このところ船の上には祭りを予感するわくわくムードが溢れている。
ルフィの誕生日。
船長だからといって他のクルーたちと扱いは変わらない。けれど、そこはやっぱりルフィで、本人が先頭に立って盛り上がっているのだから周りの者たちも巻 き込まれずにはいられない。
「なあ、なぁ、ルフィ!ルフィはプレゼント、何がいい?」
「俺、やっぱ肉がいいな〜!」
「おいルフィ、お前、俺様の発明品の中でなんか欲しいやつあるか?」
「うんにゃ〜、俺、肉がいい」
「あの・・・ルフィ、やっぱり・・・・肉?」
「いいのか〜?うひょ〜〜〜!早く次の島に着かねぇかな〜〜〜〜!」
マストの横で仲良く座る4人の姿を眺めながら思わず顔を見合わせる4人がデッキのテーブルを囲んでいた。座っているのは女2人、男1人は香り高い湯気が 漂うカップを置き、もう1人の男は床に足を伸ばして午睡の体勢を整えている。
「やっぱ肉かよ・・・・」
船長は全部ただ丸焼きにしただけでも大満足だろうか他のクルーたちのためには・・・とメニューを頭の中で数え上げるサンジ。
「ふふ、大変ね、サンジ君」
面白そうに笑うナミ。
「ああ、やっぱりナミさんはわかってくださる!安心してください、ナミさんとロビンちゃんと
リンちゃんのためにもヘルシー野菜メニューを倍考えますから!」
「がんばってね、コックさん」
艶やかに微笑むロビン。
麦わらチームの大人組と子供組は・・・・これはサンジが勝手に心の中で決めている組み分けだが・・・・どちらもそれぞれがそれぞれらしい午後のひと時を 過ごしているようにサンジには思えた。
(ん?)
一瞬サンジの目をひいたのは子供組を見下ろすゾロの横顔だった。真面目な表情。元々ゾロは表情豊かなタイプではないから一見真面目に見える時が多い。そ れでもつきあいが長くなるうちに真面目に見えている時の3割、いや4割はゾロは何も考えていないに違いないとわかってきた。ゾロは考えても無駄なことは考 えずにすむ人間だ。それがサンジには強さに見えたりして何とも落ち着かない時もある。
でも、今のゾロのこの表情は。
(なんだ、こいつ)
平和な午後のひと時にどうしてこんなに鋭い顔をする必要があるのだろう。思わず黙って見つめていたサンジは同じような視線を送るナミの様子に気がつい た。ということは、とロビンを見るとニッコリと深い笑顔を見せる。
「なあ、
リン!そう言えば、お前の誕生日っていつだ?俺たち、まだお前の誕生日ででかい肉食ったことねぇよな〜?」
ルフィの元気な声が甲板に響いた。
その瞬間、ゾロの身体が小さく揺れた。
「ああ、そういやぁそうだよな。俺たち、全員もう誕生日はグルっと回ったよな。あとは
リンだけだ。任せとけ、
リン!早めに教えといてくれたら最高に使えるモンを発明してやるぜ」
「おれも!おれも
リンに一番欲しい薬、たくさん作っといてやる!おれ、シャンプーも研究してるんだ。
リンの髪をもっときれいにキラキラさせてやる!」
張り切るウソップとチョッパーの声。
大人組の場所からは
リンは後姿しか見えなかったが、きっと照れて困っているのだろうと思いサンジが微笑んだ時。ゾロがゆっくり立ち上がった。立ってそのま ま黙ってまた子供組を見下ろしている。・・・・もしかしたら、多分、
リンの銀色の後姿を。
「ありがとう」
リンの声が聞こえ、立ち上がるのが見えた。
「そろそろ見張りに戻るね。・・・・島が近いかもしれないし」
(あれ・・・・・かわした?)
身軽に縄梯子を上っていく
リンの姿は・・・・とにかく
リンの反応はサンジが予想して思い描いたものとは全く違っていた。
「なんか気になるわね」
「キーワードは『誕生日』かしら」
ナミとロビンが囁いた。
サンジはちらりとゾロに目をやった。その時、ゾロはすでにいつもと変わらぬ体勢で身体を伸ばして目を閉じていた。
前方に広がるのはまだこの船が走ったことがない海と乗り越えたことがない連なる波。ゆっくり振り向けば後ろにはまっすぐに刻まれた航海のしるしが斜めに 幅を広げていく。
リンは額に手をかざして果てしない水面の光を見つめた。それは鏡が正確にはね返す形定まったものではなくてたえず動き続けて生き物のよ うに乱反射で踊る。
リンは陽光にかざした自分の左手を見た。赤い血が通う血管と脈動。命ある証拠。
遥か西では騒ぐ海で白い鳥たちが次々と海に飛び込んでいく。余りに多いその数に最初はただ目を奪われるばかりだが、そのうち狩りに成功したものとそうで ないものが混ざり合っているのが見えてくる。あの大群の鳥たちが制する空中の真下にいるはずの魚たちは逃げ切れたものと今そこで命の限りを迎えたものに運 命が分かれるということだ。
しばらくその光景を眺めていた
リンはぐるりと1周を確認すると腰をおろした。あたたかいというよりは暑いと言っていいほどの陽射しを受けて身体の表面がじわじわと熱 を持つ。それでもまだ皮膚のすぐ下から内側が冷えている気がして、
