「ここ・・・・よね、多分」
「そのようで・・・」
まだ空気に朝焼けの色がかすかに残る頃。サンジとナミはまるで忍びよるような足取りで一軒のコテージに近づいた。
街の人に
リンらしい銀色の髪の娘が傷を負ったことを聞いた。次に診療所のやたらときらびやかな青年が、ゾロらしい人間が細身の娘(青年の好みの タイプ)を抱えて街のはずれの方に歩き去ったことを教えてくれた。そして宿屋の主人が強面の若者に離れを貸し、絶対に邪魔をしないように言われたと言っ た。
サンジとナミはコテージが見えるまで小走りに急いできたのだ。
でも。コテージがあまりにこじんまりと小奇麗で「二人用」という感じだったので。なんとなく二人同時に気後れしてしまったのだ。
(まさかね・・・・。そんなこと・・・・・あり得ないわよね)
(・・・なんなんだ、これは。ゾロの奴、
リンちゃんと二人で・・・・・似合わねぇぞ、絶対!似合ってたまるか)
「どうしよう・・・・サンジくん」
「どうもこうも、
リンちゃんの怪我が気になるし、ここはやっぱり!・・・・・まずは窓から中を・・・・」
二人、かなり身構えている。そのとき・・・・・
「お〜〜い!!ゾロ!
リン!祭りだぞ〜〜〜〜〜!」
「迎えに来たぞ〜!今夜は花火だ!」
離れたところから2本の手が伸びてきて、コテージのドアノブをつかんだ。次の瞬間、ウソップをおんぶしたルフィの身体がコテージのまん前に着地した。
「おいおい、ちょっと待て!これだからお子様は・・・・・」
慌ててサンジが右足を半回転させたが間に合わず、ルフィとウソップはコテージのドアをあけて中に飛び込んでいった。
「まだ寝てんのか、お〜〜〜い・・・・・あれ?」
首をかしげているらしいルフィの声に、思わずサンジとナミも後を追う。
「ちょっと待って!二人の邪魔しちゃ・・・・・あら・・・・・?」
部屋の中には誰もいなかった。少し寝具が乱れたベッドと椅子の背にかけられたガウン以外に、そこに人がいた気配はない。
「なんなんだよ、ナミ。二人の邪魔って」
ルフィが目を丸くしてナミの顔を見る。
「いや、あの・・・忘れて!」
「にしても、どこいったんだ?ゾロたち」
ウソップが腕組みをして部屋の中を見回す。
「しっ!!」
サンジの鋭い声が響いた。
「ちょっと静かにしてくれ・・・・・なにか聞こえねぇか?」
4人は黙って耳を澄ました。すると、サンジが言うとおり音が聞こえてきた。硬いなにかがぶつかり合う音・・・・どこか澄んだその音は・・・・・
「なんだ、あの二人。もうやってるのか」
ウソップが窓から外を見てつぶやいた。ほかの3人もいそいで窓辺に集まる。
まだ茜がかった日の光を浴びて刃が光った。ゾロが一本打ち込んでいく。
リンはそれを受けてうまく半分力を流し、宙に舞って長剣の先で肩を狙う。ゾロが半歩下がってかわし、
リンの着地の瞬間を狙う。
リンの髪がほどけて銀色に輝いた。
「な〜んだ、いつもと変わらないか・・・・・」
ナミがつぶやいた。
(そうよね。まったくこの二人ときたら不器用なんだから・・・・・・)
「すげ〜〜!!ゾロと
リンが真剣で〜〜〜〜!俺、こんなの見るの、あん時以来だな。強いな〜〜〜」
その時、ルフィが丸い目をキラキラさせて言った。
(え・・・・・)
(そういえば・・・・・・)
ナミとサンジは同時に振り向き、目を合わせた。
(そうよ・・・・この二人が一緒に剣で打ち合うなんて、今までなかった・・・・・)
(あの真剣勝負以来じゃねぇのか、これは。こいつはやっぱり・・・・何かあったな)
ゾロと
リンはその後数回打ち合って、刀を退いた。
リンは肩で息をし、ゾロの額から汗が落ちている。
「なんだ、おまえら、早いじゃねぇか。祭りは終わったのか?」
ゾロが汗をぬぐいながらコテージに入ってきた。
「それがよ、今夜花火なんだ〜。勿体無いからみんなで見よう!」
「船長命令か?仕方ねぇなぁ」
ゾロに続いて
リンも部屋に戻ってきた。まだ息が荒く、頬が紅潮している。ルフィたちの顔を見てにっこりと微笑する。
「ちょっと、ゾロ!
