紅 闇

写真/闇と紅葉 闇に紅い葉の色がぼうっと滲んでいる。
 その中でひときわ白く輝くようなロビンの顔を、ゾロは数秒の間、無言で眺めた。

「そこに座ってると、表情がよく見えないわ、ゾロ」

「・・・お前は闇の中でも隠れることはできねぇな。そこにいるのがすぐわかる」

「自分の誕生日だというのに迷子になっていたの?」

「さあな・・・・・別に毎回船でドンチャン騒ぎのネタになることもないだろ」

「何となく、あなたらしくない気がするわ」

「俺は・・・満足だがな」

 ロビンは首を傾げた。確かにゾロの声はいつもと同じ。特に不満も、ましてやがっかりしている気配はひとつもない。というより、むしろ・・・・その言葉ど おり、『満足感』のようなものを秘めているような気さえする。

「誕生日にはそれを理由に盛大にお酒を楽しむのが、あなただと思っていたわ」

「それも悪くはねぇがな。・・・・まあ、誕生祝いってのがあまり得意じゃない人間をわざわざ巻き込んでまで祝う価値なんてないんじゃねぇかとも思うしな。 迷子ついでに今日は大人しくしておこうかと思ってたところだ」

 誕生日を祝うことがあまり得意ではない人間。
 ロビンは闇色の服を着た自分の身体を見下ろした。ゾロが言ったのは、多分。確信しながら顔を上げると、ゾロの口元に笑いの気配を感じた。

「心当たりがありそうだな」

 こくりと素直にひとつ頷いたロビンは、すぐにゾロに強い視線を向けた。

「でも・・・・!でも、今年は・・・・!」

 パラリ、と黒髪が揺れた。
 搾り出すようなロビンの声に驚いたように、ゾロは腰を上げて片膝をついた。

「・・・・お前・・・?」

「今年は一緒に、本当に祝いたかったのに・・・」

 口から出た自分の言葉の勢いに驚きながら立ち尽くすロビンの姿を、ゾロはゆっくりと見上げた。
 少し離れたその場所に立っている女は、もしかしたら震えているのだろうか。
 年上で、物知りで、ブラックジョークが得意な女。
 よく知っていたが、それでもゾロはロビンの中に少女の気配を感じる。我慢し続けてようやく解放された無垢な魂。だから、もうできるだけ我慢はさせたくな いと思った。祝い事の席でいつも見せる艶やかな笑顔に嘘を感じてきたから、自分の番だけはそうさせたくなかった。
 だが。

「・・・・来いよ。ここは風が来ないから、寒くない」

 ゾロがいるのは巨大な木の洞だった。木々の中、すでに命尽きた巨木の腹にぽっかりと開いた穴。その中には周りの若木たちの枝から落ちた濃い色の葉に埋 まっていた。深い森の闇と幽かに届いている月明かり、そして葉の紅。そこに現れたロビンの白い顔は、冴え冴えとしながらどこか寒そうで、ただ美しかった。

「・・・・邪魔ではないの?」

 問いかける女の声に幼い少女のものが重なって聞こえた。
 恐る恐る。おっかなびっくり。拒絶されるのが怖くて最初から臆病な距離をとった声。

「祝ってくれるんなら、もう少しよく顔を見せろ」

 ロビンはそっと一歩、洞に足を踏み入れた。

「やわらかいのね、絨毯みたいに。それに・・・・とても紅い。あなたがこれまでに流した血、に見えるわ」

「俺が切ったヤツの血か?」

「いいえ・・・あなた自身が流した血」

「それなら踏んづけても大丈夫だろ」

 ゾロは手を伸ばしてロビンの細い手首を捉えて隣りに座らせ、自分は胡坐をかいた。壊してはいけないと思いすぐに手を離す様子は、火傷を恐れる仕草にも似 ていた。ロビンはその類似に微笑した。