リンはゆっくり自分の膝を引き寄せた。
ひとたびこの世に生をうけたら。
生きることをはじめたら自分の前にある先はわからない。死にたくないと願うのは命を失った時に何が起きて自分がどうなるのかがわからないけれどそこで何 かが終わってしまうことだけが確実だからなのかもしれない。心を通わすことも、誰かの笑顔を見て自分も見せてしまうことも。寝て起きて味わうことも血を流 すことも。
でも生を受けた自分の誕生日を祝う意味を
リンはまだ見つけることが出来ない。
誕生日のことを思い出すのはまだ抵抗がある。
リンは膝を抱える腕に強く力を込めた。
「おい、クソマリモ」
サンジは寝ているゾロの横で膝を折ってしゃがんだ。
ゾロは薄く片目を開けた。しかし黙っているのでサンジはほんの少し身体を寄せた。
「てめェは知ってるんだろ?」
ナミとロビンがラウンジへと姿を消してようやく切り出したサンジだった。
「何をだ」
ゾロはいかにも面倒くさそうにやっともう片方の目も開けた。
「何って、
リンちゃんのことだよ!誕生日の・・・・よ」
サンジがゾロの表情の変化を見逃すまいと構えていると、ゾロはまた両目を閉じてしまった。
「ったくお前は心配すんのが好きだな」
「・・んだと、こら!ナミさんだってロビンちゃんだって
リンちゃんが変なことに気がついてたぞ!てめェも聞こえてたんじゃねェのか?・・・・大体、さっき、てめェも
リンちゃんのことを見てたじゃねェか!」
サンジが声を大きくした時、ゾロの身体を挟んでサンジと反対側にどこからともなくルフィが音をたてて着地した。
「なあ、ゾロ!
リンの誕生日っていつだ?」
再び片目を開けたゾロは目を丸くしたルフィの顔を見た。それから頭の後ろの腕を組みなおして息を吐いた。
「どいつもこいつも・・・・・ったく、訊く相手が違うだろ」
「だってよぉ、俺、さっきも訊いたんだぞ。でもなんだか、
リンは教えたくなさそうだったんだ。笑ってたけどよ」
ゾロは口を尖らせるルフィの顔を見、次に見張り台の底を見上げた。
「あいつが言わないもんを何で俺が。とにかくお前ら、相手を間違ってる」
「でもゾロなら絶対知ってるだろ?だから〜」
ゾロは右、左と視線を動かした。真剣な、ルフィ、そしてサンジの顔。瞬きを忘れているかと思ってしまうほどの。
(ったくこいつら・・・・)
ゾロの唇に苦笑いが浮かんだ。
少しの間目を閉じていた
リンはゆっくり立ち上がると再び周囲を確認した。いつの間にか身体があたたまっていた。
冷たいとかあたたかいとか、空腹や満腹、眠気、笑い、怒り、困惑。この船に乗ってから自分が感じるひとつひとつを少しずつ順番に自分のものとして受け入 れてきた気がした。愛情の種類がひとつではないことも知った。それは全部生まれてきて今生きているからこそのものではないだろうか。
にぎわってきた甲板を見下ろすとゾロの周りを囲むように集まる全員の姿が見えた。あのひとりひとりに会えたことが時々嬉しくてたまらなくて、でもそれは 表すには難しくて照れくさい感情だったから・・・・こういうくすぐったい気持ちも自分が今ここにいるからこそ。ならば、この幸運を祝うと言うことが自分の 誕生日を祝う気持ちにつながるかもしれない。自分が生まれた日に仲間たちと一緒にいられることの喜び。
「リ〜〜〜〜〜ン!」
「こら、おい、突然なんなんだ!」
見上げる
リンの頭の上からルフィが降ってきた。片手で麦わら帽子を押さえ、もう片方の手はゾロの手首を握りしめている。
「っこらしょっと」
ルフィは見張り台にゾロを放り込むと自分は手摺の上に腰掛けた。驚いて目を見張る
リンの顔を見上げてニカッと笑う。
「なあ、
リン。俺、やっぱ、お前の誕生日を知りてぇんだ。宴は多い方が楽しいだろ?それに、お前におめでとうって言いたいしよ。お前、いっつも 言ってばかりだもんな」
「ルフィ・・・?」
リンの頬が赤く染まり何かをこらえるように唇を噛みしめた時。
ルフィは腕を伸ばして
リンの身体を引き寄せ、力いっぱい抱きしめた。
「あったけぇ〜」
ルフィの頬と
リンの頬が触れ合った。
「こら、このゴム人間!てめェ、
リンちゃんに何してやがる!」
「あのねぇ、ゾロが大人しくしてるのになんでサンジ君が怒るのよ」
「うわ、いいな〜。おれも上に行きてぇ!」
「落ちんなよ、ルフィ!」
「うふふ」
甲板から聞こえてくる声は全部ひとつに溶け合っていた。
「ルフィ・・・・」
引き寄せられるままに棒立ちになっていた
リンはやがてそっとルフィの背中に手を回した。
「ああ。俺もお前に会えてすっげぇ嬉しいからよ!」
ルフィは
リンの肩越しにゾロと目を合わせ、ニシシ、と笑った。
「あのね、ルフィ・・・・・ごめんなさい」
ルフィの耳元で小さく言う
リンの声は甘かった。
「お祝いの回数を増やせないの。・・・・・わたしの誕生日、ルフィと同じだから」
ゾロの唇に笑みが浮かんだ。