秋 日

写真/落ち葉 その島は秋島で、空気は澄んでよく晴れていた。
 きれいな小川を見て溜まっていた洗濯物を一気に片付けてしまおうと言い出したのは、ナミ。
 小さな林を背景に広がる野原を見てキャンプだ!と叫んだのはルフィ。
 それで話は決まった。
 そして・・・・・ここからはメリー号の仲間の中の1匹のトナカイに語り手を譲る。
 小さなトナカイの胸の中はいろいろな疑問や好奇心ではちきれそうになっていた。
 ふとしたことから知りたくてしかたがなくなってしまったもの。
 この日、チョッパーは元気よく弾けた。



 いつだって、自分の洗濯は自分でやる。今日もみんな、自分の洗濯物を持ってメリー号から降りた。

「なんかいい感じの木があったぞ〜〜〜!ルフィ、手伝ってくれ!」

 ウソップとルフィは長い綱を2本の木にしっかり縛った。なんか、かっこいいな、あれ。
 一番洗濯物が少ないのがおれ。多いのがナミ。サンジは重たいアイロンってやつも抱えている。

「サンジ、すごいな〜。それ、熱いんだろ?」

「ば〜か、あとであっためて使うんだ。まだただの鉄のかたまりさ。お前ももうすこし洒落っ気が出てきたら、貸してやるよ。そろそろ恋のひとつやふたつ、経 験してみやがれ」

「恋・・・・・・・?」

 サンジは何か言おうとしたけどやめてしまった。それから煙草をゆらしてニヤリと笑う。こういうときは、あれだ。絶対に怖いこと、考えてる。

「恋のことなら、クソマリモとか リンちゃんに訊いてみな。俺と同じくらいわかってるはずだぜ」

 なんだ、怖くなかった。胸を張るサンジ、なんかいい。

「わかった!ありがとう、サンジ!」

 走り出したおれのうしろで、サンジとナミの声が、そして笑い声が聞こえた気がした。サンジはナミが大好きだもんな。

 ゾロと リン。二人がよく知っているのは剣術だ。サンジがすごいのは足の蹴り。
 なんだか、すごそうだな〜、恋。

 小川のところに リンがいた。やった!チャンスだ。隣りに走って行ったら、にっこりした。やっぱりきれいだ、すごく。髪の毛がきらきらしてる。

リンも、洗濯物少ないな〜。俺よりは多いけど」

「元々数が少ないし、洗いざらしで平気だからお風呂の時にほとんど洗えちゃうの」

 小川の水は結構冷たかった。

「なあ、 リン。恋ってなんだ?」

 なんだか リンが、目を丸くした。

「サンジが言ったんだ。『おまえもそろそろ恋のひとつやふたつ』って。だから、それは何だってきいたら、そういう話はゾロか リンに訊けって。サンジと同じくらいよく知ってるはずだからって」

(・・・・・・)

  リン、何も言わない。
 そんなに説明するのが難しいのかな、恋って。すごいのかな。

「それって一人前ってことなのか? リン、すごいな〜」

 あれ・・・・ リンの顔、赤いかな?風邪ひいたんじゃないといいけど。

「よくわからないけど・・・恋は・・・自分が子供みたいになっちゃう気がする・・・」

「子供?」

「うん・・・・子供っていうのは想像なんだけど・・・・わたし、あんまり子供らしくない子供だったから」

 よくわからない。おれも多分子供らしくない子供だったし。
 あんまりいいことなかったし。
 剣術とか蹴りとか、関係ないのかな。

「子供って・・・・・遊びたくなるのか?」

  リンは笑った。そして、そっとつぶやいた。

「・・・甘えたくなっちゃう瞬間がある・・・・」

「甘える・・・・・・」

 やっぱりよくわからない。
 甘えるって、どういうことかな。くっついて眠ること?あとは・・・・・

「なんか、笑ってる顔を見たくなることか?」

  リンはなんだかちょっと驚いたような顔をして、それから黙っておれの手にさわった。ふたりとも、手が冷たかったけど・・・・何かが伝 わってきた。

「チョッパー、すごいね。わたしはそんな風に上手に言えなかった。なんだかね、突然心の中に強い気持ちが湧きあがってきて・・・・嬉しいとか喜びたいとか そんな気持ちなんだけど・・・・。自分を全部投げ出して託したくなったり全部受け止めたいと願ったり・・・・。これって、多分、命取りなことかもしれな い・・・・・・」

 最後のほうは自分に言ってるみたいだったけど、それでも リンの恋はものすごく真剣なんだってわかった。真剣な、気持ち。
 恋がなんなんだかは、やっぱりまだわからないけど。あとで、ゾロにも訊いてみよう。

 おれたちが洗濯を終わって干しに行くと、もう終わっちゃったらしいルフィが枝に座って遠くを眺めてた。・・・・・あれ、ルフィって洗濯物、あったかな?
 サンジとナミはまだ洗濯中。ロビンは木によっかかって本を読んでる。ゾロはいない。

「お〜い、そこの非常食とレディー、林に行って薪を集めてきてくれ!そろそろ昼飯の準備もしたいし」

 おれ、いつか、ほんとにサンジに食われちゃうかもしれない。まさかな。

 林の中はなんだかすごくいい感じだった。
 木の葉が落ち始めているから、お日さまが射して明るい。
 枯れ枝とかも落ちていたから、おれと リンは一生懸命に拾った。

(あれ・・・・・・・)

