跳 剣  3

イラスト/舞うカモメたち 坂道をしばらく登ると突然に目の前が開けた。
 周りを木立に囲まれた1軒の建物。平屋づくりの木の建物は、手前がいかにも道場らしい構えのつくりで、奥にさらに広くつながっているようだ。掃き清めら れ手入れの行き届いた前庭には小ぶりな縁台が持ちだれて、そこに置かれた書物のページが風に静かにめくられている。ついさきほどまで誰かがそこにいた気 配。ゾロが足を止めると、先に立っていた男も歩みを止めて振り返った。

「道場の方にお入りいただきます。その上で・・・主にあなたのご来訪をお伝えしましょう」

「頼む」

 ゾロが答えても、男は一瞬動こうとしなかった。今一度、しっかりとゾロのことを推し量っているのがその目つきで分かる。激しさは感じないが、強い視線 だった。

(俺の選択は間違ってなかったみたいだな)

 ゾロは心の中でうなずいた。目の前の男がかなりの実力者であることは十分に伝わってくる。町の入り口で絡んできた男とは大違いのその様子は、漣と呼ばれ るこの道場のありかたをそのまま示しているように思えた。

「では・・・・」

 男は再び先に立って歩き始めた。ゾロは一呼吸おいて、その後に続いた。



 道場の中には何もなかった。天井が非常に高く、よく磨かれた床板には無数の傷が残っている。ひとたびそこに入ったら、もう上座も下座もない空間。
 男はゾロを残して奥の引き戸の向こうに姿を消した。

(なるほどな・・・・・)

 ゾロはこれまでに耳にした噂を思い出していた。
 島の勢力を2分する漣と海嘯。柔の漣、豪の海嘯と言われているが、もうひとつ、静の漣、騒の海嘯とも言われているという。そもそもは島でもっとも力のあ るひとつの道場だったのが、今の代になって二つに分かれたのであり、道場主は兄弟どうしなのだという。才能の質も己が目指す道もあまりに対照的な兄と弟。 漣は兄の方がもともとの道場から身を引いて山のなかに建てたものなのだ。
 ゾロが剣を交えたいと思ったのは兄セラクの方だった。豪剣で腕を鳴らした剣士たちをことごとく打ち負かしたといわれる柔の男。鷹の目のミホークに通じる ものがあるかもしれないと願っていた。



 引き戸の奥から人の気配が伝わってきた。恐らくは二人。さっきの男と道場主セラクのものと思われた。ゾロは視線をまっすぐに向けて立った。
 戸が引かれた。さっきの男が先に入ってくると、そのまま横に身体を引いて開いた戸口にむかって控えた。

「お待たせしました」

 涼やかな声とともに流れ込んできた人の気は、一瞬のうちにゾロの周りを取りまいた。聞こえた声に何か違和感を感じながらも、ゾロは軽く足を開いた。足指 のすべてにバランスよく体重がかかり、万全の状態だ。
 しかし・・・・・。声に続いて戸口をくぐった人物の姿を見て、ゾロは体勢を解いた。目の前に現れてゾロに低く一礼した人物は、ゾロの想像を超えていた。

 灰色の上下に身を包んだほっそりとした姿。喉もとや手足に見える白い肌。首の後ろでしっかりと束ねられた銀色の長い髪。そしてもっともゾロの記憶に直接 触れてきたのは、その深い緑色の瞳だった。感情を抑えながらも強く輝くその瞳は、記憶とぴったり重なっている。

「おまえ・・・・・・」

 思わずゾロがつぶやくと、娘はさらに一礼した。

「ゾロ。こういう日がくればいいと・・・・ずっと願ってきました」

リン・・・・」

 ゾロは リンの姿をもう一度見直した。同じだった。なにもかも記憶と一緒・・・・背中の長剣を除いては。

「ごめんなさい。セラクさんは3ヶ月ほど前に亡くなられたのです。今は、わたしが道場を一時あずかっているんですが・・・・・」

「おまえがか・・・・・。相当修練したみたいだな」

「打ち込みました・・・夢のために」

 そういって微笑んだ リンの姿はゾロに強さを感じさせた。

「本当は、クレガさんに道場を預かっていただくべきだと思うんですけれど・・・・」

  リンが言うと、脇に控えていた男が顔を上げ、かすかに首を横に振った。そのクレガの瞳にも強い力が秘められている。

(いろいろあったみてぇだな)

 ゾロはもともと物事をありのままに受け入れる性分なので、それ以上は考えないことにした。

「で・・・・今はお前がこの道場の主ってことなんだな」

「そうです。セラクさんと同じというわけにはいきませんが・・・・お相手、お願いできますか?」

「元々、そのために来たんだからな・・・」

 二人の視線はどちらも動かなかった。それを見ていたクレガがふと、視線をそらす。

「ほかにもおみえになってるかたがいるみたいですが・・・・・どうしますか?」

(あの馬鹿どもが・・・・・・)

 ゾロが思わず眉をしかめたとおり、道場の入り口に次々と現れたのはゴーイングメリー号の面々だった。

「よ!ゾロ!ここがその道場ってやつか?」

 元気印の船長が手をふる姿に リンは微笑み、不思議なまなざしを向けた。

「見学なさるのは構いません。でも、できるだけ入り口の近くでお願いします」

  リンの姿を見たルフィたちはざわめいた。

「おい、あれがゾロの相手なのか?」

「ちょっと待って!女の子じゃない」

「・・・あいつ、本気か?あのレディは一体なんなんだ?」

「燃えてくるな〜!よし、ここに座ろう!」

 口々に呟きながら4人は入り口の前に並んで座った。かすかにうなずきながらその様子を見ていた リンは、ひとつ息を吸い込むと、再びゾロに視線を戻した。

「あいつらのことは気にしないでくれ。俺も忘れる」

「わかりました」

 互いに向き直った二人は、まるで合図があったかのように姿勢を正した。

「木刀は・・・・・・」

 クレガが真剣な表情で間に入ったが、ゾロも リンも首を横に振った。

「今の自分をしっかり見て欲しいから・・・・」

  リンがささやきながら背中の剣を抜いた。

「とにかく、真剣勝負だ」

 ゾロも刀を2本抜いた。

「俺にもう1本抜かせてみろ」

「・・・・・わかりました」

  リンは静かに剣を握りなおした。
 道場内の空気が一瞬にして張り詰めた。向き合う二人の身体が同時に動き、澄んだ音が響き渡った。

2004.8.28

ゾロと リンの再会編です
時間的には「砥師」の前になるお話です

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