贈 言

酒瓶とグラスの写真 

 つまりこいつも負けず嫌いなんだな。でもってついでに俺には想像つかない感じに気配りってやつをする苦労性だ。
 目の前に転がっている金色の頭は眉毛とお揃いのつむじを晒している。
 真夜中もとっくに過ぎて直に空が白みはじめるはずのこの時間。俺はなんでここにいるんだろうな。まったくわかんねぇ。




 アホコックの誕生日だった。
 最初ナミは「今日だけはサンジ君に楽をしてもらいましょ」なんて言ってあのアホの誕生パーティとやらをどっかの店でやるつもりだった。ちょうど昨日この 島に着いたばかりでタイミングもよかった。俺は酒さえ飲めればそれでいいから目を閉じたまま寝転がっていた。

「ああ、ナミさん!俺のことをそんな風に優しく思いやってくれるなんて、やっぱりナミさんは俺の天使です〜〜〜〜。そんなナミさんに思い切ってひとつお願 いが・・・・」

「なあに?新しい冷蔵庫の予算なら無理よ」

 主婦か。つぅか、どっちが亭主だ。

「いや俺もそこまでは。・・・あのさァ、ナミさん、せっかくのナミさんの気持ちなんだけどさ、そのどっかの店でのパーティの予算、そっくりそのまま俺に預 けてくれねェ?」

「は、はぁ〜ん?何か気になる食材を見つけたってとこかしら?」

「やっぱナミさんだけだよな、そこまでお見通しなの。魚屋でさ、無茶苦茶旨いっていう話なんだよ、その魚。島の特産の香草を使って料理すると最高なんだっ て。できればこれから店行ってその料理を一皿試してみて、でもって評判どおりの旨さだったら挑戦してみたいんだよね」

「そりゃあ、あたしたちはサンジ君のお料理を食べられたらいつだって嬉しいけど。でもいいの?せっかくサンジ君が生まれた日なのに」

「だからこそちょっとばかり余分な予算をねだれるわけで」

 そんな感じに話が決まりそうになってた頃、俺は半分眠りかけていた。だからアホコックの足に腹を揺さぶられた時には心底腹が立った。評判の地酒があるら しいって話は悪くはなかったが。




 アホが魚料理、俺が酒の味を試すために一軒の店に寄った後。
 コックの目に物騒な気配が漂いだした。よく言えば張り切ってるっつぅことになるんだろうが、この顔つきは初めて見るもんじゃねぇ。こうなったこいつはど うせ止められねぇし、俺は無駄に逆らわずに荷物運びした方が早く船に戻れる。
 ま、いいさ。一応こいつの誕生日だからな。
 アホコックは口が悪い。その店その店のおやじにもうるさく注文をつけるしいちいち値切る。
 でも初めて目にする食材の事を質問して熱心に話を聞いてる時なんかは・・・
 笑うとすげぇガキくせぇ顔になる。
 ふぅんと思って眺めてたらなぜか突然振り向いてこっちを睨みやがった。睨み返したら関係ないはずの店のおやじがなぜかさらに安くしてくれた。




 魚料理ができあがるのに合わせて宴会がはじまった。
 旨いだろ、ちゃんと旨いって言え、とか何とかいつもどおり詰め寄られたのが少々うざったかったがよく飲んでよく食った。全員そうだったはずだ。酔っ払う 順番も寝に行く順番も大抵同じ。酔っても変わらねぇ俺が見張り台に登るのもいつものことだ。
 しばらくは黙って沈んでいく月を見ていた。
 そのうち口がさびしくなってきた。一本抱えてくるのを忘れたのは俺らしくねぇ。今日はコックは片づけを免除されてとっくに眠ってるはずだからくすねても 文句を言う奴はいない。

 ・・・のはずだったがラウンジから灯りが漏れていた。
 ナミとウソップか?まだ片付けてんのか?ウソップも気の毒なこった。ほんとは陽気に歌ってつぶれたまま寝ちまいたかったんだろうがナミに叩き起こされ て。
 ・・・・。
 ラウンジの灯りの中で光る金色の頭が見えた。何となく声を掛けそびれてそのまま立ち止まった。

