「帰ってきたみたいだな」
「ああ!声が聞こえてきたな!」
4人は甲板からそっとラウンジに上がった。
にぎやかな話し声が近くなった。下ろしておいた縄梯子を登っているのだろう、ウソップとチョッパーの歌声が響き始めた。
「ジング、ベ〜!ジング、ベ〜!」
ラウンジの4人は顔を見合わせた。
「なんだ、ありゃあ」
「ああ、ゾロは知らないだろうけどよ、街の中があの歌でいっぱいなんだ。あれは何の歌だ?」
「クリスマスってのの歌だよ。ルフィ、お前、歌詞を聞いてなかったのか?」
「・・・にしても、なんだかわけがわからねぇ歌だな」
「もうすぐだぞ、もうすぐ!わくわくするな〜〜」
甲板に足音が降りた。
それから、息を呑む音が・・・・聞こえた気がした。
「すっげぇ〜〜〜〜!これ、全部雪だるまだぞ、ウソップ!!!」
「おお、すごいな、これ!これ全部麦わら海賊団の戦闘員にしてやろうぜ!」
「あら、何これ!沢山並んでるわね〜」
甲板には20体の雪ダルマが散らばっていた。ルフィが一人で15体作り、残る5体は
リンも手伝った。沢山並べてチョッパーたちを驚かせたかった。作戦は見事に成功らしい。
「あら?この雪ダルマたち、同じ方を手で示してるわよ」
そう・・・・思い思いの姿で立つ雪ダルマたちは全員ラウンジの方を指し示していた。
「上へ行けってことなんじゃないかしら、船医さん」
「おいおいおい、なんだよ〜。上に行ったら何があるんだよ〜。なぁ、チョッパー!」
内心喜びいっぱいで盛り上げるウソップの表情が4人には想像できた。
「行ってみよう、ウソップ!」
「おお!」
走ってくる足音。
サンジが素早くランプを覆って灯りを閉じ込めた。
「うわ〜〜〜〜、なんだ、これ・・・・・・・・・」
ラウンジの扉を開けたチョッパーとウソップは戸口で立ち止まった。
薄暗いラウンジの中で揺らめく炎。その炎は美しいケーキの上に立てられた何本ものローソクのものだった。
テーブルの上の大きなスクエア。炎の光を受けてつややかに輝く表面の下には色とりどりの香りたつフルーツがびっしりと敷き詰められている。土台のケーキ の部分はまったく見えなかった。
「これ・・・・これ、ケーキか・・・・・?」
かわいらしい声がそっと呟いた時、サンジがランプの覆いを外した。溢れ出した柔らかな光の中で、ケーキの全体、湯気をたてている料理の様子が見てとれ る。
「誕生日、おめでとう!」
いくつもの声が重なった。
チョッパーは目を丸くして7人の顔を順番に見た。
「おれ・・・・・おれ・・・・・」
「ほらよ、チョッパー」
ゾロがチョッパーを抱え上げていつもの席に座らせた。
「しっかし、すごいケーキだな〜〜〜〜」
「これはさ、
リンちゃんと俺で飾ったんだからな!しっかりまずは目に焼き付けろよ!」
「すごい!がんばったじゃない」
皆が感想を口にしながら席に着く間も、チョッパーの目はケーキを見つめていた。その様子に
リンは微笑んだ。
「さあ、ろうそくの火を吹き消してくれよ、チョッパー」
チョッパーの瞳に光るものを見つけたサンジはそっとチョッパーの背中を押した。
「おれ・・・・あの・・・・・・」
「なんだよ、チョッパー!思いっきりフ〜〜〜ッてやればだいじょぶだよ!」
ルフィがチョッパーの肩に腕を回すと、チョッパーはひとつ大きくうなずいた。
「一緒にやってくれよ、ルフィ!」
「よ〜〜〜し!」
チョッパーとルフィはぴったりの呼吸で唇をとがらせながら息を吹き、見事にろうそくを全部消した。
「さあ、宴だ〜〜〜〜〜!サンジ、ケーキ、ケーキ!」
「先ず、チョッパーからだからな!」
