ち上がった。
その素直さにサンジは思わず身構え・・・・そしてすぐに緊張を解いた。
(こいつ、まだ寝惚けてんな)
サンジはそのまま先に立ってラウンジに入った。
ボーッと後についてきたゾロは、戸口から1歩入ったところで立ち止まった。
「おい」
サンジは返事をせずにそのままキッチンに向かって立つ。ストライプが入ったブルーのワイシャツの袖をまくり・・・・・。
「何のつもりだ?アホコック」
振り返らなくてもサンジにはゾロの眉間の皺が深まったのがわかる。
「皿洗いだ、見りゃわかんだろ。てめぇに洗えとはいわないから、そっちで拭け。布巾はそこだ」
「なんで俺が」
「だから言ったろ。みんな忙しいんだよ。それに俺は早めに昼の仕込みをしてぇんだ」
洗い桶の中に手を突っ込んで水音をたてはじめるサンジ。その声にはどこかわくわく気分が漂っていた。
ゾロはサンジの背中を睨んだが、ため息とともに隣に立った。
「ほら、ゾロ」
最初の皿を渡されて、ゾロは真面目に拭いた。
「ほいよ、ゾロ」
2枚目の皿は思ったよりも早く来たので、ゾロは少しスピードを上げた。
「ほい、ゾロ」
次の皿でタイミングが合った。
「・・ゾロ」
その次の皿にはゾロの名前だけがくっついてきて・・・・。
「お前なぁ、黙って渡せないのか」
呆れ顔でゾロが言うと、サンジが目を丸くしてゾロ見た。どうやら無意識の掛け声だったようだ。
「・・・・・」
無言で渡された次の皿をゾロは半分受け止め損なった。どうやらゾロも自然とサンジの声でリズムをとっていたらしい。
その次・・・・最後の皿を持ったままの手を宙で止めて、サンジは思わず噴出した。
「はいよ、ゾロ」
受け取るゾロの顔にも苦笑いが浮かんでいた。
その1枚を拭き終わったゾロは何の気なしにそのままテーブルにむかって腰を下ろした。
サンジはそのまま冷蔵庫やいろいろな場所から食材を取り出し、仕込みの準備を始めていた。その移動の速さと軽やかな動きはいつも通りいかにもプロのもの であったが、そこにはさらに隠し切れない浮き立つ気持ちが見える。
(ナミに何か言われたってとこか)
「あんまりジロジロ見るなよ、クソマリモ!俺は最高に気分がいいんだ」
言いながらサンジは水が入ったコップをゾロの前に置き、また背を向けた。
確かに寝起きのゾロは喉が渇いていた。サンジがコップを置くまで全然意識していなかったのだが。
ゾロは一気に飲み干し、そのまま一度はコップをテーブルに置いたが、思い直して立ち上がり、流し台でゆすいだ。
「熱あんじゃねぇか、てめぇ」
「うるせぇ、なんとなくだ」
言ってからすぐにそれがルフィの十八番の台詞であることに気がついたゾロは、怒るべきか笑うべきか迷ってしまった。
「なんだ、てめぇも機嫌よさそうだな」
新しい煙草に火をつけたサンジは気持ち良さそうに煙をくゆらした。
「昼のメニューはよ、朝、料理しながら思いついたやつなんだ」
サンジの声は子供のように明るく期待に満ちていた。
ゾロは頭を掻いて視線を下げた。こういうときに気のきいた返事をする性質ではないし、むしろサンジの無邪気さに一種の照れさえ感じてしまうゾロだった。 いつもならその反動で辛口な言葉を吐き、サンジがそれに反応してたちまち睨みあう事になるのだったが。
ゾロの心にはなぜか1軒のレストランが浮かんでいた。
ルフィから聞いていたサンジの夢と、さっきのサンジの明るい声がぴったり重なって。
幻の海オールブルーを見つけたら、きっとサンジが建てるレストラン。
食いたくて集まる人間に思いっきり腕をふるうサンジの店だ。
(・・・それとも、魚のかっこをしてんのかもしれねぇな)
もう1軒を考えはじめる前に、ゾロは顔を上げた。
「お前、料理しながら次の料理を考えてるのか?キリがねぇ野郎だな」
「うるせぇな、それが俺の特技なんだよ。いいから、もう行けよ。しばらくは起こさねぇぜ」
ゾロは立ち上がった。
サンジは鮮やかな手さばきで包丁を使い始めた。
軽やかでリズム感のある音が響き始めた。
陽のあたる甲板に座り込んだゾロはその音に包まれながら目を閉じた。