視界に入ってきた島はとても小さかった。かなり近づいてからでも威圧感がまるでない。
メリー号が入り江の半ばまで進んだ時、岸辺近くに沈む遺跡が見え始めた。小規模なものだが、かなり古い。港はその遺跡の傍らに仲良く並んでいるように見 えた。
「なんだか、綺麗な島ね〜」
ナミは双眼鏡を下ろした。
海の透明感のある碧。広がる砂浜の砂は白く、時おり波が艶のある小石を岸に打ち寄せる。
「なんか雰囲気いいよな〜」
思わずウソップが応じてしまうほど、平和な空気が伝わってくる。そのとなりでルフィが目を丸くしているのは、冒険の匂いを探している証拠だ。
「街はあるな。いい食材に会えるといいんだが」
サンジがジャケットのボタンをかけた。
リンは遺跡を見つめていた。
海面から少しだけ飛び出している石柱の天辺の連なり。あそこにはかつて知らない世界があったのだ。そこでは時の流れさえ異なっていたかもしれない。
(あそこに行きたい・・・・・)
リンは思わず船べりから少し身を乗り出していた。
(こういう時はわかりやすいな)
マストにもたれるゾロの口元に微笑が浮かんだ。
「で、あんたたちは明日戻ってくるってわけね」
突然、ナミがゾロの前に立った。その顔にはどことなく小悪魔的な表情が浮かんでいる。半分囁きに近い声だったから、多分、内容はゾロにしか聞こえていな い。
ゾロはナミの顔を睨みつけた。・・・そうするしかなかった。
ナミは笑ったが、一瞬、真面目な顔をした。
「ま、いいんじゃない。グランドラインはいつ何が起こっても不思議じゃない場所なんだから。・・・・・ちょっとあんたに
リンは勿体無いんだけどね」
「うるせぇ」
リンは二人の会話にまったく気がつかずに、今にも落ちそうな様子で遺跡を見つめ続けている。
ナミの視線がふっとやわらかくなった。
「ほんと、勿体無い・・・・」
「ナミ〜〜〜〜〜!」
いつの間にかメリー号は無事に港に入っていた。
ルフィが羊の頭の上に立って手を振っている。
「メシ屋行こう!メシ屋!」
「お小遣いはあげたでしょ〜!」
言いながらもナミは笑顔になって歩き去った。
そうして4人が思い思いに連れ立って船を下りていった後。
ゾロは
リンの隣に立った。
「ほら、いくぞ」
振り向いた
リンの顔には緊張があった。
ゾロは自分も同じような顔になっていないことを祈った。
「遺跡、見るんだろ」
ゾロは自分の言葉が期待通りの効果をあげたことに、内心、満足した。頷いた
リンの笑顔。そして
リンはそのまま船べりを越えて、港に飛び降りた。
「おい・・・」
ゾロが追いついたとき、
リンはすでに浜辺から膝の辺りまで海の中に入っていて、一番近いところに埋もれている石柱にそっと手を触れていた。捲り上げられた下衣 から剥きだしになっている膝が子供のようだ。真っ白な肌が濡れて光る。
リンは石の表面に指先を走らせた。そこから何かを読み取ろうとするように。
「ゾロ・・・・!石段がある」
リンは、少ししゃがんで打ち寄せる波の合間から海の中をのぞいた。
透明な水の中に底が見える海の中。たしかに階段状のものが数段見えていた。砂の中に埋もれているその続きが、
リンは気になった。思わず最初の段に足を伸ばす。
「馬鹿・・・・
リン!」
ゾロの声と波の音と。両方が同時に
リンの耳の中に響いた。
打ち付ける圧力が一瞬で反転して
リンの身体を持ち上げて押し流す。
(剣が濡れる・・・・・・)
思わず
リンが背中の長剣に手をやったとき、力強い腕が
リンの身体を抱えて引き寄せた。
「ったく、剣の心配してる場合か」
耳元で聞こえたゾロの声。安心とも喜びともつかない気持ちにとらわれた
リンは、笑った。
「海の中に連れて行かれるかと思った・・・・」
(それは俺の台詞だろうが・・・・・・)
一緒にずぶぬれになりながら、ゾロは片手で
リンの顎を上向けた。
唇が触れた途端、塩辛い味がした。
ゾロは唇をつけたまま、
リンの身体を自分と胸が合うように抱きなおした。
(・・・このまま・・・・・溺れる・・・・)
打ちつける波しぶきに時折息をさらわれながら、二人は目を閉じた。