サンジがケーキにナイフを入れると、何人かの口からため息が漏れた。しかし、やがてため息に嬉しさがまじった。鮮やかな切り口のその断面からはスポンジ とフルーツの間の滑らかで流れ落ちそうなカスタードクリームとスポンジの間に挟み込まれた鮮やかな色が見えたのだ。
チョッパーはフォークの先でそっとケーキをすくい、口の中に入れた。青い鼻がひくひくした。
「すごい・・・・・。これ、何だ?」
そのチョッパーの反応を見て、サンジは口元で煙草を持つ手の後ろで笑みを浮かべ、他の者たちはいっせいにケーキに向かった。
リンはチョッパーに負けないくらい静かにケーキにフォークを刺した。それから先を傾けて小さく切り取り、そっと口に入れた。 その瞬間、口の中に葡萄の香りが溢れた。ギリギリまで甘さを抑えたカスタードが果物たちのかすかな渋みを吸収し、スポンジが果汁を反芻させ、洋酒の香りで コクを深める。
これはもう・・・・ケーキではなくて・・・・・ケーキを超えた何か・・・。
サンジは
リンの表情を確かめると、ゆっくりと煙を吐いた。全部が報われたと感じていた。そして気がついて視線をずらし、ゾロを見た。
ゾロもまた、はじめは
リンを見ていたが、それからサンジを見た。
(うまくいったみてぇじゃねぇか、アホコック)
(ほらよ、残るはてめぇだぞ)
心なしか額にうっすらと汗が見えるゾロがフォークを持ったその時。
「あ、そっか!ゾロはケーキを食わないんだよな〜!」
離れた席から手が伸びてきて、ゾロのケーキの皿を奪い去った。
(お・・・・・・・)
ゾロの手はフォークを持ったまま宙で止まった。
「こら、このクソゴム!なにしやがる、てめぇ!」
「なんだよ、なんでサンジが怒るんだよ〜。いいだろ、これはいらない分なんだから」
「まだここにてめぇが腹5分目になるくらいお代わりできるだけのケーキがあんだろ!今日はなにがなんでもマリモにケーキを食わせて、旨いって言わせること になってるんだよ!」
「ちょっとサンジ君、それ、目的がなんだか変わってない?今夜はチョッパーの誕生パーティなわけだし・・・・」
「トナカイはあんだけ喜んでくれたし、
リンちゃんだってバッチリだったからいいんだ!あとは剣豪野郎だけなんだ〜!」
「あの〜、もしも〜し。なんだかサンジが盛り上がってる理由が全然見えてないんですけど〜」
リンはチョッパーが騒ぎに驚いて何とかしようと口を開いては閉じている様子に気がついた。
「あの・・・・ほら・・・・」
小さな声はみんなの声に消されてしまって聞こえない。
「ゾロ」
咄嗟に
リンは、フォークでケーキの端を大きく切り取ってゾロに差し出した。
ゾロが瞳を大きく見開き、サンジもナミも、他のもの全員がいっせいに口を閉じた。全員の視線がひとつところに集中する。
(わたし、何を・・・・・)
顔から火が出るとはこういうことなのだ、と
リンは認めた。出してしまった手は引っ込めるわけにも行かず、緊張と恥ずかしさで手とフォーク、そしてケーキが細かく震え始 める。
「どいつもこいつも・・・・・」
(・・・ったく、おまえがやっぱり俺の調子を狂わせやがる)
心の中でつけ加えながら、ゾロはゆっくりと手を伸ばし、
リンの手に自分の手を重ねるとそのままフォークを口に運んだ。
ゾロがケーキを噛みしめる様子を全員が無言で見守っていたが、最初に我慢できなくなったチョッパーが椅子の上に立ち上がった。
「旨いか?ゾロ、おいしいか?」
期待に輝く瞳を見て、ゾロは思わず苦笑した。
(
リンの次にたちが悪いのはこいつだな)
「・・・・ああ、悪くねぇな」
