窓から朝の光が差し込んでいるラウンジは、朝食後のコーヒータイムの満ち足りた雰囲気が漂っていた。
「次の島ねェ・・・・・まだなんとも言えないけど、もうじきなんじゃない?」
ナミは窓から外の海を眺めた。
「珍しいじゃない、あんたがそんなこと気にするなんて。いつもはルフィが専門なのに」
「なんだなんだ?なにか冒険があるのか?」
瞳をまんまるくしてルフィがテーブルの上に身を乗り出す。
「そういうわけじゃねぇんだが・・・・」
答えるゾロの口調は歯切れが悪かった。
テーブルに背を向けて皿を洗っているサンジの唇に笑みが浮かぶ。
「なぁ、
リンは?今日は俺がパチンコの手ほどきをしてやる約束なんだ」
ウソップはさっきからラウンジの入り口を気にしている。
「
リンは少し前に寝たばかりなんだから、無理いわないで」
「せっかく特別にチューンアップしたパチンコを用意したってのに・・・・」
ぶつぶつ呟きながらウソップがテーブルの上にパチンコを二つのせたその時。
船の揺れ方が突然変化した。
「何?」
ナミが立ち上がったとき、窓の外を何か大きなものが通り、陽光を遮った。
「船か?」
サンジとゾロは前後になりながら同時に甲板に飛び出した。
「でけぇ・・・・・・」
ゴーイングメリー号に並ぼうとしているその船は、かなり大きかった。その旗印は斜めに切り裂かれた頭蓋骨。甲板の上には銃や剣を手に瞳をギラつかせた男 たちの姿が見える。
「海賊か・・・・」
ゾロが刀の柄に手をかけたとき、ルフィがラウンジから出てきた。
「たくさんいるな〜。あいつら、全部こっちに攻めてくるのか?」
「場所を広く使うには、こっちから向こうに行ったほうがいいみたいだな」
ゾロがニヤリと笑う。
「メリーを傷つけるわけにもいかねぇし」
サンジが口の煙草を捨てた。
「おい、ウソップ!すぐに
リンを起こして来い!俺たちが向こうにいる間、お前らでメリーを守れ!」
「わかった!」
ウソップが飛び出していった。
「ナミ!行ってくる!」
叫んだルフィがゾロとサンジの首の後ろをつかんで跳んだ。
「おいおい・・・」
「ったく、お前はいつも乱暴すぎなんだよ!」
3人は無事に敵船に着陸し、すぐさま戦いの渦が巻き起こった。
「お〜〜〜い!
リン〜〜〜〜!!!」
ウソップが大声で呼びながら船倉に飛び込むと、
リンが下から顔を出した。
「どうしたの・・・?」
髪が乱れたままの
リンの姿は目覚めたばかりの証拠に見えた。
「海賊だ!今ルフィたち3人が向こうの船に行って戦ってる!残る俺たちはメリーを守るんだ!」
リンの表情が引き締まった。ウソップの先に立って甲板へ走る。
甲板にはナミがいて、相手の海賊船を見上げていた。
「
リン!」
振り向いたナミの顔には安堵の色が見えた。それが
リンの心を不思議に熱くする。
その時、向こうの船から鍵のついた縄が何本も投げ込まれた。
「連中がこっちに来ちゃう!」
ナミが叫んだとき、すでに
リンの身体は空中にあった。縄梯子に手をかけて、更に上に跳ぶと、引っかけられたフックに結びついている縄を切り落とす。
次の標的を見定めようと
リンが敵船の方を見ると、こちらを見るゾロの視線があった。迫力のある笑みを浮かべながら、縄を投げようと構えていた男たちを次々と刀 が巻き起こす漸風にのせて海に放り出す。その向こうではルフィのパンチが反対側に男たちを飛ばし、甲板の中心ではサンジの足が速い回転で周りの者を蹴散ら している。
わき起こる悲鳴。海から聞こえる着水音。予想通りの展開になっていた。
ナミとウソップはなんとか二人でメリー号の位置をずらし、敵船との間をとっていた。
海に落ちた海賊たちはみな、自分の船に向かって泳いでいたが、その中にひとつだけメリー号に向けて泳ぐ姿があった。
リンは縄梯子の上からその姿に目をこらした。なぜか胸の鼓動が速い。
(あれは・・・・・・)
男はメリー号の真横に泳ぎ着くと、身体を浮かせたまま
リンの方を見上げた。
(ゼブル・・・・・・)
リンは縄梯子を握っていた手を離し、甲板に下り立った。そのまま船べりから見下ろすと、男はまだ
リンを見上げていた。待っているのか・・・・
リンが声をかけるのを。
「
リン・・・・あれは誰?」
ナミとウソップが
リンの隣に立った。
「ありゃ、向こうの仲間だろ?」
「島で一緒だった・・・・。漣(さざなみ)と海嘯(かいしょう)にいたことがあるの」
リンの頭の中に、初めてゼブルという名の男にあったときの記憶が蘇った。陽気な性格で、セラクを慕い、漣でうまくやっていけるように思 えた青年。しかし、彼はなぜか漣を抜けて海嘯に入り、そして・・・・・姿を消した。
リンとゼブルは黙って互いを見つめた。
「どうする?
