摩 触

青空に飛行機雲の写真 なんでこいつは、こんな風に気持ち良さそうな顔で眠ってるんだ。
 俺はまだ、胸の中のきな臭さがくすぶってる感じだってのに。
 ・・・蹴り、入れてやろうか。



「おい」

 朝食の後片付けを始めていた俺のうしろから、あいつが呼んだ。その瞬間、なんだかムカッときた。

「おい」

 聞こえてないと思ったんだろう。あいつがまた呼んだ。苛々度が倍になった。

「聞こえねぇのか、ラブコック」

 ・・・・てめぇ、いい加減にしやがれ。

「なんなんだよ、クソマリモ!俺が今どんだけ忙しくしてるか、見りゃわかるだろ!」

 思い切り勢いをつけて振り向くと、そこには目を丸くして突っ立っているあいつがいた。俺と目を合わせた途端に、そいつの表情が凄みを増していく。
 ロロノア・ゾロ。
 毎度毎度景気よく血を流す、限度ってモノをわきまえねェ剣士野郎だ。

「いきなりなんなんだ、お前・・・・」

 ゾロの声は低くて冷たい。俺が売ろうとしている喧嘩を買うかどうか考えているんだろう。

「てめぇが仕事を邪魔しやがるからだ」

「・・・八つ当たりは他でやれ。俺はこいつを持ってきただけだ」

 ゾロはスタスタ近づいてきて、手にぶら下げていたポットをテーブルにのせた。夜中から不寝番についていた間のコーヒーの飲み残しだろう。・・・・こい つ、喧嘩を買わないつもりだな。
 それにしても、何が八つ当たりだ。俺は正真正銘、てめぇのせいで苛ついてるんだ。てめぇが声をかけるまでは最高に気分がよかったんだぞ。

「・・・って、おい!」

 ゾロはあっさりとラウンジから出て行った。



 ロロノア・ゾロ。おかしな名前だ。ガキの頃、ロロ〜とか呼ばれてたんじゃなかろうか。
 いや、それはどうでもいいけどよ。

 こいつは物騒なくらい強さを求めてる奴だ。自分を鍛えて強くなることしか考えてねェ。ナミさんの魅力にまったく気がつかないとんでもねェ野郎だし、熱い んだか冷たいんだかよくわからねェ時が多い。

 結構からかい甲斐のある奴でもある。馬鹿正直に反応するから。でも、からかうときにはこっちもしっかり体勢を整えてから行く必要があるけどな。
 何にも感じないって顔しやがって、キツイことも平気で言いやがるくせに、ルフィも他の連中もこいつを信頼してる。
 なんでだ。
 こいつは確かに強いし、気がつくとちゃんと仲間を守ってる。
 ルフィやウソップに「無事か」とか「疲れてんだよ、お前」なんてまともな言葉をかけてやったりもしてる。
 でも。

 俺がこいつに喧嘩を売って、あいつがそれを買って。
 考えてみたらこのパターンが多い。
 たまにあいつの方からつっかかってくるときもあるが、やっぱりどう考えても俺が先に熱くなってる。
 どう考えてもおかしい。
 俺は海賊王とか大剣豪を目指してるわけじゃねぇから、一番の強さって奴には興味はない。
 バラティエ時代にもなぜか俺に挑んでくるパティやカルネをクールにあしらっていた俺だ。
 なんで相手があいつだと・・・・・。

 あいつは俺の名前を呼ばない。
 最初は、それは俺を仲間だと認めていないってことだと思った。
 俺はあいつが鷹の目とかいう大剣豪に切られて倒れたときに、仲間になった。あいつにしてみれば、わけがわからないうちに突然コックが船に乗ってきたわけ だ。だから、俺を認める気になれなくても、まあ、無理もない。
 でも、そういうことでもないらしい。
 こいつはそんな風に他人を気にかけないし、不思議とこいつにとっても船長命令は絶対だ。
 普通の顔で普通に話しかけてくることも結構あるし、いざ戦闘になった時には自然と隣りで闘っていることが多い。俺たちがお互いの存在を丸ごと認めあうの が何よりも戦いの場だ。
 でも、あいつは俺の名前を呼ばない。

