「い〜い天気だなぁ〜〜〜〜〜!」
両腕を普通の状態の精一杯まで伸ばしてるらしいクソゴムの声が聞こえた。ふぅん。あいつの特等席、メリーの頭の上にいやがるな。山盛りのトレーを手にラ ウンジを出ると、予想通りの場所に麦わら帽子が見えた。
「おい、ルフィ。昼食までのつなぎ・・・」
俺の声を聞いたルフィは思いっきり勢いよく振り向いた。あ・・・・と思った瞬間、俺は駆け出していた。落ちていくルフィの顔に満面の笑みの残像が見え た。
伸びてくる手を期待していたのに耳に聞こえてきたのは大きな水音。クソ、間に合わなかったのか。
「ルフィ!」
叫んだ俺の視界の中を立ち上がったクソマリモの姿が後に流れていった。
一瞬、確かに目が合った。そこにある表情をただ記憶にとどめて靴を脱ぎ飛ばして海に飛び込んだ。
「ルフィとサンジが!」
海に届くまでの間に非常食の声が聞こえた気がした。
「だからよぉ、ゴメンって・・・・」
甲板に寝かされた状態で水を全部吐き出させられたルフィは笑顔で謝っていた。
「あんた、何度注意されたら気をつけるの!まったく怖がるってことを知らないんだから!」
「おいおいおい、大丈夫か?肝が縮んじまったぜ〜」
「マッサージするからな!少し痛ぇぞ!」
ルフィの周りを囲んで口々に言葉をぶつけるあいつらの顔には不安と安堵がごちゃまぜになっていた。いい顔だ。そう思った。
1人だけその中に入らない姿があった。
マストによりかかって少し離れたその場所から黙って視線を向けているクソ剣士。ゾロ。
何だろう。
ゾロの顔に浮かんでいるのは・・・・あれは微笑ってやつだよな。謝るルフィの声が何度も重なるうちにほんの少しずつ深くなる笑み。
さっきは血相変えてやがったのに。血相変えたまま俺を見て、そして。
・・・まあ、いいか。終わりよければってやつだ。
俺のことまで心配するチョッパーをなんとかかわして着替えるために下におりた。
夕食の後。
船医命令でルフィはチョッパーと一緒に早寝。ナミさんはシャワーの後の読書。ウソップは見張り台。ゾロは素振り。
片づけが終わった頃には満月が高く昇っていた。
夕方から時々出ていたくしゃみがまた出た。なんだ。風邪か?冗談にしといてくれ。ウソップにコーヒーは届けたし、一杯ひっかけて俺も寝ておくか。
棚に目をやって思い出した。前の島で買っておいた酒があった。強い香りと濃厚な味わいをじっくり楽しむのが似合う酒。身体を温めるにはもってこいの強い 酒。ルフィにも一口飲ませてやればよかったな。
小ぶりのグラスを取り出してボトルと一緒にテーブルに置くと、入り口に突っ立っつ姿があった。いたずらを見つかった時のウソップの気分は多分こんなモン かもしれねェな。
「寝酒か。早いな」
ゾロは立ったまま動かない。なんだよ、遠慮なんてするガラじゃねェはずなのに。
「飲むか?」
「ああ・・・そうだな」
もうひとつグラスを出した俺とのんびり歩いてきたゾロはほとんど同時にテーブルを挟んで腰を下ろした。封を切り栓を抜くとポンっという軽い音が宙に響い た。
静かだな。
酒を注いだグラスをゾロに渡すとそのままグラスを合わせるわけでもなく自分の分を口に含んだ。喉が焼けた。
ゾロは多分俺の倍くらいの量を飲み、グラスを置いた。タンっとテーブルが鳴った。
夜に酒を飲むゾロは1人で黙々とやることが多い。相手がいればそれなりに陽気に杯を重ねるが、どちらかと言えば多分1人の方が気楽なんだろうと思う。前 は不機嫌な面でキッチンに入ってきては俺から一瓶強引に奪い取って船のどこかへ出て行くことが多かった。そのうち、いつからか俺がキッチンで片付けたり仕 込みをしていても気にしないでそのまま飲んでいくことがあるようになった。俺がつっかかりさえしなければ、飲んでるゾロにとって俺は空気みたいなもんで、 それに慣れた俺もゾロを気にしないで作業を続けた。
