貸切2(オマケ)

「ちょっと意外でした・・・考えてみたら当たり前ではあるんですけどね」

「んあ?」

 案の定湯あたりして目を回してしまった悟空と三蔵を寝かせた後、その呼吸を確かめるように耳を澄ましていた八戒と悟浄だった。すぐに眠った悟空と不機嫌 そうな言葉を呟いているうちに耐え切れずに目を閉じた三蔵。
 もしかしたら三蔵は僕たちに寝ているところを見られるのがイヤなのかもしれませんね。
 そう推測した八戒は三蔵が寝付くまでわざとコーヒーを淹れたり台所の後片付けをしたりとなるべく三蔵のそばに近寄らないようにした。悟浄は悟浄で椅子に 座ったまま眠ったと思っていたら実は狸寝入りだったらしい。これもきっと三蔵を眠らせるためだったのだろう。

「いえ、さっき温泉で見た三蔵の傷・・・・。結構残ってましたよね、三蔵、身体に」

「これでも一応生身の人間だしな〜。でもあれだな。背中に受けてるヤツの方が断然多かったよな」

「三蔵を正面から傷つけるのは難しいってことですね。三蔵法師だというだけで狙われることも多いんでしょうね」

「だからよ、きっとこんな生臭くてキナ臭い野郎が三蔵法師をやってんだろ。こいつ以外の三蔵ってどんなだろうな。普通のヤツもいるのかね」

 一見細身に見える三蔵の身体は鍛えられた無駄の無い筋肉に覆われていた。その筋肉質な身体のあちこちに恐らく一生消えることのない傷跡が思いがけない数 だけあった。12歳から『三蔵』である存在。その名前の重さをちょっと覗いたような気分で八戒は改めて三蔵法師という存在の非凡さを思った。
 もしかしたら心の中にはもっと深い傷があるのかもしれませんが。
 生真面目な寝顔。眉間に皺のない三蔵の顔は普段とはかなり印象が違う。

「しっかし黙っておとなしく寝てるとやっぱ『美人』の部類に入るよな、こいつ。なんか嘘くせぇ」

 悟浄も印象の違いを感じているのだろう。どことなく照れくさそうに煙草に火をつけた。

「三蔵は・・・いつもどこか研ぎ澄まされた感じを漂わせてますからね。まあ、僕たちはそうじゃない三蔵を時々おすそ分け程度に見せてもらってますが」

 悟空と温泉の中で寝こけていた三蔵の寝顔の穏やかさ。
 喜んだ悟空に飛びつかれて慌てて振りほどく時の口元の動き。

「にしても小猿の方は思い切りツルツルお肌だったよな」

「まだ子どもですから・・・・でも・・・もしもあの『500年』の話が本当だとしたら・・・悟空は本当に傷を負ったことがないんでしょうか。それとも傷つ いても跡形も無く治ってしまう、とか・・・」

「どっちにしても無邪気なもんだ。騒ぐだけ騒いで寝ちまいやがって」

「ふふ。いい遊び相手がいましたから」

「誰だ?そいつ」

「わかってるくせに」

 悟浄は答えず煙を吐いた。
 その時、悟空の小さな身体が寝返りを打ち、三蔵の方へ転がった。

「あらら」

「まったく、甘えっ子さんですね、悟空は」

 身体を覆っていた自分の毛布から飛び出した悟空の身体は三蔵の毛布の端にのっかったのだが、手でその毛布を探りあてた悟空は眠ったままもぞもぞと三蔵の 毛布に入り込んだ。それから三蔵の肩に額を数回こすりつけ、満足したように丸くなった。

「ガキだな。・・・っと?」

 三蔵が一瞬顔をしかめた。慌てた八戒と悟浄が息をひそめて見ていると、やがて三蔵は温かい悟空の体温に惹かれるように悟空のほうに向き直って額を寄せ た。

「うわ!まずいぞ、八戒。こんな親子猿の場面を目撃したことがバレたら三蔵に撃ち殺されちまう」

「しょうがないですね。僕らも寝ましょうか」

 答えながら八戒は眠っている二人の顔を静かに見つめた。
 親子・・・とはちょっと違いますよね。三蔵、悟空からあたたかさをいっぱいもらってるみたいです。そうですね・・・これはどちらかといえば子どもと子ど も・・・いや・・・存在と存在、ですね。
 悟空が悟空だから、三蔵が三蔵だから。
 きっと。

「明日は朝風呂もいいですね」

「もしかして結構温泉好きってやつ?意外と」

「誰もお腹の傷を気にしませんしね。それに今日は踵をこするのを忘れてたんです」

 悟浄は八戒が差し出したものを見た。

「ソレってあの踵がツルツルすべすべになるアレ?石みてぇだな」

「気持ちいいんですよ〜、軽石。見た目と違って水に浮いちゃうくらい軽いんです」

「フ〜ン、ぷっかぷかねぇ〜」

「そう。ぷっかぷかですよ」

 笑った悟浄の顔を見ながら八戒は眩しそうに目を細めた。
 微笑を返した八戒の顔を見た悟浄はその柔らかさに口角をゆるめた。

 きっと僕たちも・・・それぞれがそれぞれだから。
 悟浄、悟空、三蔵。どこを見ても眩しさは変わらない気がして八戒は心から笑った。

2006.4.12

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