淡 雪

透明ガラスボールに浮かぶマリモの写真 クリスマス・イブ。
 思えばこの日はレストランが繁盛する大忙しの日だ。だから目が覚めたとき、俺は思い切り身体を伸ばしてから弾みをつけて飛び起きた。
 でも、冷えた床に素足が触れたその感触と一緒に思い出しちまった。恋人たちのクリスマス。うらやましくはあるけれど、実はこの日は料理人にとっては複雑 気分になる日でもある。どれだけ腕を振るっても、盛り付けに神経を使っても。だってさ、敵うわけないじゃないか・・・・恋ってやつの味付け&飾り付けに は。レディたちにとって想い人の笑顔を見ながら口にする食事はきっとどれもが夢の味。男たちは自分の純情と身体の両方の期待を持て余しながらドキドキす る。料理や酒の味を楽しむことが出来るのはよっぽどの食道楽な野郎か或いはよっぽどの百戦錬磨。所詮料理は主役にはなれねェ。主役じゃないけど欠かせな い。いわば名脇役って奴だ。
 それでもよかったんだ。現金なもんで自分がメロリン恋してるときは自分を恋のキューピッド役だと思えてやたら張り切ったりしたもんだ。最高の料理で気分 を盛り上げて二人の幸せを影から応援。笑顔のひとつも見られればよし。
 でも、今年は何だか違った。働きはじめた店でのはじめてのクリスマス・イブ。俺はディナーコースのひとつのメインを任せてもらえた。だから本当は料理人 としてものすごく張り切りたいんだ。

 ボコッ
 ブクククッ

 ゾロが浮き上がった。クルルン、クルルルン。軽やかな回転は朝の体操か?こいつ、やっぱり夏よりも冬のほうが好きらしい。思わずつられて三回転してか ら、そういやしばらく素敵なレディの前でこの技を披露してないな、と気がついた。何だかずっと気ぜわしかったからなぁ。こんなんじゃいけねェよな。俺は ウォーミングアップにもう一度鮮やかに決めた。

「・・・・ナニヤッテンダ?サンジ」

 多分冷めた目で見ているゾロの視線が刺さった。

「るせェよ。最初にやってたのはお前じゃねェか。今日は恋人たちの特別な日だ。俺もいつ何があってもいいようにちょっと身体をほぐしたんだよ!」

「トクベツナヒ?」

「そうだよ!お互いのことを想って真剣に選んだ贈り物を交換してよ、ちょっと旨いもんでも一緒に食べていつもよりいい酒を飲んでさ、で・・・うん、ちょっ といい映画でも観て、んで・・・・またちょっと飲みに行って、で・・・んまぁ、そういう感じだ」

「・・・・アサマデノミアカスヒッテコトナノカ?」

「じゃなくてよ。つまり・・・・それから自分が相手のことをどれだけ大切に想ってるか・・・惹かれてるかを確かめ合うんだよ!・・・方法は訊くなよ」

「・・・・」

 何だかじっと見られてる気がした。恋人どうしが抱き合う幸せや方法をこいつはたぶん知らないだろう。マリモの世界ではどうなんだろうな。触れ合ったり惹 かれあったり、そういう気持ちや行為の意味ってあるんだろうか。

「ってことで、俺だって突然何かないとも限らねェ。さあ、いっちょ気合入れていくぞ〜!」

 料理人としてか、一人の男としてか。どっちの方向に張り切ってるのかはもうわからなくなっていたけど、俺は元気いっぱいパジャマを脱ぎ捨ててバスルーム に飛び込んだ。




 とは言ってもよ。
 そうそう人生の一大事とか食道楽の鉄人が現れるわけもなく、忙しくはあったが俺は常にどこか冷静だった。この店はちょっとした広場に面している。そこに は結構大きなツリーが飾られていて、昼には深い緑と芳しい木の香りが漂い、夜にはライトアップされてなかなかいい感じに銀色に輝く。そんな環境のためかラ ンチタイムからカフェタイムと客足が途絶えることもなく、厨房もテーブル席も大忙しの時間が続いた。
 幸せそうな恋人たち。
 まあ、いいか。楽しそうだしよ。

「ん・・・・?」

 ほんの一服の休憩の後に裏口から戻りかけた俺はなんとなく目を向けた店のウィンドウの外に人影を見かけた。それは普通の当たり前の小学生の男の子だっ た。気になったのは確かその姿をランチタイムの途中にも見かけた気がするってことで・・・・。

「どうしたんですか?サンジさん」

 後ろから聞こえた爽やかな声に振り向くと、先週から店に来ているウェイトレス第一号のミナミちゃんが立っていた。スラリとした肢体に整った小顔。これま でずっとウェイターしか置かない方針だったという店長がどうして急に・・・と何かと噂になっているスレンダーなレディ。

