島が見えた。ついに。
ゴーイングメリー号はまっすぐに船首を向けた。
白く渦巻く雪と風の中を進む船の甲板には、船長とクルーが集まりだしていた。
「冬島、冬島!チョッパー、雪だるさん、作れるぞ〜!」
さすがにいつもの袖なし服はもっこりとあたたかそうな上着の下に隠れていたが、それでもルフィの足はサンダルを履いている。
「大きいやつか?俺、作ったことねぇ!」
「なんだよ、お前、自分の島も冬島だったろ?よ〜し!ここはひとつこのキャプテン・ウソップが海の戦士の像を作るのを手伝わせてやろう!」
「ホントか〜?」
3人は待ちきれなくて船上で雪合戦をはじめた。
「まったくアイツらの元気さときたら・・・・・」
サンジは時折狙いを外して飛んでくる雪玉をのんびり足で蹴り壊しながら、コートの襟を立てて軽く身震いした。
「お〜い、
リン!一緒にやろうぜ〜!」
突然ルフィの片手が伸びてきて
リンの手首を捕らえた。目を丸くした
リンがそのまま宙を飛んでいく。
「コラ!このくそゴム!ちょっと強引すぎやしねェか、てめェ!」
「あらら・・・・。連れてかれちゃったわよ、いいの?」
ナミは新しいふかふかのジャケットにくるまっている。にっこり意味ありげに笑いかけた先には、以前はある王国の兵士たちへの支給品だった長いコートに身 を包んだゾロの姿があった。
「・・・・あぁ?」
ゾロは立ち上がるとゆっくりと身体を伸ばした。
甲板の雪合戦はどうやらルフィ&ウソップ組とチョッパー&
リン組に分かれたようだった。しなる腕で正確に雪玉を投げるルフィとパチンコで狙うウソップが最初は優勢だった。チョッパー は蹄で雪をうまく握ることができずくるくる逃げ回り、
リンはルフィとウソップの様子をじっと見ている。
「ほら〜!
リンとチョッパーがやられちゃってるじゃない」
言ったナミはゾロの口元にかすかな笑みが浮かんで消えたのを見た気がした。
「大丈夫、ナミさん。
リンちゃんたちはこれからさ!」
サンジが言った瞬間。
チョッパーが人型になった。そして
リンは背中から剣を鞘ごとはずして右手に持った。そして二人は視線を合わせてにっこりうなずいた。
「・・・・なるほどね、そういうこと」
リンが宙に跳びながら軽やかに移動して飛んでくる雪玉を切り捨て、チョッパーが強い腕で雪玉を連射する。
「うぉ〜〜〜〜〜!」
今度は逃げるのはルフィたちの方で、楽しそうに歓声をあげながら飛び跳ねた。いい勝負だった。
「なんだか楽しそうね」
見張り台からロビンの声が響いた。
雪まみれになった4人の笑い声は、これから上陸する島の幸運を約束しているようだった。
「なぁ、サンジ〜、俺、あれ食いてぇな〜」
無事に島に上陸し、船番にゾロを残すと他のものは思い思いに街に出た。
ルフィとサンジが買出し。残りはウソップとチョッパー、ナミと
リンとロビンの二組に分かれた。なかなか珍しい組み合わせだった。
「なぁ、サンジ〜!」
ルフィがとあるウィンドウの前から1歩も動こうとしなくなった。サンジはため息をついた。そのウィンドウには特大の真っ白にクリームで飾られたケーキが 陳列してあった。クリームの真ん中に赤い服を着た白いひげの人形ものせられている。
「お前、これはクリスマスケーキってやつだぞ。どっかの神様の誕生日を祝うもんだ。俺たちにゃ、関係ねェだろ」
「誕生祝なら誰が祝ってもめでてぇじゃねぇか。俺たちも祝ってやろうぜ!」
「お前はケーキ食いたいだけだろ!」