「やった〜〜〜〜!」
自分のことのように喜ぶチョッパーに、サンジも笑うしかなかった。
(まあ、マリモ野郎は嘘はいわねぇし、お世辞は死んでもいわねぇだろうからな)
心に広がり始めた満足感をサンジはあとでゆっくり味わうことにした。
「サンジ、おかわり〜〜!」
「あ、俺も、俺も!」
「お前ら、ケーキばっかじゃなくてちゃんと料理も食えよ!」
「サンジく〜ん、何でも合いそうなワインを買ってきたのよ、開けてくれる?乾杯しましょ」
「は〜〜〜い、ナミさん!」
そこからパーティはいよいよにぎやか度を増していった。
すでに月が高くのぼりつめた頃。
リンは甲板に降りて一人、雪ダルマの中に立っていた。少し飲みすぎた気がしたので、冷ましたかったのだ。
ルフィと一緒に作った雪ダルマは月の光の中で白く浮かび上がり、今にも生命を与えられて動き出しそうな気がした。冷たい光、冷たい体、冷たい命。でも、 ルフィと一緒に作っているときは冷たさは全然気にならなかった。結局甲板の上の雪だけでは足りなくて、港から雪を集めて運んできてしまった。雪かきのまっ たく逆だ。この雪ダルマたちとも明日には別れなければならないのだろうか。
「冷えてきたな、また」
ラウンジからゾロが顔を出した。
「チョッパーは?」
「寝た。食いすぎて眠くなっちまったらしい」
階段を降りてきたゾロの黒っぽいコート姿は雪ダルマたちと対照的な色で、並ぶと印象的だった。
リンはゾロのこの姿が好きだった。
「明日には、壊しちゃうのかな・・・・」
リンは雪ダルマに手を伸ばした。
「溶けるまで待つってわけにもいかねぇだろ。いやなのか?ルフィみてぇだな」
ルフィと二人で駄々をこねたらどうなるだろう。
リンはちょっと想像してみて微笑した。自分にはできないとわかっていたけれど、ちょっと心をくすぐられた。
「・・・お前はだんだん素直になるな」
背後にまわって自分を静かに抱き込んだゾロの腕の中は、とてもあたたかく感じられた。
「サンジ君のケーキ、おいしかったね」
リンが言うと、ゾロは軽く唸った。あれからしっかり一切れ食べたのだ。
「・・・お前、ケーキの匂いがする」
ゾロが
リンの髪に顔をつけ、
リンの顎を引き寄せて唇を重ねた。
沢山の雪ダルマに囲まれて、二人はしばらくそのまま動かなかった。
翌日。
雪ダルマはチョッパーへの誕生日プレゼントなのだと主張するルフィとそれを喜んで張り切るチョッパーの二人の抵抗に遭い、壊されることはなかった。出港 も1日延ばし、地面の上で全員参加の雪合戦をやることになった。
いざ雪合戦がはじまると、予想通りゾロvsサンジ(蹴りvs剣技)の防衛戦、悪魔の実の能力者対決が人目を引いて島の人間たちも加わり始め、結局は雪原 全面を使う大会みたいになってしまった。
もともと、昨日のサンジたちの竜巻のような買物振りがとっくに人々の好奇心に火をつけてもいたのだった。
「ジング、ベ〜!ジング、ベ〜!」
チョッパーとウソップの歌も大うけで、一緒に歌い始める人たちもいた。
わけがわからないクリスマスソングと雪三昧の一日。そこにいる誰もが心から楽しんだ。
後日。
『麦わらのルフィ』と『海賊狩りのロロノア・ゾロ』の手配書が島に届いた時、人々は一瞬驚いたが夜にはそれを酒の肴に陽気に祝杯をあげた。
白い髭がトレードマークの老人の誕生日の前の日がおかしなトナカイの誕生日であることは少なくとも数年間は有名になった。
そして、ケーキ屋には白いクリームのケーキと一緒にフルーツで飾られたものも並んだというが・・・・・。
最後の部分の真偽は確かなものではない。