「ああ、いや、何でもないんだけど。ちょっと気になってね。それよりミナミちゃん、今日はお客さんがすごいけど大丈夫?オーダーミスがひとつもないのはさ すがだね」

「・・・ありがとうございます!すっごく嬉しいです!」

 本当に嬉しそうに頬を染めたミナミちゃんの顔を見た俺は久しぶりに胸の奥にときめきを感じた。

「こら、サンジ!いい加減戻って仕事しろ、仕事!」

 厨房仲間のところへ戻った俺はやたらと怒られた。嫉妬が入ってる感じじゃねェ?これ。俺はちょっと意識した。もしかして起きるのか、クリスマス・イブの 奇跡。もしかして。




 そのままディナータイムに突入した。予約客だけでいっぱいになった店の中。厨房は戦場だった。予定していた数とはいえ現在の厨房の能力ギリギリまで入っ ている皿数。気がついたら何箇所か火傷してた。全身汗びっしょりだ。時々スポーツドリンクを一気にあおった。水分が身体に染み渡る感じが何ともいえない。
 トレーに山盛りの食器をさげてきたミナミちゃんと目が合った。彼女のにっこりした笑顔を見るとすうっと身体から疲れが抜けた。頑張ろうね、と微笑みかけ ると元気に頷いてくれた。やっぱり、もしかしたらこれは天使との出会いなのかもしれねェ。後半戦もガンガン行くぜ!と気持ちを引き締めたとき、またウィン ドウの外に人影を見た。店の中が明るいから本当に影しか見えないが、大きさ的にあれは子どもなんじゃねェか?まさか、また、さっきの小学生なのか?

「おいサンジ!鼻の下伸ばしてんな、そこ!アンザイと代わってやれ!」

 はいはい。どら、戦場復帰だ。
 俺は最後にもう一度ウィンドウを確かめて料理に戻った。
 それからも人の流れは途切れることなく続き、ラストオーダーを告げるミナミちゃんとあと2人のウェイターの声を聞いたときには正直ホッとした。そっか、 今テーブルにいるのが今日最後の客たちなんだ。マナーを意識してぎこちなく食べてる学生たち、忙しい年末の中のひと時を目いっぱい楽しもうとしている会社 員とOL、男女2人ずつで互いの可能性を探り合っているグループ。そのほかの客たちもやはり年齢を平均するとかなり若い。料理の味よりこの店の空間と時間 を楽しんでいる感じがした。
 担当分の最後の皿を仕上げて自分の道具をしまったら全身が脱力した。それからできるだけ片付けを手伝った。そうするうちに最後の客が帰り、皿がさげら れ、店の表の灯りが落ちた。

「もういいですよ、サンジさん。後は俺たちの仕事ですから。たくさん手伝ってくれてありがとうございます!」

 俺の後に入った見習い2人が並んでぺこりと頭を下げた。こいつらだってきっとへとへとだ。悪いな、と思ったけど互いの領分は守らなくちゃいけない。

「じゃあ、頼むわ。今夜はお疲れ!んで、お先に!」

 見習いと店長以外はぞろぞろと厨房を出た。ロッカーに行く途中でコート姿のミナミちゃんとすれ違った。目が合った。これまでより何だか長く視線をもらっ た気がした。あれ?と思ったときにはミナミちゃんはみんなに一礼して歩いて行った。

