夢 呟

ログポースのイラスト 

 雨の音が聞こえた。
 なんだかえらく大切な音のような気がして目が覚めた。
 巻きすぎの包帯のお陰で身体の動きがぎくしゃくしてたまらない。ようやく身体を起こすと1列に並べられた寝台の上に全員がいた。
 窓の外に降る雨は戦いの終わりを実感させた。

 ああ、終わったんだよな。
 この国は失いかけていた自分たちの国を取り戻した。
 ルフィは七部海と呼ばれる大海賊の一角を落とし、俺はあの時確かに鉄の呼吸を感じてそれを切った。他の連中もそれぞれに身体を張って出会った相手を倒し た。
 それぞれの戦い。
 受けた傷は深いが得たものはさらに大きい。

「・・・・」

 高いびきと寝息が混ざる中、声が聞こえた。
 誰だ?
 ・・・こいつか?

 アホコックは俺が見たことのない寝相でベッドから半分身体を落として眠っていた。ここからは足しか見えない。破壊力のかたまりみてぇな足。見た目は普 通。
 船ではいつもハンモックの上で身体を丸めてすっぽりおさまってることが多い奴だが。借りてきた猫みてぇに大人しく。鋭い爪を引っ込めて。

「・・・・」

 また何か言ったようだ。
 そういえば前に夢の中でメロリンバカになったこいつに抱きつかれて一瞬窒息しそうになったことがあった。振りほどくと目を覚ましたこいつは今度は俺に向 かって怒り出した。何してやがる、とか暑苦しいから近づくな、とか。お前が勝手に、と反論したらそんなはずねェと怒鳴りやがった。その後はまたやり合いに なって他のハンモックの連中も巻き込んだから、女部屋のナミが爆発した。
 二の舞はご免だ。

 だが、もしも。
 コックの身体はかなりひどい状態だと誰かが言っていた。多分、この国の医者とビビの会話だ。歩くのを辛がっても不思議じゃないのに、と。こいつは泣き言 を言う男じゃないしあきれるほど打たれ強い。大抵の場合は煙草を咥えてニヤニヤしながら煙を吐いてお終いだ。
 でも、もしかしたら上半身が落ちた状態で苦しいのかもしれない。骨をやっちまってるみてぇだし。
 仕方ねぇな。

 床に足を下ろして立ち上がると胸の辺りが焼け付いた。そういや、今回はかなりえぐられちまったからな。
 上から見下ろすと金髪の間からグルグルのアホ眉毛が見えた。こいつの性格にぴったりな渦巻き模様だ。口を半開きにして眠りこける表情はルフィに負けずに 餓鬼くせぇ。

「おい・・・痛むのか」

 一応先ずは声をかけてみる。
 やっぱり。起きねぇ。
 多少痛くても落ちてるよりはましだろう。引っ張り上げるために襟元に手を伸ばすと、薄い唇が動いた。

「・・・にすんなよ・・・・クソジジイ・・・・俺だっていつかは・・・・」

 クソジジイ?
 誰のことだ?
 ・・・聞き覚えがあるな。

 アホコックの顔が思い切り歪んだかと思うと次に・・・・・笑いやがった、こいつ。餓鬼みてぇに。無防備に。ふんわりと。

 そうだ。クソジジイっていうのはあのレストランの髭オーナーだ。こいつがいたレストラン、ルフィが砲弾を流して当てちまった、あの。
 俺とウソップとナミはあの時いろいろ取り込み中で、結局アホコックが仲間になったときのことはこいつとルフィしか知らねぇ。ルフィが選んだコックだし 腕、つぅか足の威力もそこそこな奴だからそれ以上知る必要もねぇと思って突っ込んだ話を聞いてみる気にもならなかったが。だから髭じいさんについて俺が 知ってるのはなんだか風格がある元海賊の爺さんだったとか1本足だったとかいうくらいのことだけだ。
 互いに悪態つき合ってた爺さんとアホコック。でも、そうか。こいつはあの爺さんの夢を見るんだな。それでこんな餓鬼面をさらすんだ。

 アホはほっとくことにしてベッドに戻った。
 どんな夢を見てるか知らねぇが、起こされるのがあまり嬉しくない夢なのかもしれない。そのうち誰かが気がついて引き上げるか起こすかするだろう。その役 目は俺じゃなくていい。俺はおりた。

 雨はまだ降り続いている。この国に住む連中がずっと待っていた天からの水だ。どれだけ降っても足りねぇくらいだろう。流した血も汗も全部きれいさっぱり 流しちまうほど降ればいい。ずっと朝まで。
 目をつぶると雨の音はなかなかいいもんに思えた。
 また、あいつの声が何か言ったような気がしたが、寝返りを打って背を向けた。

2005.5・22

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