港から町のメインストリートに入ると、人の姿を見るようになった。
(なるほどな)
ゾロは通りですれ違うほとんどの人々の腰や背に刀、あるいは剣を見た。ゾロに向けてくる視線も鋭いものが多く、彼の3本の刀を指差す者もいた。
(だが、ちょっと極端じゃねぇか)
刀が日常になっているなら、町はもう少し落ち着いていてもいいんじゃないかとゾロは思った。視線の一つ一つが緊張しすぎているように感じる。妙にギラつ いている気もする。
「おい、兄さん」
一人の男がゾロの前に立った。
「あんた、どこへ行くんだい。海嘯のドラクさんの道場はそっから左に入ってすぐだ」
男はやはり腰に刀を帯びていて、ゾロとの間合いの取り方にも経験が感じられた。しかし、目つきがどうも・・・・・
(気にいらねェな)
男の目に見えるのは執着の色だった。ゾロが「海賊狩り」と呼ばれている人間であることは気がついていないようだ。とするとこの男、一体なぜゾロの前に立 ちふさがっているのだろう。
(まあ、碌な理由じゃないだろうな)
ゾロは男の脇を通り抜けようとした。
「まて!・・・・うぅ・・・・・・」
男はゾロの腕をつかもうとしたが、逆にゾロがその手を捕らえて腕を捻りあげる。
「何のつもりか知らねぇが、俺はもっと先に用がある。邪魔はするな」
視線を合わせないまま言うゾロの横で、男の顔は痛みに充血してひどく歪んでいた。
「わかった・・・・わかったから・・・・・・」
唸る男を放り出して、ゾロは進み始めた。その姿を追ういくつもの視線は、道端にうずくまる男のそれと同じくらい煩わしい。だが、ゾロの前を再びふさごう とする者は出てこない。
(中途半端な連中だぜ・・・・・)
ゾロは通りをまっすぐに抜けて行った。
道が少し細くなり傾斜がつき始めた頃、ゾロは自分の周りの空気の変化に気がついた。滴るような緑に覆われた山に続くこの道に、町で感じたような邪気はな い。静謐な空気の透明度も増したように思える。
(ほぅ・・・・・・・)
ゾロは出所不明の懐かしさを感じていた。
彼の目的地はこの先のはずだった。山道に少し入り込むと木々の間から木漏れ日が降り注ぐ。鳥の声、虫の声が耳に入ってくる。思わず深く深く空気を吸い込 みたくなるような場所だった。
と、周りの音が止んだ。
反射的に刀の柄に手をかけたゾロの前に、細身の男が立っていた。襟元を正した感じの黒い胴着。こうして目の前にたっているのに、気配はほとんど消えてい る。
相手の空気に殺気がひとつもないことを確認すると、ゾロは刀から手を離した。
男は一礼し、静かにゾロの腰の刀を見た。
「ロロノア・ゾロ殿。いらっしゃいましたか、とうとう」
「・・・・・どういう意味だ?俺はあんたを知らねぇが。ここに来たのも偶然だ」
一瞬、男の瞳に、不思議な光が浮かんだ。だが、すぐに消えた。
「ご案内しましょう・・・・こちらです」
男の背中は何も説明するつもりはないことを告げていた。
(行けばわかるってことか)
ゾロは男の後ろについて行った。空気はあくまでも静かなまま、けれど次第に張り詰めていくような気がした。