リンを抱いたクレガがゾロに背を向けたとき、彼の腕の中の
リンの身体が動いた。
「大丈夫・・・・下ろして・・・・・」
リンが床に下りると、ゾロは黙って長剣を差し出した。
リンはそれを受け取って静かに背中の鞘に戻し、ゾロの顔を見た。その瞳に浮かんだ強い光はゾロの言葉をためらわせた。
「おまえ、強いな〜」
立ち上がったルフィが二人の横にスタスタと歩み寄る。
「すげぇなぁ。ゾロと真剣勝負だもんな〜。なんかいいもん見ちゃったな〜」
ルフィのニコニコ顔を見た
リンの表情は、ふっと柔らかくなった。
「あなたは・・・・ゾロと一緒に旅を?」
「ああ!俺はルフィ、船長だ。んで、航海士がナミ、コックがサンジ、あと・・・・大砲撃つのがウソップ。ゾロは昼寝と戦いだ。ゴーイングメリー号って船に 乗ってる。海賊だ!」
リンの目がメリー号のメンバーを順番に見て、それからすこし恥ずかしそうに微笑して、静かに一礼する。
「あなた、すごいわね〜!この筋肉男と女の子が刀で勝負できるとは思わなかったわ」
「まったくだ!ゾロの奴、一瞬、気迫負けしてたよな〜」
ナミとウソップも輪の中に加わった。
(海賊って聞いても顔色ひとつ変えねぇか・・・・・・)
サンジは黙って
リンを観察していたが、それに気がついた
リンが視線を返すと、腕を曲げて深く優雅に礼をした。
「ま、なんだ。このマリモ野郎とつもる話もあるだろうし、メリー号に遊びに来てみたらどうです?海上レストランで鍛えたこの腕、振るわせてもらいますよ」
「お、いいね〜!行こう、
リン!」
「おいこら、もう呼び捨てかよ」
ルフィとサンジが笑顔で
リンを誘っている間、ゾロは黙ってクレガの様子を見ていた。その顔にはさっきまでの無表情が崩れて、複雑な色が浮かんでいる。何度か
リンの方を見て・・・・けれど口は閉じたままだ。
(おまえはどこまで話したのかな・・・・・・)
ゾロが
リンに視線を戻すと、そこにはルフィたちに向けたごく自然な少女らしい笑顔があった。相手の警戒をすべて解かせてしまうような純粋な笑 顔。それはゾロが初めてみるものだった。
(変わったな・・・・。いや、これが本来のおまえか)
「クレガさん・・・・ちょっと行ってきていいかしら」
「・・・わかりました。ただ・・・・気をつけてください、いろいろと。分かっていらっしゃるとは思いますが」
「はい」
二人の静かなやりとりを聴いていたのはゾロとサンジの二人だけだった。
道場からくだる山道を、ゾロと
リンは並んで歩いた。
「おまえのあれが、セラクって奴の剣か」
「半分は。セラクさんは宙に跳び上がったりしない、もっと静かな剣技のかたでした。静かでとても強い・・・・・・」
「ああ・・・・おまえの軽業はもともとだったな」
ゾロがうなずく。
「え、
リンのあの宙に跳んだのは、ここで修行したわけじゃないの?」
ナミが二人の方に振り向く。
「あれは、母譲りです」
「あなたのお母さんも剣士なの?」
「いえ・・・・軽業師だったんです」
リンの言葉はその母はもうこの世にいないことを告げていた。
「へえ〜!さぞかし美人な軽業師だったんだろうなぁ、
リンちゃんのお母さん!」
サンジが話に加わった。
リンは答えずににっこりした。覚えている母はベッドに横たわっている姿がほとんどだった。幼い
リンがベッドの前の床で軽業を見せると、うれしそうな笑顔でいろいろと教えてくれた。とても美しい女性だった、と思う。
リンと同じ髪と瞳の色をしていた。