答えながらサンジは迷っていた。
ケーキを作ることには抵抗はない。ルフィだけじゃなくて他にも喜ぶ人間はいるだろうから、作り甲斐もある。久しぶりに材料が何でも手に入る状況だ。腕も 振るいたい。
(でもなぁ・・・・・・・)
ケーキを喜ばない人間もいる。
ゾロはいい。元よりゾロは甘いものをほとんど食べない。
もう一人。こっちが問題だった。
(なんで
リンちゃんは・・・・・・・)
サンジはとある夜の会話を思い出していた。
あの夜、サンジは夕食後の片づけをしていて、ラウンジには他にゾロしかいなかった。ゾロは船番を交代したところで、遅れた夕飯を食べていたのだ。淡々と 料理を口に運ぶ様子のゾロも、口元だけはたまにそのポーズを裏切って「旨い」という感想を見せてしまうことがある。その夜はそんなことが何回かあって、サ ンジは時々横目でいつもよりもゾロの様子に注目していたのだが。
「なぁ、ゾロ。なんで
リンちゃんはケーキが嫌いなんだ?」
しばらく前から気になっていたことが、思わず口をついて出た。
「はぁ?なんだ、あいつ、いらねぇって言ったのか?それとも残したとか?どっちにしても珍しいな」
ゾロは軽く答えた。
「いや、そうじゃねぇ。
リンちゃんは笑顔で一切れ全部食べてくれたさ。けどよ、なんか違うんだよな。こう・・・・・クリームのデコレーションのヤツ の時はいつもなぁ」
聞いているのかいないのか、ゾロはペースを乱さずに食べ続けている。
「自慢じゃねぇが、
リンちゃんは俺がつくるケーキでもペーストリーでも何でも好きだ。いつだって嬉しそうに味わって食べてくれてる。・・・だけ どなぁ・・・クリームのデコレーションの時だけはなぁ・・・・・なんだか辛そうなんだよ。クリームが苦手なわけじゃねぇと思うんだ。コーヒーやココアに のっけてあげたときは喜んでくれるし、他のデザートの時だって。ただなぁ・・・・・」
次第に誰に向かっているものなのかわからなくなってきたサンジの呟きが続く間に、ゾロはすっかり食事を終えて、熱い茶を一口すすった。
「のんびり茶ぁ飲んでんなよ。てめェ、
リンちゃんの・・・・ほら・・・つまり、あれだろ、あれ!好みくらい全部把握しておけよ〜」
面白そうにサンジの様子を眺めていたゾロは、ゆっくりと立ち上がった。
「あいつの好きにさせとけ」
「おい待てよ!俺は
リンちゃんに喜んで食べて欲しいから・・・・」
一瞬、ゾロの視線がサンジの瞳をとらえた。そこには思わずサンジが口を閉じたくなる光があった。
「分相応って言葉があんだろ・・・あいつにとっちゃごてごてのケーキはそれじゃねぇって心ん中に刻み込まれてるんだろうよ」
ゾロは言葉が終わるよりも先に姿を消していた。あとには言葉の意味がまったくわからないサンジだけが残された。
あの夜のゾロとの会話以来、サンジはクリームで飾ったケーキを作っていない。
「なぁ、サンジ〜」
横には子供のようにせがむ船長がいる。
(なんかいい方法、ねェかな・・・・)
気分転換に煙草を咥えたその時、サンジはひとつ、思いついた。
(これなら・・・・いける!)
「ルフィ、ナミさんたちを探すぞ!ちょっと特別予算を許可してもらおう。大きなケーキを焼いてやるよ」
「うほ〜〜〜〜!よ〜〜し、ナミ〜〜〜〜〜〜!!」
方向違いに走り出そうとするルフィの首根っこを捕まえて、サンジは走り出した。
(待ってろよ、
リンちゃん!)
引きずられながら、ルフィは楽しそうに笑い続けた。