慕  7

イラスト/ 待ちくたびれて怒り狂ったパティはどうやら自分を何発か殴ったらしい。
 でもって、自分は覚えがないままに反射神経頼りで反撃して・・・・・その結果がぶつぶつ言いながら普段よりもちょっと素直に船を進ませているバティの姿 であるらしい。
 サンジは船荷をチェックする自分の姿を他人事のように眺めている気分だった。パティが選んだ分の山、自分が選んだ小山、そして最後に追加で買い集めてき た分を入れた箱。今のサンジには他の何よりも大切な箱だ。

「よし、これでチェックは終わったな!」

「・・・・何度やってんだよ、くそ野郎。もう、店に着いちまうぞ!」

 半分命がけのパティの呟きは幸運にもサンジの耳には全く入らなかったようだ。というよりもここまでの道中、果たしてサンジは一言でもバティの言葉がちゃ んと聞こえたのか?ひどく怪しいようにパティには思えた。

「何だか、とち狂いやがって・・・・・・・」

 昨日からサンジの様子はおかしかった。とにかく変だ。自信を持っていえる。絶対に変だ。
 パティは首をかしげながらバラティエに船を寄せた。

「遅かったな」

 船べりを飛び越えたサンジは出迎えに現れたゼフの姿に驚いて膝をついてしまった。普段、ゼフは買ってきたもののチェックのために厨房や倉庫には姿を見せ るが、店の外まで出てくることはない。
 サンジは思わず視線を外した。

「急いで運んどけ、チビナス」

 サンジに一声かけるとゼフはそのままパティの方に歩いて行った。

(なんでホッとしてるんだ、俺)

 大切な箱を運びながらサンジは溜めていた息を吐き出した。
 箱を調理台の上に置き、背筋を伸ばしたサンジが船に戻ってみると、そこにはゼフの姿もパティのものもなかった。買ってきた食糧の山は置きっぱなしだ。

(何だってんだ)

 なんとなく負い目がある気分のサンジは思い切り怒ることも出来ず、数回に分けて荷物を運び込み、きちんと整理してしまい込んだ。作業が終わるまでには 思ったよりも時間がかかり、気がつくと夜はとっぷりと更けていた。なのに、ゼフは買ってきたもののチェックに現れない。パティもだ。2人とも寝てしまった のだろうか。

(それならそれでいいんだけどよ・・・・・・)

 それでも確信をもてなくて、サンジはしばらくスツールに腰掛けたまま時間をつぶした。耳を澄ませて建物の中から物音が全く聞こえてこないことを確かめ る。

(よし、やるぜ!)

 サンジは例の箱を開けた。
 中に入れてあったのは島で一番上等のクリームチーズと純度が高いクリームだった。

(誕生日といえばやっぱり・・・・・)

 サンジの心の中にしっかり焼きついているアミルの白い肌。滑らかで触れたら溶け出しそうなその肌とやわらかな微笑み。サンジは誕生日にそんなアミルを連 想させる真っ白で口に入れた途端にとろけるようなケーキを作りたかった。ふんわりとまろやかで大切に運ばないと崩れてしまうようなケーキ。チーズの香りと 風味を殺さずに引き立てるにはどんな香りを加えよう。
 サンジは腕組みをしながら調理台の前を行きつ戻りつした。誕生日の当日は恐らくすでに予定が入っているだろう。自分と会ってくれと願うのはあまりに贅沢 すぎる願いだ。だから、明日、早番が終わったあとで。前日にケーキを届けるくらいならきっと大丈夫だ。届けて一目だけ顔を見たらすぐに帰ってこよう。
 サンジの心にはそれしかなかった。
 先のことも更なる願いもまだまったく考えていなかったし浮かんでこなかった。
 今の自分の最高のケーキを作ってそれをアミルに食べてもらいたい。

(チーズ、苦手じゃなきゃいいけどな)

 もしもちょっとでもあの美しい顔に困った表情が浮かんだら・・・・そうしたらすぐにケーキを持って引き返し、別のケーキを作っていこう。いや、最初から 2種類持っていったほうがいいだろうか。でも、それだと大袈裟すぎやしないか。
 泡だて器を手に銀色のボールの上に屈みこむサンジから鼻歌が漏れた。それは今日聴いたばかりの、あのアミルが奏でた小さなハープの曲・・・サンジの記憶 に残る、曲の終わりの希望に満ちたフレーズだった。

(・・・・・・)

 作業に夢中になっていたサンジは気がつかなかった。厨房の入り口に立つひとつの人影を。ゼフは片足が義足でもその気になればほとんど音をたてることなく 移動することが出来た。
 ゼフはずっと黙ってサンジの様子を見ていたわけではない。何度か口を開きかけ、足を踏み出しかけた。でも、やめた。目の前のサンジの表情が最近では滅多 に見せない年齢相応の少年らしいもので、「恋」としか名のつけようもない喜びが溢れていて。それらすべてがゼフを動けなくしていたのだった。

(この、バカが・・・・・・)

 しばらくそのままサンジの様子を眺めていたゼフだったが、やがて無言のまま厨房に背を向けて自室に戻って行った。階段を登る元海賊船の船長の顔にはなん とも言えない表情が浮かんでいた。

2005.3.14
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