町に入ると、人々の視線がいっせいに6人に向けられた。漂い始めた緊張感が伝わってくる。ルフィは何も感じないかのように笑っているが、他のものは意識 して声を低くした。
「なんなんだ、一体・・・・。おい、ゾロ!おまえの評判、悪すぎるんじゃねぇか?」
絡むウソップの言葉に反応は見せず、ゾロは黙って歩き続けた。
「さっき俺たちが通った時はこんな感じじゃなかったな・・・・・・」
サンジもつぶやく。
(視線の先は、こいつだよな・・・・・・)
ゾロが
リンの方を見ると、
リンもゾロを見た。まるで謝っているような表情を浮かべている。
(クレガって奴がなんだか言ってたが・・・・・・)
ゾロは町人たちを眺めた。時には
リンに注視し、時に視線をそらす様子は尋常ではない。気がつくとナミとサンジも同じように周りを観察しているのがわかった。6人はその まま港に下りた。
メリー号は無事に停泊していた。
「そういえば・・・おまえら、船番もおかないで見物に来たのかよ」
ゾロがつぶやく。
「だって面白そうじゃんか」
ルフィが船上に跳び上がり、縄梯子をおろす。驚いた顔をした
リンを見て、ナミが笑う。
「あのね、うちの船長はゴムゴムの実を食べたゴム人間なのよ。知ってる?悪魔の実」
「聞いたことがあります」
「ほら、
リン!上がって来いよ!」
ルフィが満面の笑顔で呼ぶと、
リンは梯子に手をかけてジャンプ2回で上に着いた。
「軽いな〜」
サンジ、ナミ、ウソップが後に続く。一人残ったゾロは腕を組んで黙って見上げた。その顔には複雑な表情が浮かんでいた。
「ここからの眺めはすごいだろ〜〜〜!」
まず、
リンはルフィと一緒に見張り台に上がった。
ルフィが腕を広げて指し示す先には青い海が広がっている。
リンは潮の香りを吸い込んだ。そこにはキッチンから流れ始めたおいしそうな匂いも混ざっていて、サンジが料理に取り掛かっていることが わかる。
「またすぐ、海へ?」
「ああ!ちょっと買い物なんかして、それから船出だ。俺たちはグランドラインを目指すんだからな〜」
「グランドライン・・・・・」
リンは水平線を眺めた。
「
リンもグランドラインに興味あんのか?」
「・・・グランドラインじゃなくても・・・・・」
言いかけてやめた
リンはまだ遠くを見ていた。
「なんだかあいつ、すっかりあの子のこと気に入っちゃったみたいだな〜」
見上げながら呟くウソップの隣でナミがクスッと笑った。
「うらやましいんでしょ〜。あんたも登ってきたら?」
「ば、馬鹿言うな!俺はただ、あの子がすごく強かったから・・・・・」
「そうね。なんだか今とは別人だったわよね。ゾロ、あんた、いつからあの子と知り合いなの?」
「・・・何年か前だ」
ゾロの口調にナミは首をかしげた。
(なんだかやけに無口ねぇ。切れ味悪いし)
そんな3人の前にルフィと
リンが下りてきた。
リンはゾロの姿を見てそっちへ数歩近づいた。ゾロは
リンの方を見ようとはしなかった。
「ねえ、
リン!今度はわたしの部屋を見てみない?女同士でおしゃべりしましょ」
ナミが
リンの手をとった。
「え〜!」
不満そうなウソップの前から二人は船倉に姿を消した。
「なんだ、ナミも気に入ってんじゃねぇか。なあ、ゾロ!あいつ、俺たちが海賊でも全然気にしないみたいだな〜。ちょっと変わってるし、強いし、気に入った ぞ〜!」
ルフィはかなり盛り上がっている。
「・・そうかよ」
「なんだよ、ゾロ!さっきから反応悪いぞ」
ウソップが話しかけてもゾロは黙って海を眺めたままだった。