街に入って暫くしてから、まだ裸足だったことに気がついて靴を履いた。
セラさんもおんなじだったから、思わず顔を見合わせて笑っちまった。
足にくっついた砂を落として靴下と靴を履くのは結構時間がかかる。その間、片足で突っ立ってるとどうしたってフラフラしちまうから、ちょっとかがんで俺 の肩を貸してみた。
ありがとう、と言ってくれてちゃんと掴まってくれた手が何だか嬉しくて笑顔になっちまう。
何だろう、この感じ。
レディの魅力に酔ってるふわふわ気分とは違う。
なんかよ、こう・・・・仲間同士みたいな親しみっつぅの?親愛の情、とかそういう言葉が似合うのかもしれねェな。共通点なんてまだ何にもねェんだけ ど・・・・せいぜい、アレだ、裸足で海と砂を楽しんでたものどうし?
靴を履いて肩を並べて歩き出した街は、どっか懐かしい雰囲気を持っていた。賑やかで活気があって顔に笑顔を浮かべている人間が目立つ。そのみんなが
セラさんに声や身振りで挨拶を投げてくる。それに答える笑顔がやわらかでいい感じで、きっと子どもの時からこんな風に誰からも可愛がら れてきた人なんだと思った。
こういうの、いいよな。
考えてみれば俺はこんな風に幸せいっぱいのやわらかさを持った女性に会ったのは初めてかもしれねェ。ナミさんもロビンちゃんもあの明るさや美しさの影に はいろんなことがあって今も背負いながら笑ってる。一国の運命をけなげに背負っていたビビちゃんとか。俺はそんなレディばかり見てきた気がするんだ。
いいよな、こういう感じ。
少しばかりの休息を言いつけられた俺の前に現れた無垢なお姉さん。
一緒にいるときに気取る必要も気を張る必要もない感じ。
何だかすごくあったけェ感じ。
「お客さんのお迎えかい?
セラちゃん」
「ええ。海で偶然会えたサンジさん。よろしくね」
「おお!うちにも顔を見せてくれよな、お客さん!」
こんな会話が数度繰り返される中、サンジは
セラの横をのんびりと歩いていた。降り注ぐ日差しをようやく春めいて感じられるようになった。島の空気に馴染みだしたということなのだ ろうか。
自分が海賊でありコックであることを誰も知らない。
弱った体の影響か自分自身もついそのことを忘れそうになる。
これを解放と感じることができるなら話は早い。身も心もリラックスして、言わば牙を抜かれた獣の状態に甘んじながら次への英気を溜め込めばいいだけだ。 抜けた牙が自然に生えるその時まで。
幾度かポケットに手を伸ばしかけ、その度にやめた。
今は煙草はいらない。
吸えばもしかしたらニコチンに負けて足がふらつく。
「サンジさん?」
気がつけば傍らの
セラがサンジを見上げていた。
「ごめんなさい、ちょっと煩かったかしら。街の人たち、揃ってみんないい人たちなの。サンジさんが長くいてくださるなら知り合っておくと楽しいかと思った のだけど・・・・お節介だったわね」
サンジは慌てた。
「いや、ごめんなさいなんて、そんな!実際、俺、嬉しかったし
セラさんとみなさんの笑顔は眩しかったし・・・こっちこそごめん、ボーっとしてて」
セラはじっとサンジの顔を見た。
サンジはその瞳を見返しながらふっと口角を上げた。
「俺・・・そんなに変な顔、してた?」
セラはゆっくりと首を横に振った。
「ううん、ちっとも。ただ、とても疲れた顔に見えたの。それは今もだけど。サンジさん、この島には身体を休めにいらしたのね」
「・・・正解。ちょっと身体の調子が狂ってるみたいでさ。本当は・・・・って、あのさ、すごく変な言い方なんだけど、俺、自分が本当はどうだったのかわか らなくなっちまったみたいなんだ。ここんとこずっとそんな状態のまま仲間の前では精一杯胸張ってやってきたんだけど、みんな、そこんとこは長い付き合いだ から実はバレバレだったみてェだ。みっともねェよな」
サンジが言葉を切った時、
セラの顔に浮かんだ微笑はとても穏やかで深いものだった。サンジは思わず歩くのをやめて見とれ、後日、海の上でも何度も心の中にこの表 情を思い浮かべた。
「本当はこうだって言えるものを持つのってとても難しいことなのかもしれない。それは自分の理想や正反対の嫌悪とつながっているものだから」
自然に流れ出た
セラの言葉にサンジは頷いた。それから首を傾げた。
「
セラさん、もしかして同じようなことを考えたことあるんだ?今のは俺じゃあまだまだ辿りつけそうにないすげェ達観した言葉に聞こえたよ」
セラは微笑み続け、歩き続けた。
「考えたこともあるし・・・ずっと考え続けてるよ」
「え、何?後ろ半分、よく聞こえなかった・・・」
小走りに後を追うサンジに背を向けたまま
セラは微笑を深めた。
「待って、
セラさん。どうしたの?急に早足に・・・・」
あと数歩まで近づいたサンジにくるりと振り向き、
セラは丁寧に一礼した。
「飛鴎荘にようこそ!先ず最初に前庭の足湯で疲れた足を揉み解して、あとは海の砂をよく落としてくださいね」
「うわ・・・・庭が・・・すげェ・・・」
思わず子どものように目を丸くしたサンジの前に緑と様々な色が溢れた庭が広がっていた。海風を遮るための白く輝く石塀に囲まれた敷地の中。花々の向こう に塀と同じ日差しを跳ね返しながら建っているがっしりとした建物が見えていた。