朝。
リンはゾロの背中の上にいた。眠っていた。
宿を出るまではゾロの申し出を拒んでいた
リンであったが、歩く様子を数メートル眺めたゾロは無言のまま膝を落として背中を向けた。
「でも、ゾロ・・・・・」
「港の手前で下ろしてやる。いいから、乗れ」
まだすこし湿り気が残るシャツの布地越しに伝わるぬくもりが昨夜の記憶と結びついて思わず頬を染めながら、
リンは次第に心地良さに負けてしまった。
耳元で聞こえ始めた静かで規則正しい呼吸に気がつくと、ゾロは足の運びを少し緩めた。
(もうしばらく眠らせてやりてぇが・・・)
ゾロは自分の背中で眠る
リンの様子を思い描くことが出来た。
弧を描く睫毛、鼻梁、頬には温かみのある色が差し、柔らかな唇はかすかに開かれている。夜明けの光の中でずっと見ていたのと同じ、安心しきった寝顔。
多分・・・ゾロの前でしか見せない顔だ。一晩で
リンのこれまで知らなかった様々な表情を見た気がした。思わず息を呑んでしまうようなものもあったが、黙っていつまでも見ていたいと 思ったのは、あの寝顔だった。あの満たされた表情を浮かべさせたのが自分だとしたら・・・・・。
ゾロはそっと背中をゆすって、自然と落ちてきた
リンの身体の位置を直した。
結局ゾロは、眠った
リンを背負ったままメリー号の前まで歩いてきた。
二人が戻ったことに気がついて、ルフィたちが一人ずつ集まってきて顔をのぞかせる。
「こら、クソマリモ!ちゃんと
リンちゃんに朝食を食べさせてあげたんだろうな!」
サンジが斜めに見下ろしてくる。
「いや、まだだ」
ゾロの返事を聞いたサンジの額に青筋が浮かび上がった。
「なに〜?てめぇ、食事をなめてんのか、こらぁ!」
「こいつがお前のメシを食いたそうだっただけだ」
ゾロが(あくまでもサンジを睨みながら)言うと、一瞬、サンジの顔が真っ赤になったように見えた。
「ば・・・・!・・・・もういい!ったく・・・・」
あわてて姿を消したサンジの行き先は、キッチンだろう。
「なんだ、
リン、まだ寝てるのか〜?」
「パチンコ競争、待ってたんだぞ〜」
身を乗り出して覗いてくるルフィとウソップ。
(ガキか、てめぇら。)
ゾロ、少々呆れる。それでも、サンジもこの二人も声をひそめてささやいてくるのが面白い。時々思うのだが、
リンの眠りはゾロのものよりも遥かに優遇されているようだ。
「サンジ君が呼ぶまで、そこでそうしてなさい。話はあとでたっぷり聞くわ」
ナミの顔にはいつもの笑みが浮かんでいた。
「・・るせぇ。話すことなんかねぇ」
「誰があんたに聞くって言ったのよ。今夜は
リンと部屋で語りあかそうと思ってるだけよ」
言葉でナミにかなうわけがないことを身にしみてわかっているゾロが黙り込むと、ナミは再びにっこりして姿を消した。
「ゾロ・・・・?」
ゾロの背中の上から
リンのつぶやくような声が聞こえた。
「大丈夫だ、まだ寝てろ」
ゾロが言うと、言葉にならない返事が返り、再び静かな寝息が聞こえ始めた。
ゾロはそのまましばらく目を閉じて聞いていた。