「何だよ、サンジ。やっぱり約束してんのか?」

「へ?いや、してないですよ。まだまともに話をしたこともないし」

「ほんとか〜?」

「嘘ついてどうすんですか。約束あったらもうここにはいませんよ」

 今日は俺とミナミちゃんをくっつけようとする人間が多い気がする。平気な風で答えた俺の胸の中は小さないろいろが集まって実はドキドキしちまってる。ま さかな、という気持ちと、これだけ言ってくる連中もいるんだからもしかして、とかグラグラ揺れる。やばいな、これ。まるで恋愛初心者だ。
 汗をかいた後だっていうのが気持ち悪かったので順番を待ってシャワーを浴びた。髪を乾かして着替えた頃にはロッカールームには俺しかいなかった。俺は試 そうとしているのかもしれない。これだけ時間が経ったらとっくにミナミちゃんは帰ってるはずだ。もしかしたら他の誰かと待ち合わせとかしてたかもしれな い。どっちにしろもうこの辺にはいないだろう。でも・・・もしも今俺が出て行ってそこに彼女がいたら。これはかなり・・・自信を持っていいんじゃないだろ うか。こういう時のあの高まる気分を俺はめいっぱい感じていた。こんな時の予感は不思議にはずれない。ダッフルコートに手を通した俺はボタンをかける暇も 惜しんでそのくせわざとゆっくり足を運んだ。
 裏口を空けた。一度に押し寄せる外の空気を気分的に掻き分けてぐるりと見回した。誰もいなかった。・・・・そうだよな。こんなところで堂々と待ってるわ けはないよな。
 表に回ってみた。店の前にはやっぱり誰もいない。そうだよな、ここも目立つよな。でも、それじゃあ・・・・・・
 空中で伝わってきたチカチカという灯りの瞬きに目を引かれた。ライトアップされた大きなツリー。ああ、そうだ。あんなに素敵な目印があるじゃねェか。ま た予感した俺は一気に道路を渡って走った。
 銀色に光る空気を冷やしているようなツリーの前に人影が見えた。やっぱり。わかってたんだ、俺。ここにくればきっと・・・きっと・・・・ん?

「お前・・・・子どもがこんな時間にこんなとこで何してんだ?一人か?」

 一応確かめてはみたが、こいつが一人なのはなんとなくわかっていた。昼間も、夕方も、見かけたときには全部一人だったから。目を丸くして俺の顔を見上げ ている男の子。丸い形の髪型はスポーツ刈りがだいぶ伸びちまったって感じに見える。そいつはただ驚いた顔をして立っていた。まあいいか、とそこを離れるこ とを決めかけた俺はふとそいつが手に握っているものを見た。小さな財布。小銭入れっていった方がいいみたいな奴だった。

「買い物にしちゃ時間が遅いじゃねェか。・・・・その財布、お前のか?」

 俺は別に深い意味で訊いた訳じゃなかったが、言ってしまってからちょっと慌てた。坊主の方は一瞬目をさらに大きく見開いた後、思い切り顔を顰めた。まず い。最悪の予感が当たった気がする。

「・・・俺は人の財布を盗ったりしない。これは・・・・母さんが今朝くれた財布だ!」

 坊主の目が光ったように見えた。声を聞いてこいつも相当頑固な奴だろうなと思った。きっと頭も悪くない。

「いや、悪かった、そういう意味で訊いたんじゃないんだ。ただよ、いくらなんでも財布をむき出しに手に持ってたんじゃ無用心だろう。そういうもんはちゃん とカバンとかポケットにしまっておけよ」

 坊主は返事をしなかった。そしてまるで俺の言葉を拒むように財布をそのまま握っていた。

「お前さ、昼から時々見かけたぜ。もしかしてずっと店の周りにいたのか?」

 坊主はまた返事をしなかった。気のせいか、口もとが震えているように見えた。
 何だろう。こいつを見ていると何かを思い出してしまう気がする。
 俺は一歩近づいて坊主の前にしゃがみ込んだ。

「なあ、お前、何で店の前にいたんだ?何を見てた?客か?食べ物か?・・・両方か?」

 子どもの細っこい身体が震えた。両方の頬に光る筋が出来た。泣かしたのは俺なのか。いや、きっとそうじゃない。昼間からこいつの中に溜まっていた何 か・・・きっと原因はそれなんだ。泣くのを我慢するように口を押さえた小さな握りこぶしをそっと外した。

「お前、どれを食いたかったんだ?外に並べといた見本、どれも旨そうだったろう〜。あれはオーナーが全力で考えた最高のメニューだったんだぞ」

 涙が溢れた。

「食べたかったんだ・・・全部!母さんと約束してたんだ、クリスマスに行こうねって・・・・でも・・・でも、母さん、ちょっと具合が悪くなったから・・・ 病院にいるから・・・・それに・・・お金だって足りなかったから・・・・・・」

 途切れがちに言葉を出しながらそれでも泣くのは堪えようとする姿が・・・胸にきた。子どもだから泣けないってこともある。涙を流せばその分楽になるなん て、きっとまだ知っちゃいねェんだ。

「・・・中に入って・・・・全部食べたかったんだ・・・・誰かと一緒に・・・・」

 まだ幼い手が俺の前に突き出して開いて見せた財布の中身には札が一枚と小銭が数枚入っていた。コンビニにでも行って少し豪華な弁当とイチゴがのった ショートケーキ、それから炭酸たっぷりのドリンクのボトル。それだけ買うのにぴったりなくらいの金額だと思った。もしかしたらアイスクリームも買えるか な。

