Daybreak 7

 雨はいつの間にかやんでいたようだ。
 店を出てとぼとぼと足を運ぶ5人の顔にはそれぞれに何かを考えているような表情があった。
 悟空は早く話をしたくて待ちきれず、悟浄は 柚螺がよろけるたびに支えてやれるようにさりげなく細い身体に身を寄せ、八戒はそれぞれの様子を確認するように静かに視線を動かしていた。 その八戒の視線はやがて悟浄と悟空の間にいる 柚螺と八戒に背を向けて先頭を行く三蔵の後姿の間を往復しはじめた。悟空と悟浄のやりとりに耳を傾けながら口元に笑みを浮かべている 柚螺。無言でただ先を行く三蔵。二つの姿の間に繋がりかけている細い糸が見えると思うのは八戒の錯覚だろうか。三蔵はきっと・・・。
 八戒が思考を止めた時、5人は古ぼけたアパートの前に立っていた。

「着きました。びっくりしましたか? 柚螺さん。ここが僕たちの住処なんです」

 店からゆっくり歩いて10分。2階建て。今は余り見かけなくなった外階段で2階に上る構造。築年数不明・・・なほど老朽化して見える建物だった。

「ボロッちぃだろ。でもよ、中はちょっと違うから安心して」

「ただいま〜っと」

 三蔵を追って階段を上っていく悟空は振り向いて大きく手を振った。

「ほら、早く来いよ〜。悟浄、ちゃんと 柚螺をおんぶしてやれよ!」

「ふふ。悟空、すっかりあなたのことを妹扱いしてますね。妹と言うよりも双子、でしょうか」

「ガキ猿だからな〜、いつまでたっても。どら、 柚螺ちゃん、のっかれる?しっかりつかまれよ」

 遠慮する 柚螺の身体を八戒の手がそっと悟浄の背中の上に押しやった。

「どら、ヨッコイショっと。あらら、 柚螺ちゃん、ちょっと軽すぎんじゃねぇ?」

 悟浄の背中の上はとても高かった。急に視界が開けて思わず悟浄の服をしっかりと掴む。

「だーいじょーぶ、落っことしたりしねぇから。ちゃんとくっついててね」

 背中に感じる 柚螺の体温は想像していたよりも熱く、微熱があるのだろうと悟浄は思った。
 悟浄の長い髪から漂うのは煙草の匂い。大きな背中としっかりした腕に包まれた感じは 柚螺が思っていたほど怖くはなかった。

柚螺、こっち!ここが俺と三蔵の家」

 開けたドアの前に立って瞳を輝かせている悟空に八戒は破顔した。『家』・・・悟空はこの古いアパートの部屋をいつもそう呼ぶ。そしてあの大きな邸宅のこ とは『あの家』と呼ぶ。居住年数はまだ同じくらいのはずなのに。
 入ってきた四人を見た三蔵の顔をよぎった表情から「なぜこっちに?」という疑問が読み取れた。いつもなら口にしていたそれを出さなかったのは三蔵なりの 気遣いだったかもしれない。

「三蔵と悟空のところは、ほら、居間においてあるソファーがベッドの形になりますよね。さあ、セットしてください。いつでも横になれるようにしておくと 柚螺さん、楽でしょうから」

「そーそー。ちょっとばかり熱もありそうだしな」

「え、熱?じゃあ俺、桃缶探さねぇと」

 悟空はすばやくキッチンコーナーに姿を消し、三蔵は半分おさえた仏頂面でソファを変形した。

「じゃあ、僕たち、着替えてきますね。あと、何か身体があったまるものを作ってきますから」

「飲み物もまかせろ。一っ走り買ってくるからよ。だから、三蔵、 柚螺ちゃん頼んだぞ。小猿と一緒に面倒見ろよ」

  柚螺の身体をそっとソファに下ろした悟浄は耳元で静かに「大丈夫」と囁くと出て行った。
  柚螺は少し離れて立っている三蔵を見上げた。紫暗の瞳に浮かんでいるものは何だろう。何か深く物思うように無言のまま 柚螺を見ている瞳。吸い込まれるように見入っていた 柚螺は三蔵が動いた時思わず身体をかたくした。

「・・・すぐ戻る」

 低い声で一言残した三蔵は左側のドアを開けて中に姿を消した。入れ替わるように小ぶりの器をのせたトレーを運んできたのは悟空だった。

「あったあった!この間見つけて買っといたんだ!でも、良く考えたら俺も三蔵も丈夫だからさ、なかなか開けられなくてがっかりだったんだ」

 ほら、という感じで目の前に差し出されたものを 柚螺は見つめた。白いボールの中に盛られている柔らかな色のつややかなもの。『ももかん』と悟空は言っていただろうか。フォークが添えられ ているところを見ると食べ物なのだろう。甘くてさわやかな匂いが鼻腔に流れ込んでくる。

「食べねぇの? 柚螺、桃、嫌い?」

 もも。名前の響きも柔らかい。悟空は笑顔で 柚螺の隣に座るとトレーを自分の膝にのせた。

「じゃあさ、食べやすいように切ってやるよ」

 金色の先端が『もも』の表面からするりと中に沈んだ。すっすっとフォークを動かす悟空の横顔はとてもあたたかく楽しそうで、きっと悟空も誰かに同じ事を してもらったことがあるのだろうと、ふと 柚螺は思った。

「ほら、できた!」

 悟空が小さな一切れをフォークに刺して差し出した。受け取ろうと手を動かすと笑って首を横に振る。

「口、開けて。そしたらもっとうめぇから」

 躊躇った 柚螺は悟空の顔を見た。大きく頷いた笑顔が眩しかった。
 ゆっくりと口を開けたとき、 柚螺の両手には力が入り握りこぶしを作った。そこに悟空が器用に甘い香りのするそれを入れてくれた。閉じた口の中に広がる甘さと鼻を抜ける 匂い。目を丸くした後に微笑んだ 柚螺を見て悟空はまた一切れ差し出した。



 電源を入れた端末にそれを示すランプが光った。すると何もしていないのに画面が動いた。

<お帰りなさい、江流。一週間ぶりですね>

 スピーカーから流れてきた穏やかな声に三蔵は一瞬目を閉じた。相手に三蔵のこの顔は認識できないとわかっているからこその一瞬だったのだが。

「聞きたいことが・・」

 言いかけた三蔵の声を遮るようにその声は言葉を続けた。

<あ、お知らせしておこうと思ったんですが、そちらの町にちょっと面白い子が入るように手配しました。センターに直接搬送されましたからあなたが会うこと があるかどうかは運しだいですけどね。その子の特徴としては・・・>

「口がきけない、ということか?」

<ああ、会いましたか、 柚螺に。そうなるといいと思ってこっそり操作したんですよ。今の状態のわたしにはそのくらいしかできることはありませんからね>

 言葉に続いた笑い声さえも、三蔵の記憶の中のそれとすべてが同じで。電子と言う形に変わった魂と言うのは果たして真に現実なのか・・・三蔵は心の中で数 年かかっても答えが出ない疑問をまた思う。

<あの子はとてもいい子です、江流。だから、できれば何とかしてあげたい。声が出ないと言うのはナンバーズにとってはかなりのハンデになりますから>

「・・・わかった・・・結局は本人しだいだが」

<そうですね。その通りです。あなたはただ心に触れるものがあるかどうか、ただしっかり目を開いていてください>

 『二人』は同時に通信を切った。
 三蔵は再び目を閉じた。今度はしばらくそのまま閉じたままでいた。

2006.5.28

Copyright © ゆうゆうかんかん All Rights Reserved.