 1本の木の根元に、何か、見えた。
 あれは・・・・茸だ。
 多分、おれ、茸を見たまんましばらく突っ立ってたんだと思う。気がついたら、 リンがおれの隣りにいた。

「チョッパー・・・・?」

  リンの声はおれのこと、心配してるみたいだった。おかしいな。ドクターの話は、まだしたことないのにな。
 おれはズンズン茸に近づいて、確かめた。大丈夫、食べられる茸だ。

リン、この茸、食べられるぞ!おれ、茸にはくわしいんだ!お土産にしよう!」

「サンジくんが、喜ぶね」

  リンは何も訊かないで笑ってくれたから、おれは薪集めと一緒に茸も探すことにした。サンジにシチュー、作ってもらおう。
 どんどん探して進んでいくと、1本の木の根元に、今度は茸じゃなくて、光るものが落ちてた。鎖に通された金色の丸いもの。葉っぱとか人間とかの形が浮き 上がっているメダル。

「これ、なんだ?お金か?」

  リンはメダルを受け取ってしばらく眺めていた。

「お守りみたい・・・・・・神様の姿が描いてあるんだと思う。これは、ロビンが興味あるかも」

「また、お土産だな!」

 金色のメダルはきれいだったから、もしかしたらナミの方が欲しいかな、とちょっと思った。

「なあ、 リン、神様っているのか?信じるか?」

 おれは空島の冒険からずっと気になっていたことを思い出した。
 エネルは神だって自分で言ってた。すごく強くて怖い奴だった。でも、ルフィが勝った。
 へんな騎士はエネルの前に神様をやってた。でも、今はきっと神様じゃない。
 ゾロは神様を信じないって言ってた。すごく偉そうだったけど、かっこよかった。
 でもおれ、「神様!」って一生懸命祈る人も見たことある。よくわかんないけどナミも祈ってたし。

  リンはしばらく黙ってた。薪を拾いながら。

「わたしも・・・・神様に祈ったことはない。なんだか怖くて。だから、神様がいるのかどうか、わからない。でも、神様って信じる人にとってはちゃんといる のかもしれないって思う」

「怖いって、神様が強いからか?」

  リンが笑った。

「神様に祈るって、ちょっと間違うと、なにかいやなことがあったときそれを神様のせいにしちゃうこともある気がするの。自分の力不足が原因なのにね。運の 悪さとかそういうのも全部神様に預けちゃって・・・・・。逆に、自分が一生懸命がんばってやり遂げたことも、神様のおかげっていう風になる場合もあるだろ うし。・・・・ゾロはそういうのが全部いやなのかもしれない。人には永遠なんてないし、あるがままにあることしかできないから」

  リンが言うことは難しかった。わかったのは、 リンはゾロのことをすごく考えたことがあるんだってこと。 リンは神様を信じることそのものが怖いんだってこと。

リンは、いっぱいいやなことがあったのか?」

 おれが言うと、 リンは薪を下において、そっとおれを抱き上げた。あったかい。いい匂いがする。

「全部、消えちゃった。ずっと前に」

 頭の上から リンの柔らかい声が聞こえた。
 甘えるってこういうことなのかな。おれ、ちょっとだけわかった。

「ったく、声をかけにくい話ばかりしやがって」

 目を開けたら、ゾロがいた。
 片手で頭をボリボリ掻いてる。いつからいたんだろう。
  リンが静かにおれを地面に下ろしてくれた。
 ・・・・なんだか、また顔が赤い。ゾロが脅かしたせいだな。

「ゾロも薪拾いか?」

「お前たちがなかなか戻ってこないから、アホコックが騒いでるんだ。これだけ集めたんだろ、もう行くぞ」

 ゾロはおれと リンが集めた枯れ枝の山を一人で抱え上げた。
 おれは茸の山、 リンはメダルを持ってゾロの後ろをついていった。
 けど。そうだ、ゾロだ!

「ゾロ、なあ、恋ってなんだ?」

 ・・・・・ゾロが薪を全部落とした。すごい、なんだか。

「ゾロ、あの・・・・・」

 ゾロがすごい顔で振り向いた。迫力ありすぎだ。

「あのアホコックがお前になんか言ったな?」

「あの・・・・おれもそろそろ恋をしてみろって・・・・・・ゾロや リンがよく知ってるって・・・・サンジくらい」

「あんのクソコック野郎・・・・道理で俺を迎えに・・・・」

 ぶつぶつ言うゾロの顔がなんだか赤い。
 恋って顔が赤くなるもんなのか。なんでだろう。サンジは平気だったのに。
 ゾロは薪を集めなおした。

「恋だのなんだの、お前にはまだ早いってことだ。それに、俺をあのアホコックと一緒にするな」

「じゃあ、ゾロはサンジよりもっと恋を知ってるのか?上手いのか?」

 ゾロがかたまった。
 おれ、どうしよう。

「チョッパー、あの・・・・もうやめよう。恋はきっとよくわからなくても突然・・・・なものだから」

  リンがもう一度おれを抱き上げて、ぎゅっとしてくれた。そして、そのまんま歩き出した。見えないけど、多分、ゾロが歩き出したってこと なんだろう。

「ったく・・・・てめぇがおかしなことを言い出すから・・・・・・」

 ゾロの声が聞こえて、 リンが歩くのをやめた。
 背中の方からなにか・・・・・。
 ああ、おれ、多分、 リンとゾロの真ん中に挟まれてるんだ。

 なんだかすごく、あったたかった。

2004.10.21
Copyright © ゆうゆうかんかん All Rights Reserved.