寂 月

写真/雲間の月 ざわざわという大勢の人の気配と釘を打ち付けるハンマーの音、そして掛け声。そんなたくさんの音に背を向けて小さな家の横手へ回った男は三本の刀を抱えて ゆっくりと腰を下ろした。
 "海賊狩りのゾロ”。いつからか何処からかわからないまま着いてくるようになった呼称は初めは文字通りの意味を持っていたのだが、今は彼自身がその海賊 になっていること。その矛盾を時々指摘する仲間の言葉も無関心な彼には聞きとがめるほどの意味もなく、ましてや自分からそう名乗ったこともなくこれからも 名乗るつもりもないのだから意識する理由もない。実は天下の海軍本部がその矛盾を抱えたまま初頭の手配としては彼がいる海賊団の船長をも上回る額をその名 前に貼りつけたことも、彼はまだ知らない。
 それでもその名前がふと意識に浮かんだのはその名を呟いた声の方が耳に残っていたのかもしれない。

「"海賊狩り”だったわね、あなた」

 興味があるのかただのついでかわからないような表情の黒い瞳で。

 ゾロは壁に背をもたれて足を深く曲げた。
 運ぶだけの材木や物資を運んでしまうと束の間用無しになった。短時間でも睡眠を取ろうとする本能に逆らわず、見つかると阻止するに違いない航海士の目に 触れないようにここへ来た。見上げた空の雲間の月が気まぐれに清冽な光を海と地上に投げ落とす。

「死を望む私をあなたは生かした・・・」

 ふと蘇ったのは同じ声が言った別の言葉。他人の身体から勝手に手を生やし相手の戦闘力を無効化し、欠けた頭蓋骨に躊躇いなく手を伸ばして時を遡った知識 を掴み取り、平然とした顔で森の中に深く歩み入る。そんな人間がなぜ、と。
 人はどういう時に死を望むのか。『生き恥をかくくらいなら死んだ方がマシだ』と常に思っているゾロも自ら死を望んだことはない。逆だ。自分は死んでなど いられないと思う。約束と野望がこの胸の中にある限り。努力が強さへと続いている限り。悪魔の実の能力者。あの能力と真正面から向き合ったら恐らくゾロの 3本の剣は無力化されてしまうかもしれない。それはゾロにひそかな武者震いとともに心の底の熱さを感じさせる光景だったが、その相手が死を望んでいたこと がゾロには何となく腑に落ちない。
 理由を知りたい訳ではないが。
 ゾロは目を閉じた。
 ナミは怒鳴りながらもルフィの勝負の行方を気にかけているようだった。ゾロの中に不安は皆無だった。所詮は小物だ、ルフィにとっては。本当はナミもそれ をわかっているはずなのにそれでも不安になるのは多分一度ルフィとゾロが連中に『負けた』からだ。決してナミには納得できない理由で一度も反撃しない2人 の姿を見ているからだろう。説明するのも面倒だししたところで無駄だ。ナミがわかりたくないのであればそれでいい。
 半分意識が飛びはじめた時、気配を感じたソロは刀の柄に手を掛けて目を開けた。
 月明かりの下、少し離れた波打ち際に立つ暗い色を身に纏った姿があった。そこにゾロがいることを知ってか知らずか、視線を海の上に向けたまま、ただ立っ ている。とても静かとは言えない状況なのに、なぜか不思議と静寂さに包まれたように見える姿にゾロは黙って目を向けた。波を送る風が黒い髪をさらさらと揺 らす。

 ああ、こいつは女だったんだな

 初めて納得したようなゾロの心の中の呟きは、外に漏れることはないままどこかへ消えていった。

2005.10.5

空島編の最初、ルフィvsベラミーが展開している時間
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