リン」
ナミが船べりの縄梯子を持ち上げた。
リンは迷った。ゼブルという青年の本質に確信が持てなかった。陽気な笑顔と同時に突然姿を消したときに空っぽな彼の部屋の光景が頭に浮 かぶ。
「
リン!」
ゼブルが大声で呼んだ。
(なんだ・・・・?)
その声は戦闘中のゾロの耳にも流れ込んだ。
「梯子を下ろして」
リンが言うと、すぐにナミは梯子を投げた。
ゼブルはゆっくりと梯子に泳ぎ着き、雫を落としながらメリー号の甲板に登り立った。
「久しぶりだな。あんたはどこにいてもすぐに分かるが、見間違いかと思ったぜ。まさか俺と一緒で海賊にまで落ちぶれるとはな」
(落ちぶれる・・・・・?)
リンはゼブルの身体を見た。以前と変わらず筋肉質でしっかりとした身体に見えた。しかし、身につけている衣類はずいぶん派手なものに なっている。
「ゼブル、剣をこっちへ・・・・・」
リンは左手を差し出した。ゼブルは素直にむき出しの剣を突き出してきた。
「なあ・・・教えてくれよ、
リン。クレガやお前にあって、俺にないものは何だ?いくら考えても分からない・・・・」
リンは黙って左手を伸ばした。
「俺になくてお前にあるものは・・・・・」
次の瞬間、男の身体が弾けるように移動した。
「ナミ!」
ゼブラが手を伸ばした先にはナミの姿があった。
「え・・・・ちょっと、なによ!」
ゼブルの左腕がナミの胴体に巻きつき、首筋に刃がつきつけられた。少し掠ったのか、一筋、赤い線がナミの喉もとを下りていく。
「おいおい、ナミ〜〜〜〜!」
ウソップが叫び、男の顔に歪んだ笑みが浮かんだとき、
リンは動いた。
剣はぬかずに走り、甲板を転がるようにしてゼブルの足元からナミと彼の間に割って入る。
リンは剣を持つゼブルの右手をしっかりととらえて引き下ろし、ナミの身体を突き飛ばした。
「この・・・・!」
ゼブルが振りかぶる剣の下をくぐり、
リンは後ろに下がって長剣を抜いた。
「
リン・・・・」
ウソップに助け起こされながらも、ナミは
リンから目を離せなかった。普段の
リンからは想像もつかない空気が全身を包んでいる。瞳に見えるのは・・・・怒りだ。
「それがお前の本気か。そんな顔ができるんだな・・・・」
ゼブルの言葉を耳に入れる様子もなく、
リンは一気に間をつめた。
(許さない)
二人の剣が立て続けに打ち合わされた。
ゼブルが剣を振りかぶるたび、
リンの剣の方が速い動きで打ち込まれる。一方的に攻める
リンの姿は勢いが増していくように見える。
(すっげぇ・・・・・・)
見守っているはずのウソップは、自分の手が震えていることに気がついた。驚きと憧れと・・・・・一緒に心の中にあるのはもしかしたら恐怖なのだろうか。
ついに、ゼブルの手から剣が宙に飛んだ。そして
リンが前に出た。長剣を大きく振りかぶり・・・・・
「
リン!」
その時、
リンの耳にゾロの声が届いた。その瞬間、
リンは長剣の刃の向きを変えた。
長剣で強く胸部を打たれ、ゼブラの身体は甲板に落ちた。
「おまえはあっちの仲間だろ」
いつのまにかメリー号に戻ってきていたルフィがゼブラを抱え込み、ゴムの身体で反動をつけて敵船に向かって投げ飛ばした。
リンは静かに長剣を背中におさめると、俯いたままナミのところに歩いて行った。
「
リン!ありがとう・・・・」
言いかけるナミの胸に
リンは額をもたせかけ、そのまま腕をナミの身体に回した。
「
リン・・・・・?」
ナミが覗き込んでも、
リンはそのまま動かなかった。その肩が細かく震えているのがわかる。
「おい、
リン、ナミは大丈夫だぞ?」
笑いながらスタスタと二人に近づくルフィ。
「凄かったなぁ、
リンちゃん。惚れ直したぜ」
静かに煙草に火をつけるサンジ。
「そ、そうだぞ!俺がたてた作戦通り!ナイスだ、
リン!」
まだちょっと声が震えているウソップ。
みんなの声を聞いても
リンは顔を上げることができなかった。
ゾロは黙ってその様子を見ていた。
(夕べはあんな顔をしてたのにな・・・・・・)
無垢な笑顔と流すことの出来ない涙と。
ゾロは自分の心の中を覗くのをやめた。