跳 剣  11

イラスト/舞うカモメたち ゾロは山に向かって走っていた。赤く染まった山腹も人気のない町も、何か異変が起きたことを伝えてくる。
 まっすぐに通りを駆け抜けて行くゾロは、前方にひとかたまりの男たちの姿を認めた。男たちは見るからに戦いの後らしい姿をしていた。すすと血で汚れた顔 と身体。疲労と苦しみに満ちた表情。中には刀を杖のようにして足を引きずってくる姿もあった。

(あいつら・・・・・・・)

 ゾロがそのままスピードを落とさずに近づくと、男たちは足を止めて力なく刀を構えた。

「よせ。俺はあんたたちを知らねぇし、どうこうする気もない。・・・・ただ、教えてくれ。何があった」

 男たちはゆっくりと顔を見合わせた。それからほとんどのものが俯いた。

「言えばあんたは俺たちを殺すさ・・・・・ロロノア・ゾロ」

 中の一人が1歩前に出た。その顔には見覚えがあった。ゾロが初めてこの町にきたときに、絡んできた男だ。

「どういう意味だ」

 ゾロの瞳にぐっと力がこもると、男は投げやりに刀を放り出した。

「刀3本を見て、あの時俺は気がつくべきだったんだ。・・・・あんたが リンがずっと待っていた剣士だとな。知っていたら、俺は・・・・・・」

 男の口調には自信がひとつもなかった。ただ、ぼんやりとゾロの顔を見る。

「俺たちはドラクさんに従って漣の道場を襲った・・・・・俺はしばらく前まであそこにいたんだ・・・・・」

「道場を襲っただと?」

 ゾロは男の襟首をつかんだ。

「それは今夜か。今なのか」

 男の顔が歪んだ。泣き出しそうな顔に見えた。

「さっきさ・・・・・。海嘯と漣の戦いだ。・・・ドラクさんは リンを手に入れたかったが、 リンはうんといわなかった・・・・・」

(あいつか)

 ゾロは夕暮れ時に見た光景を思い出した。振り向かずに歩き続ける リンの前に立ちふさがった一人の男。
 男の身体から力が抜けていき、ゾロの腕に重みが伝わってきた。

「立て」

 しかし、男はそのまま自嘲的に笑い始めた。

「こんなはずじゃなかった・・・・・。海嘯のドラクに逆らい続けるなんて無理に決まってた・・・・・」

「てめぇには無理でも、 リンは逆らい続けたってことだろ・・・・」

 ゾロが放すと男の身体は地面に落ちた。

(よくわからねぇが、事情はあとだ)

 ゾロは再び走り出し、山道に入った。

(なんで何も言わなかった・・・・・)

 また別の一団が山道を下りてくるのが見えた。ゾロに刀を向けるものもいれば、視線をそらすものもいた。ゾロは足を止めなかった。刀を抜いて前を遮ろうと するものだけ弾き飛ばす。

「通せ!てめぇらの戦いは終わったんだろ!」

 敗者の雰囲気を漂わせた男たちは力なく道をあけた。

(くそ・・・・)

 走るゾロの頭の中に、 リンの顔が浮かんだ。静かな微笑。戦う時の別人のように全身に気を溢れさせた姿。ゾロの顔をまっすぐに見つめる瞳。

(なんでおまえは・・・・・。いや、俺に話すわけがないか・・・・・)

 すれ違う剣士たちの数が増えていく。途中で倒れている数も。ゾロは一気に駆け上がった。



(これは)

 前庭は倒れている人間でいっぱいだった。わずかに身動きしながら呻くもの、静かに横たわったままのもの。その数を合わせるとどれくらいになるだろう。男 だけではない。女の姿も、子供の姿もあった。

(あいつは)

 ゾロはすばやく見回した。ここには リンはいない。なぜかすぐにわかった。
 ゾロはそのまま道場の横を抜け、裏に向かった。ゾロが見かけた男たちの中には、傷そのものは大きくはないが動けないものも多かった。 リンの剣技だ、とゾロは思った。
 裏まで行ったゾロは、倒れている男たちの中に海嘯のドラクと思われる大きな男を見つけた。その分厚い胸に刺さっている剣は リンのものだった。

(どこだ・・・・)

 裏にも リンの姿はなかった。ゾロはそのまま前庭に戻り、道場の中に入った。

「ロロノア・ゾロ・・・・・・・・」

 道場の奥にはクレガの姿があった。足で立てない様子がすぐに見て取れる。ここまで両腕をつかって這ってきたのか、上衣の袖がひどく汚れていた。
 ゾロは奥に進んだ。

リンはどこだ」

 ゾロが問いかけると、クレガの顔に強い表情が浮かんだ。それは怒り・・・・なのかもしれなかった。

「今、あなたがここに来るのですか」

 ゾロにはその言葉の意味がわからなかった。遅い、といっているのだろうか。それとも、来るな、と・・・・・。ゾロは黙ってクレガの腕を取り、身体を引き 上げた。二人の視線が合った。

「わたしに構っている暇はない。・・・・ リンを! リンを探して連れて来てください。傷を負っています」

 クレガの声にはこだわりを何もかも捨てた響きがあった。

「どこへ行った」

「裏です。裏の奥に道があって、もう少し山を登ることができます」

「わかった」

 ゾロはクレガを下ろし、再び走りだした。



 辺りはだいぶ薄明るくなってきた。ゾロは前方に視線を凝らしながら進んでいた。細い坂道には時々、紅くて小さな染みがあった。

リン・・・・・)

  リンが負っているという傷の程度をゾロは訊かなかった。クレガの声の切迫した響きから、予想はつく。

(馬鹿野郎。こんなこところで何を・・・・・・)

 ゾロが心の中で思わず悪態をついたとき、視界が開けた。初めて道場を訪れた時にも緑の中で突然開けた視界に驚いたが、今度は桁が違った。海だ。ゾロの目 の前には海が視界いっぱいに広がっている。
 そしてゾロは一つだけぽつんと立っている岩の根元に、 リンの姿を見つけた。

リン!」

 駆け寄るゾロの声にも リンは反応を見せなかった。岩に寄りかかって半分横たわるように座っている リンの姿は、どこか不自然な人形のように見えた。一晩の戦いにもその輝きを奪われることがなかった銀色の髪が、海から来る風に揺れてい る。瞳を閉じた表情は平和そのもので、そこには痛みも苦しみもない。ただ、胸元から広がる血の染みだけが、静かな光景を裏切っていた。
  リンの傍らに膝をついたゾロは、 リンの右手に見覚えがあるものを見つけた。
 小さく畳まれた黒いバンダナ。新しいものではない証拠に擦り切れた跡が見えた。

(おまえ・・・・・・・)

 ゾロは リンの右手からバンダナを抜き取った。しっかり握り締めた布地には皺がより、血が染み込んで少し湿り気を帯びている。ゾロはバンダナを リンの胸元に載せて、静かにその身体を抱き上げた。すこし冷たいように感じられるその身体からかすかな脈が伝わってくる。
 立ち上がったゾロの目に港に浮かぶメリー号の姿が見えた。

(・・・・そういうことか・・・・・・)

 ゾロは一瞬、 リンの身体を抱く腕に力を込めた。言葉が浮かばないまま、ゾロは細い道を下り始めた。

2004.9.8

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