日は傾いた。
リンは窓から山の頂を眺めていた。膝を抱えて座り込んだ
リンの顔には疲れが見えた。
「わたしたちは一度解散したのですよ、先ほど。・・・・そしてまた集ったのです」
盆を持ったクレガが静かに部屋に入ってきた。立ち上る湯気が見えた。薬草茶の香りが
リンの鼻腔を刺激する。
「でも・・・・・このままここにいたらどういうことになるかは、みな、分かっているはずです」
リンの口調は珍しく切迫していた。クレガにむける瞳の中には心労が見える。クレガは
リンと向き合って正座すると、そんな
リンに向かって小さく微笑し盆を差し出した。
「でも、あなたはここを離れないのでしょう?我々の心配ばかりしてここから出て行けと
言われても、納得しろという方が難しい」
ドラクと別れて道場に戻った
リンは、すぐに門生を集めた。そして漣道場の解散を告げ、町へ戻るように言った。恐らくドラクが海嘯の門生たちを率いてここを襲ってく ることも話した。すぐに山を下りれば間に合うのだと説得しようとした。
数名が・・・・10人に満たないくらいの数の門生が、
リンに一礼して去った。しかし、それだけだった。今、道場には約50人の門生たちがいる。その中には男だけではなく女も、そして入った ばかりの少年たちもいる。
リンはせめて彼らだけでも説得しようとしたが、だめだった。
「わたしがもっと大人だったら・・・・・そしたら、きっとみんなに分かってもらえた・・・」
薬草茶を飲み干して湯飲みを返すと、
リンは膝に顔を埋めた。そこには弱々しさよりも焦燥感があった。
「みな、戦うことを選んだんです。・・・・あなたと一緒に」
リンの頭が揺れた。ちいさくうめき声が漏れた。
リンは勢いよく顔を上げた。
「何のために、誰を敵にして戦うと・・・・・・」
リンの瞳に光るものを認めて、クレガは再び微笑した。
「立場が逆だったら、あなたはきっとこうしてここに座っているでしょう」
それでも
リンは言わずにはいられなかった。
「お願い・・・・・あなたが先に立ってくれたら、きっとみんな、着いて行きます。山を下りて・・・・・お願い、クレガ」
「
リン・・・・・・」
クレガは静かに立ち上がった。
「灯りの様子を見てきます。幸い、今夜は満月ですが、灯りは多い方が戦いやすいでしょう」
クレガは一礼して
リンに背を向けた。そして、部屋から1歩出たところで、足を止めた。
「ロロノア・ゾロ・・・・・・。彼には言わなかったのですか?彼は・・・・とても強い剣士です」
リンは昇ってきた月に目を向けた。
「もし・・・・ゾロがわたしを仲間として認めてくれていたら、きっと話さなければいけなかったでしょう。でも、ゾロはわたしに同情してくれただけでした。 今は、わたしにとっては大切な恩人・・・・・。明日の旅立ちの邪魔をしてはいけない・・・・」
「・・・・それでいいのですか?」
「いいも何も、事実です。・・・あなたは、同情はやめてくださいね」
そう言った
リンは、道場に戻ってからはじめての笑顔を見せた。
1時間後、漣道場の前にドラクが立った。前庭のあちこちにたかれた篝火が、ドラクの姿を赤々と照らし出す。その後ろに続いている剣士たちの影。その数は 100名に近かった。
「おまえの定めが見えたか?
リン」
リンは道場の扉を開けて、外に出た。そのすぐ後ろにクレガが続く。
「思い直すなら、今だ。わたしはやはり、お前が欲しい」
リンは無言でドラクと向き合った。その瞳はドラクの存在を強く撥ね付けた。ドラクは唇を歪めて前に出た。
「愚かな・・・・・。ならば、この先には死しかない。セラクの弟子たちに詫びるんだな」
ドラクが抜いた刀は炎の灯りを反射した。それをみたドラクの後ろの剣士たちもいっせいに抜刀する。
リンは自分の心がひどく静かなことに気がついた。逸る気持ちも、逆に恐れる気持ちもない。
(やっぱり戦うしかない・・・・。でも、一体何のために・・・・・)
リンは呼吸を整えて、剣を抜いた。クレガがそれに続き、道場の中から静かに出てきた男たちがさらに続く。
(ゾロがいなくてよかった・・・・・・)
リンは一瞬目を閉じた。瞼の裏に浮かぶゾロの姿は黙って
リンを見ている。
(最後に会えたから・・・・それでいい)
リンが目を開けると、ドラクが一声張り上げると同時に間を詰めてきた。
リンはしっかりとその姿を見極めると、剣を握りなおして宙に跳んだ。
メリー号の遅い夕食はほとんど沈黙の中で終わった。ナミとウソップは怒り疲れていたし、サンジも給仕をほとんどしないで黙り込んでいた。食べたかどうか わからない感じでゾロが席を立とうとしたとき、人の分まで料理を胃袋におさめたルフィが大声で笑った。
「なんだなんだ〜!やっぱりおまえらみ〜〜んな、
リンのことを気に入ってんじゃねぇか!俺と一緒だ」
「それで、あんた、なんでここで笑えるわけ?」
ナミがため息をつく。
「だって、誰も言わないからさ〜。なあ、ゾロ!」
「だから、ここでなんでこいつの名前を出せるのよ!」
「こえ〜〜〜〜」
ナミがルフィの頬を思いっきり引っ張った。
「・・・ったく、つきあいきれねぇ・・・・・・」
サンジが煙草を咥えて外に出て行った。
「ありゃあ、頭を冷やしに行ったんだな」
ウソップが腕組みをして呟いた時、サンジが駆け込んできた。
「ゾロ!」
サンジの叫び声は普通ではなく、ゾロはすぐに反応して立ち上がった。
「どうした!」
「いいから来い!来て見てみろ!山が赤いぞ」
「山だと?!」
ゾロはサンジの身体を押しのけて外に出た。甲板から山を見ると、確かに中腹の辺りが赤く光っている。
(あれは、炎か?)
考える間もなく、ゾロの身体は港に飛び降りていた。
「おまえたちはここにいろ!」
「ここにって・・・・・おい!」
ラウンジから飛び出した面々が騒ぐ前にゾロは駆け出した。
(一体、何があった・・・・・・)
走るゾロは次第に速度を増し、通りを駆け抜けた。通りには人が誰もいない。
(くそ!)
ゾロは走った。嫌な予感がしていた。