夢 景

写真/雲海 これは夢だ。まるで夢のような景色だ。
 ゾロは心の中に浮かんだ言葉を苦笑する間もなく呟いていた。眩しさに目が慣れると辺り一面が白雲に埋もれ、海も岸辺も見るだけでは果たして実体がどのよ うなものか想像がつかない。その雲の中に木々の緑と家らしい建物が点在している様子は曲線でいっぱいのおとぎ話の風景に似ていた。子どもの頃に誰かが彼の 耳に吹き込んでくれた他愛もない言葉がふわふわと記憶をかする。
 上陸前にやるべきことを放り出して、それなのにちゃっかり着替えは終えたらしいクルーたちの姿を次々と見送る役目はいつものことで。サンジならさぞかし うっとりと眺めながら褒めちぎるであろうナミの姿も見慣れたものに思えたのに。女が陽の下に晒した胸元、肩、細い腕の白さが奇妙に気持ちを惹いた。
 構えを解いた。そんな姿に見えた。
 実際はそんなことはないのだろう。ニコ・ロビンの能力に服装は関係ない。肌の白さも傷ひとつない滑らかさも裏で生きてきた生き様をちょっと想像してみた い気持ちを起こさせる。それが不思議だった。
 甲板から上がってきたロビンは景色に目を向けたままゾロに意識を向けたのがわかった。束の間の沈黙は重くも軽くもなく、それでもロビンが息を吐く音が聞 こえた気がした。

「・・・・・・あなたは?」

 上陸しないのか、という意味の問いだということはわかった。けれどすぐに答えなかったのはロビンの顔に浮かんだ表情を測りかねていたのかもしれない。初 めて見るはずの光景に目を奪われている女の顔には・・・あるはずもないと思ったものがあり、どこかにあると疑うものが見当たらなかった。

「ああ、行くよ」

 短く答えるとロビンの顔にある穏やかさの中に何か子どものような明るさが通り過ぎた。

「航海や上陸が・・・・・・・・・冒険だなんて考えたことなかった」

 その言葉の意味はわからなかった。
 この女は何を思いながら海を渡っていたのだろう。海賊になる前のゾロならば新しい土地への上陸は挑戦と探し人につながる情報への可能性だった。ルフィに 出会ってからもその部分は変わらず、けれどそこに別のものも加わった。彼が船長と認めた男が進んで行く姿を見守る。この気持ちには期待という言葉を当ては めることができるだろうか。ともに旅をするクルーたちが増えて彼自身の役割も気がつけば増えて。けれど彼の進む道は大剣豪への道でありそれはルフィの海賊 王への道と平行に重なっている。結局はそれだけのことなのだ・・・今のところは。
 8歳から海に出て流れ続けている女。賞金首として追われるところからはじまった女の旅。自ら求めて海に出たのではないのなら、冒険という言葉を使う気に はならなかったのも不思議ではないのかもしれない。
 けれど女の瞳には弱さも恐怖もなく、狡猾さも演技も見えなかった。ゾロの目と心がそれを感じていた。

 降りたロビンの後姿を目で追いながら船べりに置いた手はするりと宙に滑り出した。頭から白い海に突っ込むゾロの耳に自分がたてた大きな水音が響く。

 あの女にも聞こえたか・・・?

 慌てて立ち上がったゾロが目に入った海水を拭うと背が高い姿が見えた。揺れる黒髪はロビンが彼の方を振り向いていたことの名残かもしれなかった。
 白い海の中でより白く見える肌がまたゾロの心を惹いた。
 この景色のせいだ。そう思った。

2005.10,21
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