「誰かってさ、お前、母さんと食べたかったんだろ。店の中は恋人たちばっかりだったもんな〜。お前が仲間に入ってもあてられるだけだ」

 俺が財布を閉じてまた手の中に握らせてやると、坊主は堪えきれなくなったように泣き出した。クリスマスか。思い出してみれば時々楽しめなくて切ない年も あったよな。誰のせいでもなくてただ運が悪かったとしか言えないんだけど、理由はどうであれその切なさはたくさんあったはずの幸せ以上に心に食い込んでい る気もする。
 子どもはなかなか泣き止みそうになかった。だよな。我慢し続けた分の全部が溢れてるんだもんな。

「なあ、お前、ちょっとここで待ってろよ。できるだけ急いで戻るからな!」

 泣いている全身が震えているから頷いたんだかどうかもわからない。俺はもう一度念を押してから場を離れた。道路を渡る前に一度振り向くと、ツリーのそば で泣いている姿のほかにツリーの反対側から離れていく姿が見えた。ほっそりしたシルエット・・・あれは・・・もしかして・・・・・。でも俺はもう振り返ら なかった。一目散に走って店の裏口から駆け込んだ。驚いたような顔のオーナーが廊下に顔を出した。




「ここ・・・・・?」

 坊主は恐る恐るといった感じで階段を見上げた。両手に袋を提げていた俺は顎で上を示した。

「先にのぼれ。のぼったら一番奥の部屋だからな」

 俺の顔と階段を見比べていた坊主はやがてようやく階段をのぼりはじめた。わかるけどよ。知らない人について行っちゃ危ないのはいつの世の中も同じだけ ど、この頃はとにかく幼くて弱い子どもを狙った嫌な事件ばっかりだもんな。
 ちょっとでも安心させるためにポケットから鍵を取り出させて開けさせた。鍵は渡したままにしておいた。出て行きたくなったらいつでも出て行ける。それを わかってほしかった。
 中を覗くようにして入っていく姿の後ろから部屋に入った。

「ただいま〜・・・・・と、誰もいないよな」

 癖になっていた挨拶を止められなくて汗が噴出した。そうだ、俺は一人暮らしだけど厳密に言うと一人じゃないというか・・・。忘れてた、ゾロのことを。

 ボコボコッ

「あ〜、とにかく、ベッドでもテーブルでも好きなところに座ってろよ!」

 聞こえてきたかすかな空気の音にかぶせて言った俺の声は半分叫んだも同然で、坊主は目を丸くした。危ない。俺は首を伸ばしてゾロの方に懸命に目で訴え た・・・『黙ってじっとしてろ!』って。でも悲しいかな、ゾロはマリモだ。言ってみれば無表情な野郎だ。わかったんだかわかってないんだか、そもそも返事 をしてるのかどうかもわからない。俺は慌ててガサガサと音を立てながらキッチンに荷物を運び込んだ。

「お前はまだ子どもだからさ、食前酒ってわけにはいかないけどな。ちょっとだけ気分出してやるよ。飲んでみな。綺麗な色だろ?」

 子ども向けの炭酸水にカシスを数滴垂らしてやった。アルコールと水と炭酸の泡が良く見ると面白い動きを見せてくれる。坊主はトールグラスに額をくっつけ るようにして覗き込んだ。

「で、お前、名前、何ていうんだ?知らないとどう呼んでいいか困っちまうんだよね。あ、俺はサンジだ。今日お前が覗いてたあの店で働いてる。コックだ」

 サラダにスープ、余分に仕入れておいた肉、魚、フランスパンに前菜、デザートのケーキ各種とホイップクリーム。袋から次々に取り出した品をまた丸くなっ た目が追った。

「俺・・・トシ。サンジ・・・コックなの?」

 いきなり呼び捨てかよ。ま、『おじさん』とか呼ばれるよりはいいか。

「そうだ。なかなか腕がいいコックなんだぞ。これからお前に今日のコースの料理を全部食べさせてやるからな。もちろん、ちゃんと代金はもらうぜ。心配する な、これは今日のために余分に買っておいた食材で、余った今はもう処分価格だ。全部ひっくるめて1000円でいいぞ。オーナーに領収書を書いてもらってき たから、あとでちゃんと俺に払えよ」

