跳 剣  13

イラスト/舞うカモメたち 「この、クソマリモ頭野郎!」

 サンジの蹴りが回り込んでくるのが見えた。ゾロは動かずにそのまま立っていた。蹴りはゾロの側頭部ヒット直前で止まった。

「少しは驚きやがれ!クソ面白くない」

 ゾロはニヤリと笑った。 リンの身体を抱えているゾロにサンジが本気で手・・・・足を出すはずはなかった。

「遅いぞ、ゾロ〜!サンジを押さえとくの大変だったんだぞ〜!ナミもウソップもうるせぇし」

 ルフィが腕を振り回しながら叫ぶ。

「ああ、悪かったな」

 短く言うゾロに今度はナミが襲いかかる。

「ゾロ、あんたねぇ・・・・事情をちゃんと説明しなさいよ!あれだけ リンのことを突き放したくせに・・・・おまけに リンは具合悪そうだし・・・・ねぇ、ちょっと、ひどい怪我してるの?」

「薬をもらってきてる。飲ませてやってくれ」

「なんだなんだ、何がどうなってるんだよ〜。あんなに強かった リンが・・・・」

 ウソップが リンの顔を覗き込む。

「・・・・切れねぇもんがあったらしい」

 ゾロはつぶやくように言った。
 5人が話しているその場所はメリー号の目の前の埠頭。 リンを連れ戻ったゾロを船の前に立っていた4人が出迎えたところだった。

「とにかく、早く寝かせなきゃ。ルフィ、先に上に上がって リンを受け取って」

「よし!」

 ルフィが甲板に飛び上がり、そこから両腕を下に伸ばした。

「いいぞ、ゾロ!」

「おいおい、そっとだぞ。 リンちゃんを落とすなよ」

 ゾロが リンの身体をルフィの腕に預けると、ルフィは静かに腕を縮めた。



  リンはラウンジの奥に寝かされた。一度も目を開けないまま眠り続けているその姿に、サンジはじっと視線を注いだ。

「出血が多かったってことは、、まずはなんとか栄養を取らせないとダメだな」

「肉!肉を食えば治るぞ〜」

「そんなの、あんたにしか通用しないわよ」

 ナミはいろいろ苦労の末、 リンの喉にようやく熱さましを流し込んだ。ごくり・・・というかすかな反応がみなを少し安心させる。

「で、どうする? リンが落ち着くまでもうすこしこの島にいる?」

 ナミの言葉に、視線はゾロに集まった。壁に寄りかかりながら リンの足元に立っていたゾロは腰の剣を抜いて寝台の横に置いた。

「離れた方がいいと俺は思うが、船長しだいだな」

 ルフィはじっとゾロの顔を見た。

リンはもう、島に用事はないのか?」

「ああ・・・・・だと思う」

 ゾロが答えると、ルフィの顔に笑顔が広がった。

「よ〜し!目指すはグランドラインだ!ナミ、船を出すぞ!」

「わかった。サンジ君、ウソップ、行くわよ!」

 4人は甲板に飛び出していった。



 ゾロは リンの頭の方に移動した。 リンの表情にわずかに変化があったように思えた。唇が少し開いて、早い呼吸の音が漏れ出している。

(・・・水か?)

 ゾロはサンジが手回し良くテーブルの上に準備しておいたグラスをとり、水を注いだ。

リン

 ちょっと悩んだが、寝台のふちに膝をのせて リンの頭の下に腕を入れ、そっと起こす。唇にグラスをあてて傾けると、細く水が流れ込んだ。
 次の瞬間、 リンはむせ込んだ。何度も咳をしながら自分の力で上体を起こす。開いた瞳には涙がたまっていた。

