ゴロリ、と三蔵が床に横たわった。そのままゆっくりと片手を上に伸ばす様子はまるでそこに何かが見えているように感じられ、悟空、悟浄、八戒もつられるよ うに天井を見上げた。もちろん、そこには電灯以外何もなかったが、三蔵はその光に向かってさらに指先を伸ばしたように見えた。
どこか焦点がはっきり定まらないような視線を向け、穏やかな顔で。
3人は思わずその表情に見惚れた。
「ええと・・・・ですね」
「・・・・もう酔ってんだな、こいつ」
「え?酔ってるの?三蔵」
三蔵の唇が浅い曲線を描いた。
「酔うのは簡単だからな・・・・お前らと飲んでる時は」
やわらかな表情、やわらかな声、やわらかな言葉。
「・・・余計なことは何も考えなくていいからな」
ふわり、と言葉を続けた三蔵はそのままゆっくりと目を閉じ、やがて伸ばしていた手はその胸の上に落ち着いた。
「ええと・・・寝ちゃいましたね、三蔵」
「まあ、その・・・寝たな」
顔を見合わせた八戒と悟浄の横をタタタッと通り過ぎ、悟空は三蔵の身体にそっと毛布を掛けた。それからじっと三蔵の顔を覗きこみ、振り返ると顔いっぱい に笑った。
「すっげェ気持ちよさそうに寝てんな、三蔵!」
「・・・・この眠りも起こすと爆弾が爆発することに変わりはないんでしょうかねぇ」
「さっきはなんつぅか・・・・えらく素直な顔してたけどな」
「うん、三蔵、綺麗だった!」
日頃三蔵の表情の一番表を覆っている警戒心や眉間の皺の類がひとつも見当たらなくて。電灯の明かりを月の光のように浴びて。確かに、それは『綺麗』とい う言葉で形容するにふさわしいものであったのだが。
悟浄は苦笑しながら頭を掻き、八戒はクスリと笑った。
「それはそのまま三蔵には言わない方がいいですね、悟空」
「ハリセン喰らうぞ、間違いなく」
「う〜ん、そっかなァ」
首を傾げながら悟空はまた三蔵の寝顔を眺めはじめた。その後姿に感じるものが、悟浄、八戒それぞれにあったのだが、2人はそれを自分の中にそっとしまっ た。
「やっぱり疲れてたんでしょうね、三蔵。傷口、やっとふさがったばかりですから。まだ流した血の量を補うだけの食事はできていない気がしますし」
「そのわりにビール空け続けて煙草、吸い続けてたけどな」
「痛いなんて言葉は知らないって顔をしてね」
「そのくせ、いつもみたいにジープの上で昼寝しなかったのは、あれ、絶対に傷が疼いてたんだよな」
「一応寝たフリはしてましたが、姿勢が良すぎてバレバレでしたよね」
その三蔵の後姿を、じっと悟空は見つめていたのだ。時々悟浄と普段どおりに騒ぎながら、腹減ったと叫びながら、その金色の瞳は黙って三蔵に向けられてい た。
三蔵もその悟空の視線を感じていたのだろうか。それとも、痛みに耐えるのが精一杯で他の事に気が回らなかったからなのか・・・・・騒ぐ悟空を1度も叱り もせず、銃を向けもしなかったのは。
「何泊かしていきましょうか。ここの温泉、外傷によく効くらしいですよ」
「よっしゃ!そうと決まったら、俺らももう少し飲んじまわねぇ?」
「そうですね、ビールやめてお酒にしましょうか。三蔵には半分くらい取っておけばいいでしょう。で、怪我人らしく、明日悟空とチビチビゆっくり飲んでも らって」
「この頃、酒入ると暴れんぞ?あの猿。ゲタゲタ笑いが止まらなくなってよ、浮かれっぱなしになりやがる」
「それが、いいんですよ・・・・悟空にも、三蔵にも、そして僕たちにもね」
三蔵は人間だ。自分達と比較すると遅い傷の治り具合に、その当たり前のことに改めて気がついてしまったこんな時には。
じっと悟空が見守る前で、三蔵がほんの一瞬、微笑んだように見えた。
「・・・朧、ですかね、この感じは」
「お、なんか酒と相性がいい言葉だな」
たまにはこうして暮れていく夜もいいかもしれない。
3人はそれぞれの想いを少しだけ浮かべた瞳で、穏やかな寝顔を眺めた。