「んだよ。まだ飲み足りねェのか?あきれた奴だよな、お前」

 テーブルの上にはボトルとグラスがあった。
 機嫌を悪くした様子はない。薄く笑ったようにも見えた。珍しいこともあるもんだ。

「寝たんじゃなかったのか」

「残念でした。どっかのクソマリモが酒を盗みに来ると思ってよ。現行犯って奴が一番捕まえやすいからな」

 言いながらコックは棚からもうひとつグラスを持ってきた。

「この島の酒、この瓶だけ残ってんだ」

 割と癖のある酒だった。ナミは気に入らなかったらしい。一瓶でも残ってるのがその証拠だ。こいつがこの酒を好みだというのが少々意外だった。
 グラスを俺の前に置いたきり、もちろんこいつは俺に酌なんぞしねぇから手を伸ばして勝手に注いだ。

「お前さ、あの魚、旨かった?」

 突然どこか搾り出すようなコックの口調とは裏腹に煙草を咥えたその顔にはまだ薄い笑いがのっかっていた。

「んだよ、てめぇもたいがいしつけぇな。俺の意見なんざどうでもいいだろ?俺の味覚はないも同じだっていつも言ってるのはお前だろうが」

 酒の香りが鼻から抜けた。
 ふと、宴会の時のその魚料理の味が口の中に広がった気がした。

「俺は、お前の口から聞きてェんだ。ナミさんもロビンちゃんもみんなも美味しいって言ってくれたけどよ・・・島の味を知ってるのは俺の他にはお前だ け・・・だから」

 昼間に寄った島の店で確かに俺は酒を飲みながら魚料理をつまんだ。こいつと一緒に。
 でも。
 それだけで。
 もしかしたら。

「・・・それを聞きたくてわざわざ起きてきたのか?」

 コックの顔が見事に赤くなった。

「ば、馬鹿!そんだけじゃねェよ。朝の仕込みとかもあったしさ、でもせっかくナミさんが後片付けしてくれるから先に寝ろって言ってくれたんだ。俺は寝てな きゃいけねェんだよ。」

 だからみんなが寝静まるのを待ってそっと抜け出してきたわけだ。
 阿呆。
 黙って見ているとコックの口がほんの少しばかり尖った気がした。

「旨いと言えっつってんじゃねェんだ。お前がどう感じたかそのままを言えよ。難しいことじゃねェだろ?」

 言葉だけは偉そうに。だが、真っ直ぐに俺を見ている目の中にはどこか懇願めいたものがある。
 みんなに大騒ぎで祝われてガキくさい笑顔ではしゃいでいやがったくせに。
 その間ずっとそんな事を気にしてたってか。
 こいつにとって料理ってのはそんだけ真剣勝負だってことか。

「んだよ、何笑ってやがる、このクソマリモ」

「るせぇな、笑ってねぇよ。ただ・・・今ここにあの料理があったらな、とは思うぜ。あれはこの酒になかなか合ってたからな。ルフィに八割方食われちまった のは少々残念だ」

「え・・・」

 赤かった顔がさらに赤くなった。見事なもんだ、と感心した。
 コックは黙って立ち上がった。

「・・・ほらよ」

 コトッと小さな音と共に目の前に置かれた皿にはあの料理が載っていた。ちょうど一人分と思える量が。
 見上げたら見下ろしていた青い目が斜めに逸れた。

「もしも俺が答えなかったらこいつを食わせて意地でも・・・ってことだったのか」

「知らねェよ。ただ、何となくだ」

 そいつはルフィの台詞だろうが。
 コックが座り、自分のグラスに酒を足した。
 何となく同時に一口飲んだ。
 何となく真ん中にある皿の料理を一緒につついた。
 ああ、ほんと、『何となく』だ。

 コックはそのままいつになく無口に飲み続け、そのまま静かに眠った。
 満足、したんだろうか。
 単純バカ。
 気分が良かったからもう一杯注いだ。ボトルが空になった。
 そういや俺はこいつの誕生日にプレゼント、なんてやったことはねぇけど。
 今回はやっちまったかもしれねぇな。

 何となく、思った。

2006.3.2

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