「・・・お誕生日のお祝いを言わせて貰っていいのかしら?ルフィ達より先になってしまうけれど」

「お前のやり方で、ならな」

「わたしの?」

「面と向かうと言い難いだろ、お前には。だから、別に言葉じゃなくていいし、無理もしていらねぇ」

 ただ、そこにいるだけでいいのだと。
 そこまで口に出来なかったゾロはためらいながら口を閉じた。
 ロビンはじっとゾロの瞳を覗いた。

「もしもあなたが・・・・わたしの番のときに、あなたのやり方を見せると約束してくれるなら」

 祈るような、そして半分挑戦的なロビンの声に、ゾロは口角を上げた。

「それはいいが、俺はお前の誕生日を知らねぇ。お前はこれまで船の中の誰にも言わないで通してきたろ。それを破るのか?」

 ロビンはじっとゾロの瞳を見つめたまま、膝をついて身体を寄せた。
 ゆっくりと近づくぬくもりとしなやかな感触に、ゾロは息を呑んだ。
 静かに、音なく、ゆっくりと。
 ロビンの瞳に宿る光が、彼女自身の緊張を伝えていた。
 そっと伸ばした手をゾロの肩に置き、ロビンはゾロの耳に唇を寄せた。
 ピアスが揺れ、少しかすれた囁き声が甘くゾロの耳孔を満たした。
 聞き取ったゾロは、指先をロビンの頬に触れ、黒髪を揺らした。

「誕生日をくれたのか、お前の。俺は、多分、お前の時、そんな大層な贈り物にみあっただけのものなんて返せねぇぞ」

 ロビンは自分の頬に触れているゾロの指に手を重ね、目を閉じた。

「あたたかいわ・・・・・あなたはいつも、あたたかい。わたしはこれさえ貰えればいい。あなたの手が、とても好きよ」

「手、だけか?」

 ロビンは静かに首を横に振った。

「わからない・・・・わたしは母親以外の手に触れて欲しいと思ったのは初めてだし、それ以上を望むと自分がどうなってしまうのかわからないから」

 ゾロは手を返してロビンの手を包み込んだ。

「望んでみろ、もっと」

 ロビンは微笑した。

「でも、今日望んでいいのはあなたよ。年に1度の誕生日なのだから」

 ゾロはもう片方の手をロビンの頬に添えた。

「お前が望め・・・・・それが俺の望みだ」

「相変わらず・・・・ずるくて優しいわ」

 2人は互いの瞳を覗きあった。

「・・・・キスをしてくれる・・・?この間の、あのキスみたいに」

 これまでに1度だけ交わしたことがある口づけ。それは最近のこととは言えないが、それでもその記憶は2人の中に新しい。
 ゾロの手の平の温度が、少しだけ上がった。
 すぅっと頬を撫ぜた手でゾロはそのままロビンの頭を抱いた。その瞳の強さに圧されるように、ロビンはゆるやかに目を閉じた。
 触れた唇は最初、外気の温度をそのまま伝えたが、すぐにゾロの熱さが代わりに流れ込んできた。
 熱かった。
 熱くて決してやわらかいとは言えないのに、触れ方も動き方も例えようがないほど優しかった。自分よりも遥かに年上の女を怖がらせないようにと心を砕くゾ ロ。手と唇が触れている場所だけではなく、全身がそのあたたかさに包まれていた。

「ゾロ」

 ロビンの手がゾロの腕をそっと引いた。甘えるように、無言で何かをねだるようなその仕草に応え、ゾロは両腕をロビンの身体に回した。
 唇は離し、ただ、抱いた。
 いつの間にか震えているロビンの身体を全身で包んだ。

「・・・・あなたに会えてよかった・・・・だから、お誕生日・・・おめでとう、ゾロ」

 ゾロは言葉では応えず、唇をロビンの髪に、こめかみに、額に、瞼に触れた。それが言葉よりも雄弁にゾロの中にある何かを伝え、やがてロビンの頬を一筋の 涙が落ちた。
 ゾロは、さらに強くロビンを抱いた。
 左頬の涙を指先で拭いてやり、右頬のものは唇でぬぐった。


 向きを変えた風が一筋、2人に向かって吹き込んだ。そして、ぴったりと身体を寄せ合う姿を通り抜けることができず、紅の葉を舞い上げながら諦めて去って いった。

200711.26

げんさんからいただいたリク エストは「ゾロ&ロビン。ゾロの誕生日を祝うロビン。
ロビンの誕生日を知らないゾロが尋ねる話」
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