いつからだろう。
ああ、そういえばもうひとつ。
「なあ、ゾロ」
声をかけるとゾロは目を上げてまっすぐ俺を見た。視線も態度も常に直球。ルフィといい勝負だ。
「ああ?」
「お前さ、今日は俺を止めなかったよな。なんでだ?」
ルフィが落ちたことを知って血相を変えたゾロの顔。走る俺と目が合ったとき、そこには見慣れない何かがあるような気がした。よくわからねェけど、俺に もっと足を速めさせた何か。
落ちるのが得意な船長を助けに走るのは今日が初めてじゃない。これまでに何度もあった。けど、こいつが一緒にいる時はいつもこいつが途中で俺を止め、こ いつが海に飛び込んだ。大切なはずの3本の刀を放り出して一直線に身を躍らせる。俺はその背中を見ながら思った。ああ、こいつはルフィをすごく大切にして る。きっと船に乗っている全員と同じでこいつも人間としてルフィに惚れてる。ルフィが一番最初に見つけた仲間。互いに惚れた最初の仲間。
ゾロは不思議そうな顔をして首をかしげた。
「止めた方がよかったのか?」
「いや、そうじゃねェけどよ。だってお前、いつも止めてたじゃねェか」
「ん・・・・・・・・?」
ゾロがマリモ頭をガシガシと掻いた。
「走ってるお前の方が早くルフィに届いただろうからな。それだけだ・・・・つぅか、それ以外に何があるってんだ。ったく」
ゾロは一気にグラスを干した。
なんだ。こいつ、ほんとに当たり前だろって顔してやがる。ちょっと前までは違ったくせによ。なんだか俺の方が変みたいじゃねェか。・・・よくわかんなく なってきやがったしよ。
盛大なくしゃみをひとつかますとそれまでの気分が全部どこかに吹っ飛んでいった。
見ると、ゾロがボトルを持ち上げて栓を外すと俺のグラスの半分くらいまで酒を注いだ。
「さっさと飲んで寝ちまえ。チョッパーが騒ぐぞ。後は俺が飲んどいてやる」
・・・・っと待て、このクソ剣士!
「てめェ、この酒にこれ以上手を出すなよ!これはいざって時のとっておきなんだからな!今度ナミさんとゆっくり差し向かいで差しつ差されつするんだから な!」
立ち上がって繰り出した俺の蹴りをゾロは左手で止めた。くそ!いつものあれだ。ニヤリ笑い。余裕かましやがって。
ゾロはゆっくり立ち上がってテーブルを離れた。
「病人相手じゃやる気も出ねぇ。ちゃんと鼻かんで早く寝ろ、アホコック」
うわ!うわ!何だそれ!俺の鼻がなんだって・・・・・
ええええ!
悠々と出て行くゾロの背中を見ながら俺は・・・・・・・黙って鼻をかんだ。
クソ!クソ!俺をまるで子ども扱いしやがって!昔どっかで散々聞かされたようなセリフを吐きやがって!
一気にグラスの中身を煽ると思わずむせた。
・・・あいつは平気な顔で飲んでたのに。クソ!
グラスを洗うと水が手に冷たく感じられた。
ラウンジを出て階段を下りる足元が少々心許ない。ああいう飲み方は俺向きじゃない。わかっていたけれど。
見張り台の上のウソップに軽く手を振った。
ふと感じた視線にそっと目を向けると昼間と同じようにマストに寄りかかってるあいつがいた。酔ってる俺の目にはあいつの口元にやっぱり昼間と同じような 微笑が見えるような気がした。やべェな。悪酔いしてるのか、俺。二日酔いなんてしたらたまったもんじゃねェな。
もう一度見たらゾロの姿はなかった。
なんだ・・・・・?
やっぱり早く寝よう。
1歩1歩意識しながら歩く俺を規則正しい素振りと呼吸の聞きなれた音が背後から見送っているように思えた。