競(きそい)

「あれ・・・・眠ってたっけ?俺たち」

 宿の一室。部屋の中央に置かれたコタツの4辺をそれぞれ占めていた4人は、覚醒具合に差はあったが同時にもぞもぞと動きはじめた。
 少しだけ頭を持ち上げていた悟空はふと思い当たり、思わず立ち上がりかけてコタツを震度5程度に揺らした。

「ああ〜!来ちゃったじゃん!新年!」

「はァ〜?」

 悟浄は右手で頭を掻きながら、左手は器用にポケットの煙草を探っている。

「あ、そうですね。おめでとうございます、悟空、悟浄、三蔵」

 眼鏡の位置を直した八戒は笑顔になった。

「あ!初笑顔!」

 悟空は嬉しそうに両手を擦り合わせた。

「何だ、それ?」

 煙草は引っ張り出せたがライターが見あたらない悟浄はついに両手を総動員した。

「だからさ、八戒、今年初めての笑顔だったろ?初笑顔!」

「何だかちょっと照れ臭いですね」

「ま、初なんたらの中では、マシなジャンルだな」

「まだまだその段階には遠い方もひとりいらっしゃいますからねぇ」

「へ?・・・・ああ、三蔵か」

 コタツの上に突っ伏したままの三蔵の、ごく僅かな金髪の揺れが覚醒への第2段階に入ったことを示していた。

「さてと・・・・まだ朝までちょっとありますが、初コーヒー、淹れましょうか」

「お、のったのね、お前。んじゃ、俺は初煙草・・・っと」

 ようやく見つけたライターを尻のポケットから出そうとした悟浄に、八戒は深い笑みを向けた。

「初禁煙とか・・・・そっちにつられちゃってくれてもいいんですけどね」

「ご冗談。これがあってこその1年だろ」

「あ、じゃあ、俺、初手伝い〜!・・・・でも、その前に初トイレ!」

「トイレ教えるなんてガキみてぇだな。いいか、トイレのよ、その・・・詳しい状況はいちいち数えんなよ!」

 ピクリ。
 三蔵の肩が動いた。
 八戒はコーヒーの粉をセットし、悟浄は細く煙を吐いた。

「か〜!美味いねぇ、初煙草」

「あ、悟浄、ちょっとコタツの上、片付けてくださいね。カップのせる場所、あんまりないですよ。美味しいクッキーも出しましょうね」

「ヘイヘイ、初片付けね。でもよ、コタツの上の4分の1をふさいでるのってよ、三蔵の頭じゃねぇ?俺、これは片付けんのご免だぞ」

「『初』の中ではあまり体験したくない光景に繋がりそうですもんね・・・・。いいですよ、その他4分の3が片付けば十分です。あ、みかんも出しといてくだ さい」

「はいよ」

 みかんを探しに悟浄がコタツを出たその時、ゆらり、と三蔵の頭が持ち上がった。
 ツツツ・・・・・
 さりげなくミカン探索の足取りを速めた悟浄の狙いは、恐らく三蔵の視界から消えること。そう読んだ八戒は微笑を深めながら三蔵の前に立ち、身体を屈め た。

「おはようございます、三蔵。それから・・・・・」

「あ〜〜〜〜っ!待って、八戒!あのさ、あのさ!俺、言いたい・・・!!」

 トイレの方向から猛ダッシュしてきた悟空は両手を細かく振っていた。恐らく急いだためにちゃんと手を拭いてこなかったのだろう・・・・・冷静な判断を下 した八戒は1歩下がって間を置いた。

「三蔵!あのさ、新年・・・・」

 そして恐らく、今の悟空に見えているのは三蔵の顔だけで。
 予想した八戒はさらに2歩、下がった。

「おめ・・・・うわ?!」

 やっぱり。
 悟空はコタツの布団の端に足を引っ掛け、頭からバッタリと三蔵目掛けて倒れこんだ。

「・・・・・・」

 三蔵はゆっくりと首を回し、自分の膝の上にのっかった悟空の頭をぼんやりと眺めた。
 クシャ・・・・
 無意識の反射で三蔵の手が悟空の元気に跳びはねているクセッ毛をかき回す。これは何だった?・・・そんな表情を浮かべながら。

「ええと・・・・」
「はい、僕たち、見ちゃいけなかったかも」

 悟浄と八戒が息をひそめて見守る前で、悟空は顔を上げてニッコリと笑った。

「おめでとー、三蔵」

 深い紫色の瞳がじっと見下ろし、金色の瞳が無邪気に見上げる。
 一瞬、時が止まったような。
 そして3秒後、その錯覚は破れた。物騒な光が紫暗の中にともった。

「何やってんだ・・・・この、バカ猿!」

 スパーン。
 目にも留まらぬ早業で繰り出されたハリセンの音は冴えていた。

「やっぱりなぁ」
「ええ、『初』ハリセンは悟空が一人で貰っちゃいましたね」

 布団に突っ伏した悟空はやがて顔を上げ、自分の頭を撫ぜながら小さく笑った。

「痛いけど・・・・まあ、いいや、言えたから」

 出会ってから毎年、欠かさずに。そして、誰よりも最初に。
 満足気な悟空の顔に、三蔵は舌打ちし、悟浄は溜息をつき、八戒は沸いた湯を火から下ろした。

「とにかく、今年もよろしくということで」

「あ、餅焼くか?俺、バター醤油に海苔ね」

「うわ〜、俺、俺さ、砂糖醤油のヤツと黄な粉と、えっと大根おろしと肉たっぷりの雑煮と・・・・」

「・・・・汁粉」

「豆餅も捨てがたいですよね」

 それからはじまった大騒ぎは年の初めらしくどこまでも賑やかでどこまでも4人らしく、それぞれのペースの違いが心地よかった。

「これってどう言えばいいでしょうねぇ・・・・・『初食い気』?」

「『初笑い』くらいでいいんでねぇ?猿、笑いっぱなしだし」

「え、やっぱ『初餅』じゃん!すっげぇ美味ェ!」

「・・・・フン」

 三蔵は汁粉に手を伸ばしながらゆっくりと煙を吐いた。
 『初バカ(複数)』・・・・そんな言葉が頭に浮かび、これではそこに自分も含まれてしまうではないかと一瞬焦る。
 今年初めての煙草を灰皿の上で捻り熱くて甘い餡を一口含むと、自分を取り巻く3人の笑い声がさらに近くなった。
 今年もまた、こいつらと。
 三蔵は溜息をつこうと思った。
 でも、なぜか上手くいかず、代わりにごく小さな微笑が唇を通り過ぎた。

2007.1.21

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