リンは怪我したっていうじゃない!」
「そうだぞ、まったく。てめぇは何をしてたんだよ。今だって稽古なんかしてる場合じゃねぇだろうが」
詰め寄るナミとサンジの顔をゾロは静かに見た
。
「傷はだいぶ治ってる。騒ぐんじゃねぇよ」
そういうとゾロは横の部屋へ姿を消した。ドアのむこうでシャワーの音が聞こえ始めた。
「なんだ、あいつ・・・・」
(妙に落ち着いてるじゃねぇか)
サンジはシャワー室のドアを見て、それから
リンの方を見た。
リンは花火大会の宣伝をするルフィとウソップの話を聞いて笑っている。以前と変わらない微笑になぜかホッとするサンジだった。
花火の会場はフレックル諸島の真ん中に位置する中くらいの島だった。期待でいっぱいの表情の人々が続々と街に繰り出してくる。メリー号のクルーたちの中 で結局船番にゾロを残すことになった。ゾロにすれば他の者たちがなんだかんだいっても花火にわくわくしているのが手に取るようにわかるので、苦笑いするし かなかったのだ。
宵闇が近づく頃、みんなと一緒に祭りを見て歩いていた
リンはさすがに疲れを感じた。食事と一緒に飲んだ樽出しのワインも原因かもしれない。眠気が襲ってきた。
「
リン、大丈夫?どこかに座りましょ」
「平気・・・・。花火の会場までもう少しでしょ」
そういいながら歩き続ける
リンをサンジが遮った。
「
リンちゃん、無理するな。花火は船からも見えるんだ。ナミさん、ちょっと
リンちゃんを送ってくるよ。すぐに追いつくから先に行ってて」
「あれ?
リン、くたびれたのか?いいや、じゃあ、俺がおぶってく」
ルフィがあっという間に
リンを背中にのせた。
リンはあわてておりようとした。
「遠慮すんな。じゃあサンジ、頼んだぞ。すぐ戻るからな!」
ルフィはスタスタ歩き出す。
「ちょっとルフィ!いい、まっすぐよ!途中で曲がったりしないのよ!まっすぐで港だからね〜」
「おう!」
ルフィの背中は細いようでいてがっしりとした安定感があった。おりるにおりられず、
リンは身を硬くして揺られていた。
「ルフィ、あのね・・・一人で戻れるから・・大丈夫だから・・・・」
「だってお前、怪我してんだろ?一人で帰したらゾロの奴が怒っちまう」
「え・・・・・」
リンはルフィの言葉に少し驚いた。ルフィは時々全部を当たり前にわかっているような言葉を口にする。それが何か大きさを感じさせて、 やっぱり船長だ、と
リンは思うのだ。何があっても最後にはルフィがいる・・・・・そのことがクルー全員の強さの奥にある。
リンはルフィとクルーたちの無言の会話が大好きだった。
「ルフィ・・・・・」
リンは何かルフィに言わなくては、と思って口を開いたが、あとが続かなかった。言いたいことは目の前にあるのに、言葉が見つからない。
「おまえ、ゾロのこと、大好きだからな〜」
肩越しに振り向いたルフィがにぃっと笑った。
リンは素直にうなずいた。すでに前を向いてしまったルフィには見えなかったかもしれない。でも、きっと通じている・・・・・
リンはそう思った。
「ゾロ〜〜〜〜!」
ルフィは右手を伸ばして船につかまり、一気に飛んだ。
「どうした。もうすぐ花火だろ?」
眠っていたらしいゾロが立ち上がった。
「届け物だ。じゃあ俺は花火だ!」
「届け物・・・?」
訝しそうな表情になったゾロの前に
リンをおろして、ルフィは船から飛び出していった。
「なんだ、おまえ・・・・傷が痛むのか?」
座り込んだ
リンの上にゾロが屈みこむ。ゾロを見上げた
リンはあわてて首を横に振る。
「大丈夫・・・・眠くなっただけ」
「なんだ・・・・・」
ゾロは
リンの横に腰をおろした。
二人は何も言わなかった。言えないのが半分、言う必要がないのが半分。並んで座っているだけで十分だと
リンは思った。
そのとき、最初の花火が上がった。いつのまにか暗くなった空に金と銀のしずくがこぼれた。
「うわぁ・・・・・・」
リンが感嘆のため息をつくと、すぐに次の花火が上がる。楕円をいくつも重ねた感じの複雑な色と模様が浮かび上がった。
空を見上げる
リンの右手はいつのまにかゾロの左腕の上にあった。
リン自身は無意識らしく、そのままうっとりと花火を眺めている。
(全部今までどおりってわけにもいかねぇみたいだな・・・・・)
内心苦笑しながら、ゾロは自分の右手で
リンの手を包み込んだ。そしてそのまま
リンの手を自分の左手に渡し、黙って
リンと手と手をつなぐ。
リンの手はぴくりと動いたが、そのままゾロの手の中から逃げようとはしなかった。
(こいつの胸の音が聞こえる)
正確には
リンの手から早まる脈を感じているのかもしれなかったが、ゾロはそのまま音を拾った。生きている証、ゾロを意識している証拠。
花火はそれから小一時間続いた。
耐え切れずに眠ってしまった
リンの身体がもたれかかってきても、ゾロはそのまま
リンの手を離さなかった。もっと深いところでつながっている記憶に今夜だけは身を委ねることにした。