「大丈夫か」

 その時、船が大きく揺れて、 リンは力なく寝台に倒れこんだ。倒れながら瞳を大きく見開いてゾロを見つめている。

「また、夢?」

「夢って、おまえ、いつもどんな夢を見てるんだ・・・・?」

「え・・・・」

 二人は無言で見つめ合った。

「まあ、いい。水、飲むか?」

 頷いた リンは起き上がろうとしたが、顔をしかめた。

「クレガって奴が縫ったばかりなんだ。無理するな」

 ゾロに上体を支えられて、 リンはグラスから一口飲んだ。それから一気にグラスを干した。

「ここがメリー号の中だってことはわかるか?」

「・・・揺れてる・・・」

「船を出したんだ」

 ゾロはもの問いたげな顔の リンを寝かせた。

「そういえば、おまえに伝言があったな。聞きたいか?」

  リンはうなずいた。

「じゃあ、目を閉じろ。声は聞こえるだろ。おまえはとにかく眠るんだ。

 ゾロが言った時、ラウンジのドアが開いた。陽気な声が響き渡る。

「お〜、 リン、起きたのか!次の島までに身体直しとけよ。冒険があったら困るからな!」

(ったく・・・・・・)

 ゾロは黙って リンの足元の壁際に戻った。予想通り、ルフィに続いてサンジとナミが入ってきた。ウソップは見張りに残ったのだろう。

「お、 リンちゃん!今、スープでも作るからね〜」

 サンジが腰にエプロンを回す。

(あいつ、いつもどこからエプロン・・・・・)

 ゾロは時々感じていた疑問を頭の中で繰り返す。なんだか一気に緊張感が緩んでいた。

「ねえ、 リン、あなた、熱をはかってみたほうがいいわ。ゾロ、ルフィ、ちょっとテーブルの方に行ってて」

 ゾロは言われるままにテーブルに向かってスツールに座った。

「眠れば治る・・・・・」

 思わず呟いたのがいけなかった。ナミが勢いよくすごい顔で振り返った。

「それはあんただけに通用する話でしょ!まったくうちの男どもは・・・・」

「ナミさん、それって俺も入れてない?」

「サンジ君は入れないわ。頼りにしてるから、おいしいスープをお願いね」

「は〜い、ナミさ〜〜〜〜ん」

 エプロン姿でクルクルと2回転を決めたサンジを見て、ナミはこっそりため息をついた。

「おい、そいつ、もう眠ってるぞ」

 ゾロは顎で リンの方を示した。

「ほんとだ〜。ゾロみたいだな〜」

 ルフィが笑う。

「まあ、眠っちゃったんなら、それでもいいか」

 ナミは リンの額にかかっている髪の毛を静かによけた。

「で、ゾロ。 リンはどうしてこんなことになったのよ」

「どうでもいいだろ。話したくなったらこいつが自分で話すさ」

 ゾロの口からあくびが漏れた。

「そういや〜、俺たち、夜寝てないよな〜」

 ルフィがおおきくのびをした。

「・・・・・お前ら、ちょっと眠るの早すぎだぞ」

 コーヒーのポットをテーブルに置いたサンジがつぶやく。刀を抱えたゾロとテーブルに突っ伏したルフィはすでに寝息をたてはじめていた。

「ナミさん、悪いがウソップにコーヒー持ってって。あいつも眠ってたらヤバイ」

「わかった」

 マグカップをもったナミが慌ててラウンジを出て行った。

(ホントは俺もクソ眠いけど・・・・)

 サンジは自分のカップを手に腰を下ろした。ラウンジの中に3人の寝息が溢れている。サンジもひとつあくびをした。

(まずいよな、俺まで寝たら)

 無理やり熱いコーヒーを口に含んで、サンジは頭を数回振った。

(昼の仕込みも・・・・・・)

 サンジはしなくてないけないことを指を折って数え始めたが・・・。



「まったくうちの男どもは・・・・」

 ラウンジのドアを開けたナミは、すっかりその日の定番になってしまった台詞を呟いた。ルフィとゾロに加えてサンジも自分の腕を枕にして眠っていた。右手 にはしっかりとマグカップを握っている。
 このあと、ナミはコーヒーをポットごと持って行って甲板で見張りについた。身体を丸めて眠っているウソップの手から双眼鏡を取り上げる。

リンが元気になったら、これで女は二人だわ)

 ナミはカップをちょっと上げて一人で乾杯した。
 島の姿はもう遥か後ろの点になっていた。

2004.9.9

リンがメリー号に乗るまでのお話

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