 レディーに対する考え方は、俺たちは全然違う。
 あいつはレディーを大切にするとか守るという考えが全然ない。
 いや、やろうったって、できっこないぶっきら棒な野郎だ。
 そんな自分を棚に上げて俺のことを鼻で笑いやがる。
 おまけに、そのくせちゃんとレディーのハートをしっかり捕まえやがる。
 クソ面白くねェ。

 こいつと自分が同じ年だってわかったのは、いつのことだっただろう。
 なんかその時、ああ・・・・と思ったんだけど。

 ゾロの寝顔を見てると、また腹がたってきた。
 大の字になって寝やがって。
 そんな無防備でいいのかよ。

 あの時も。
 ざっくりと胸を切られたあの時も、こいつはこうやって胸や腹をさらけだしていた。
 背中の傷は剣士の恥。
 そういってこいつは1歩も引かなかった。
 あの時、俺は叫んだんだ・・・・・「野望を捨てろ」って。
 わからなかった、死ぬとわかっていて野望を捨てないこいつが。
 負けてボロボロになりながら、もう負けないと誓うこいつが。
 わからなかった・・・・・いや、そうじゃない。
 わかるのが・・・・・怖かったのかもしれない。
 見てしまったら、認めてしまったらもう引き返せなくなる。
 俺は・・・クソジジィと店を守るよりも別の道に目を向けちまう。
 あのあと、ルフィのとんでもないクソ強さと馬鹿さ加減は素直に受け入れられたのに。
 こいつにはどうしても、つっかかっちまう。

 ・・・・なんでこいつは俺だけ名前を呼ばネェんだ。

 上からじっくり顔を眺めてやると、ゾロは突然目を覚ました。

「何やってんだ、お前」

 俺を見上げるゾロの顔は、寝起きのせいか、なんだかちょっと少年っぽく見えた。
 多分、毎日、剣を振り回して汗をかいてた悪ガキだったこいつ。
 なんだ、今と変わらねェじゃないか。
 どうやら、俺は気分が直ってきていて、思わずニヤニヤしてたらしい。
 ゾロの眉間の皺がぐっと深くなった。

「おい・・・・・なんのつもりだ、アホコック」

「なんだよ、ただ立ってるだけだろうが」

「人の上に立つな」

「やる気か、てめぇ」

 睨みあう俺たち。
 ったく、なんで俺にだけ・・・・・・
 いや、待てよ。

 わかっちまったぜ、ゾロ。
 お前も俺をついつい意識しちまうんだ。
 名前を呼ばないのがその証拠。
 男同士で、おんなじ年で。
 強さもなかなかのもんだってわかるから。
 仲間だってことは十分認めていても、それでも時々意識する。
 ただ、それだけ。
 ライバルとかなんとか、そんなかっこつけたもんじゃない。

「上等だ!」

 俺の右足がうなると、ゾロの左手が止めた。
 ゾロは喧嘩では刀を抜かない。
 こいつは腕力も身体を使う喧嘩もかなりなものだから、それでも俺は気を抜くわけにはいかねェ。

「危ねぇな!」

 本気で殴りかかってくるゾロを左足でさばきながら、俺はどんどん気分が昂ってくる。
 これは多分、こいつも同じだ。

「おいおいおい。これ以上船を壊すなよ〜」

 覗きに来たウソップが離れたところからぶつぶつ言ってくるが、俺たちは二人とも相手にしない。
 バトル・ハイ。

 今こうやって喧嘩をしても、多分昼食時にはいつもと同じ顔でこいつはメシを食うんだ。
 それで、見事に皿を空にする。人間離れしたクソゴムには負けるけど。
 で、今はなんとなく納得してる俺も、またすぐにこいつに苛ついて。

「でもよ」

 思わず言葉が口から飛び出した。
 ゾロが怪訝そうな顔をしたから、あとは心の中で言った。

 もし俺が先に死ぬことになったら
 そん時はちゃんと名前で呼べよ、クソマリモ

2004.10.13

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