ゾロは最初の一振りに普通の8分目ほどの力を込めてみた。刀と剣がぶつかった瞬間、心に描いていた軌跡との間に少しのズレを感じた。
(・・・・なんだ?)
リンの剣の手ごたえを感じる前に、太刀音が響き、
リンは次の動作に入っていた。
(速いな)
打ち込まれる剣を受け止めたゾロは、また、重さを感じなかった。しかし、刀は止められている。
「動きが速いな」
胸のポケットから煙草を取り出しかけたサンジは、気がついて元に戻した。
「あの子、ゾロとしっかり打ち合ってる・・・・・・?」
「ああ・・・・なんだかすげぇ」
小声でささやきあう3人の横でルフィはだまって二人の姿を見つめていた。
ゾロはすこしずつ理解していた。
リンはゾロの刀の圧力をまともに受け止めているのではなく、うまく流してそらしながら動いているのだ。それは、ゾロの2本の刀の動きを 瞬間的に判断し、次の動きを予想しているということになる。
そしてスピード。身体を入れ替え、ゾロの刀をかいくぐる動きは驚くほど速かった。
(そうだ・・・・・こいつはかなり身が軽いんだったな・・・・・・)
記憶の断片が、ふとゾロの頭に浮かび上がった。もう少しだけ髪が短かった
リン。ゾロが一番初めに会ったとき、その髪の色は黒かった。あのときの表情は今とは全然違っていた。
ゾロは力いっぱい打ち込んだ。その一撃を流した
リンは、ゾロの剣先を跳ね上げると同時に宙に跳んだ。緑色の瞳が光り、狙いが定まっていることを示している。ゾロは構えて次の一撃を 待った。
リンの長剣がゾロの肩を狙って突き出された。振り下ろされる一撃を予想していたゾロは、とっさに身体を引いて体勢を立て直す。着地した
リンはそのままの流れるような動作で今度はゾロの足を狙う。
(なるほどな)
再び剣をかわしたゾロは、
リンの顔を見た。
「それがお前の戦い方か」
「どうしても体力では差があるから・・・・・・」
リンの声は静かだった。
「え?なに、どういうこと?」
ナミが首をかしげた。
「あの
リンというレディが狙っているのは命ではないということですよ」
サンジが説明する。ウソップが身を乗り出してくる。
「てことは、どういうことなんだ?」
「彼女が狙っているのはあくまで相手が戦いを続けられない状態に持ち込むこと・・・・確かに、いちいち切り殺してたらレディの体力じゃあもたないからな」
「なるほど・・・・・・」
ウソップが腕組みをしてひとつうなずく。その横に座るルフィはやはり一言も言葉を発しないまま戦う二人を見ていた。
繰り出される一撃を受け止めながら相手を観察し、速い動きで相手の隙を作り、相手の身体のポイントを狙う・・・・・その戦法に加えて、
リンの身体の動きはきわめて軽くて速い。
(いい師匠に出会ったみたいだな)
ゾロの唇に笑みが浮かんだ。それは
リンを手ごたえのある相手と認めた証拠だった。
ゾロの笑みを見た
リンの表情が引き締まった。
「ゾロ・・・・、わたしたち、真剣勝負になっていますか・・・・?」
「ああ。おまえみたいな相手は初めてだ。ちょっと早いが、もう1本抜かせてもらおう」
ゾロは腰の和道一文字を抜き、口に咥えた。
リンも剣を構えなおし、ゾロの3本の刀を見つめた。3刀流・・・・相手をするのははじめてだった。記憶を探り、その動きを思い出そうと するが浮かばない。あのときは最後までゾロの背中ばかり見ていたような気がした。
(大丈夫。ゾロはきっとあれからもっと強くなっているから、余計な記憶はない方がいい)
リンの額から一筋の汗が落ちた。ゾロが打ち込んでくる刀の重みはすごく、流す
リンは必死だったのだ。
(次だな・・・・・)
(次で、決まる・・)
二人の身体をとりまく気がこれまでにないほど高まった。
今度はゾロが先に動いた。一気に
リンとの間の距離を詰める。多々続けに太刀音が鳴り、受ける
リンが一歩うしろに下がった。
「ああ、もう・・・・押されてる?」
思わずナミがつぶやいた。女同士ゆえか、自然と
リンの側についてしまったらしい。
「いや、あれは・・・・・・」
サンジが言いかけたとき、
リンの身体が一瞬、沈んだ。肩にゾロの剣先を受けながらも潜り込んで3本をかわしきる。次の瞬間、
リンの身体はゾロの背中の向こうにあり、振り向きざまに長剣が弧を描いた。
「くっ・・・・」
反射的に
リンの剣を受け止めたのはゾロの口の刀だった。次に右手の刀で
リンの長剣をはねあげる。そして左手の刀が
リンの腹部に入った。
「おいおいおい!殺しちまうぞ、ゾロの奴!」
ウソップが飛び上がった。
「・・・・いや、ありゃあ、峰だ」
サンジが確認してつぶやく。
「ゾロ・・・・・・」
リンの身体がふらりと揺れて、そのまま前に崩れ落ちた。手には刀をもったままのゾロの腕がそれを受け止める。
(終わったな・・・・)
ゾロはもう一方の手の刀を鞘に収め、次に口の刀を収めた。
「
リンさんをこちらに」
クレガがゾロの前に進み出た。
「こいつは強いな。ここにどれくらいいるんだ?」
ゾロが問いかけると、クレガはゾロの顔を見つめた。そして、答える気がないのか・・・・とゾロが判断した頃、静かに口を開いた。
「あなたが
リンさんの故郷の町を出られてからすぐ・・・・・
リンさんはこの島にやってきたのだとうかがっています」
「・・・そうか」
「はい」
リンの身体を渡すゾロと受け取ってそっと抱き上げたクレガ。ゾロはクレガの視線に何かが込められている気がしたが、その正体はわからな かった。