「え・・・・?」

 トシは口をぽっかりと開けたまま俺を見た。思わず笑っちまった。

「あのツリーんとこでお前に言ったろ?『食いたいなら食わせてやる』って。それがコックの仕事だからな」

「でも・・・まさか全部・・・・・ほんと?」

「おおよ!だからそこでど〜んと待ってろ。すぐ準備するから」

「うん!」

 すごくはっきりしたいい返事が返って来た。涙の筋を何本もつけたトシの顔に笑顔があった。そうだ。子どもはこんくらいの顔が一番いい。こいつ、俺がチビ だった頃よりずっと素直そうだよな。きっと母さんもいい人なんだろう。
 それから小一時間。トシの顔から笑顔が消えることはなかった。出してやった料理の一つ一つにいちいち驚いた顔をしてから夢中になって食べてくれた。俺に とっても楽しい時間だった。疲れていたはずの身体はまだピンシャン動いた。食べることってやっぱり幸せに直結してんだな。それを実感できた。トシがデザー トに取り掛かりはじめた頃になってミナミちゃんのことを思い出した。残念だったのは確かだけど・・・でも、今の俺はなかなかいい感じのクリスマス・イブを 過ごしてんじゃねェかな。こんなに嬉しそうにおいしそうに食べてもらえて、料理人の妙味ってやつだよな。
 ケーキ類がきれいに食べつくされた皿をさげて戻ると、トシは頭をテーブルに載せていた。・・・・眠ってやがる。お腹が膨らんで気持ちよくなっちまったに しても早すぎねェか?ほとんど一日外にいていろんなことを考えていたんだろうな。小脇に抱えてベッドに下ろしても全然目を覚まさなかった。

「さすがにくたびれちまったなァ・・・・」

 椅子に身体を投げ出すとゾロがふわりと浮き上がった。

「コレガオマエノトクベツナヒナノカ?サンジ」

 ああ、そういえば朝、そんな会話をしたよな。

「う〜ん、ちょっと想像したのとは違ったんだけどよ。でも惜しかったんだぜ・・・多分な。そのうちすっげェ可愛いレディを連れてきて見せてやる。あ、け ど、その時はまたじっと静かにしてろよ」

「・・・オレハベツニオマエトハナセレバソレデイイ・・・」

 ゾロの呟きは耳に心地よく響いた。

「こんなのもいいよな。俺さ、今夜はトシを旨いもので腹いっぱいにしてやれた自信があるんだ。店でもかなりの人数に料理を食べてもらったけど誰がどういう 風にどんな顔で食べてくれたのかわからなくてさ。だから今が一番充実してる気がする」

「・・・オレハクエナイカラナ」

 ゾロが肩を落とした・・・そんな気がした。

「何落ち込んでんだよ、クソマリモ。お前はもしも食えたとしても絶対素直に『美味しい♪』なんて言えねェさ。だから今のお前でちょうどいいんだよ。小さく て丸くて・・・邪魔にならない」

 本当はもっと別の言葉を言ってやりたい気がした。
 お前がそこにいるから・・・部屋に帰ればちゃんといることがわかってるから。そのことが俺を実は強くしている部分がある。俺はちゃんとそれを知ってる。 でもお前はもしかしたらそれに気がついていないのかもしれねェな。・・・・まあ、教えるつもりもないけどよ。

「冷えてきたよな〜。明日は雪が降るかもしれないって言ってたぜ。お前、雪を知ってるか?」

「ユキ・・・・・ミテミナイトワカラネェ。シッテルヨウナキモスルガ」

「そっか〜。じゃあ、明日は雪が降ればいいな。あれは空から落ちてる間が一番綺麗なんだ」

 水の中でゾロがクルリと回った。

「サンジハユキガスキナノカ?」

「ああ。餓鬼の頃にはもっとたくさん雪が降る街にもいたからな。寝転んで空から落ちてくる雪を眺めてるのが一番好きだった。あとはまだ誰の足跡もついてい ない雪野原」

「ソウカ。・・・ジャア、ユキガフッタライイナ」

「おう!」

 こんな風に話していると時々ゾロが人間じゃないことを忘れる。そんな自分には笑っちまうけどこういう時間は嫌いじゃない。
 クリスマス・イブ。運がよければサンタがプレゼントを置いていってくれる日。
 俺はもう子どもじゃないけど、今夜はひとつ願ってみよう。明日、朝目が覚めたら雪が降っていますように。もしもかなったらものすごくでかいクリスマス・ プレゼントだ。もらえたらゾロと一緒に眺めよう。

 その夜。ベッドを占領されちまって仕方なく床に寝た俺は寒かったんだろう、夢の中は雪景色だった。さらさらの雪の上でゾロが転がったら緑の部分がだんだ ん白に埋まって大きな雪だるまになってしまった。それが身体に乗っかってきて重くてうんうん唸っていたら目が覚めて、しばらく自分がどこにいるのかわから なかった。
 ふと見るとカーテンの向こうがやけに明るい感じがした。予感がした俺は飛び起きて窓辺に走って行ってカーテンを開けた。

「見てみろよ、ゾロ!」

 俺の顔には多分勝利の微笑が浮かんでいた。

2005.12.17

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