再 生  3

イラスト/ ルフィたちが来た!

  リンちゃんのところに走って行きたい気持ちと、なんだか逃げ出してしまいたい気持ちと。そんなのがなんで一緒に胸ん中に湧いてくるん だ。
 ゾロの馬鹿野郎。
 お前さえいれば、今日は最高の日になったのに。

(くそ・・・・・)

 思い切ってドアを開けると、 リンちゃんの気配はなかった。
 ああ、そうだよな。休みだもんな。
 行き先はなんとなくわかった。
 朝食の時、ずっと海を見ていた リンちゃん。

 俺はブラブラと海岸に歩いていった。
 やっぱり。
 道は小高い崖の上で途切れ、浜辺に行くには斜面を横切る細い踏み跡を降りるしかない。道の終わりに立つ俺からは、浜辺の リンちゃんの姿がよく見えた。
 膝を抱えて座りながら、視線は遥か彼方の波打つ海に向いている。
 じっと動かないその姿を、これまで何回見ただろう。
 時には俺もその隣りに座って一緒に海を眺めた。
 麦藁帽子を被った海賊旗と白い羊の頭が見えて気やしないかと。

(そういえば・・・・・ルフィたちはどんな船に乗ってきたのか・・・)

 ここから港は見えない。
 見えるのは砂浜と海だけだ。

 と、 リンちゃんの姿にどこか変化が起こった。座ったままなのに変わりはないが、背中が緊張してる。
 その視線の先には海に浮かぶ黒い点みたいなものがあった。船影か?それにしても小さい。
 島をかなり離れた沖には何本かの大きな潮の流れがあって、その1本がこの浜の入り口にまっすぐ向かっているのだと漁師の連中が教えてくれた。俺と リンちゃんは、多分その流れに乗っかってものすごい勢いで流されたんだろうってことだった。船を壊しちまうこともあれば、命を助けるこ ともある。海って奴はそんなもんなんだと、男は笑った。
 
 影は少しずつ大きくなってきた。
 船だ。ボートだ。本船が難破でもして避難したのか?
 それとも島の誰かが遊んでるのか。あの辺りは貝がよくとれるらしい。

  リンちゃんは立ち上がった。
 揺れながら近づいてくるその小船のスピードが増していた。漕ぐ人影は一つだ。
 ・・・・そんなはずねェ。これまでも何度か俺たちは浜辺で船を迎え、その度に・・・張り付いた笑顔で見知らぬ連中と知り合いになった。
 だけど。
 力強く漕ぎ続けるその人影は、あまりにもあいつを連想させた。腕の筋肉の動きまで想像できる。船の錨を一人で持ち上げちまうあいつの太い腕。

  リンちゃんが1歩後ろに下がった。
 俺にはその気持ちがよくわかった。
 信じてェけど、もう裏切られたくない。
 船を漕いでくる人間の頭が緑色のマリモみたいだなんて・・・段々見えてくるアレを信じていいのかわからねェんだ。
 アレは夢だ。幻だ。
 だけど、 リンちゃんの身体が震えてるってことは、俺と同じものを見てるってことだ。細い身体に腕を回してぎゅっと自分を抱いている リンちゃん。俺は言ってやりたかった、叫んであげたかった・・・・・俺にも見えてるぜ!って。でも、身体は動かねぇし、喉はからから だ。

 やがて船は浜辺に近づき、乗っていたそいつが海の中に降りてそのまま船を押してきた。
 白いシャツに緑色の腹巻。腰の3本の刀。
 クソ、どう見てもロロノア・ゾロだ。他の奴が化けてやがったら下ろしてやる、てめェ。

 震えながら立つ リンちゃんと。
 逆光で表情がよくわからない、ゾロみたいな・・・・ゾロと。
 ここに突っ立って動けねェ俺。

  リンちゃんが1歩踏み出し、それからまた1歩・・・そして2,3歩走ったかと思ったら、おかしな感じに膝をついた。でもすぐに立ち上 がって、またふらつきながら走って転ぶ。
 あれは俺とおんなじだ。
 レストランでルフィたちの声を聞いた時の俺。地に足がついてないってやつなんだろう。
 ゾロは、歩いてきた。1歩1歩。
 ・・・・馬鹿やろう。走りやがれ。
 それともあいつも実は足に力が入っていないのか?
 俺はなんだかここは遠慮すべきかなとは感じてたけど、やっぱり動けなかった。目を離せねェ。
 それでも、最後に二人が互いに触れ合う距離までどうやって近づいたのか、俺にはよくわからなかった。 リンちゃんが手を伸ばしたと思ったら、いつのまにかゾロがそこにいて、 リンちゃんの顔を両手で包み込んだ。一瞬、二人の唇が触れ合ったかと思ったら、 リンちゃんはゾロの腕の中であいつの胸に額をつけていた。ゾロはしっかりと リンちゃんを抱いて髪をなぜていた。

 それはなんだかあまりに綺麗な光景だったから。
 俺は黙って二人を見てた。
 いつのまにか煙草が口元まで灰になっちまってた。

(あいつまで『綺麗』に感じちまうなんて、おっかしいよな)

 その時、ゾロが顔を上げて真正面から俺を見た。
 そうだよな、あいつからは俺の姿も見えてたはずなんだ。俺はちょっと肩に力を入れて、浜辺に下りて行った。

「よぉ・・・」

 よぉ、じゃねェよ、こら。
 覚えてるのとおんなじに唇の両端を上げてニヤリと笑いやがった。

「一応主賓だったくせに、やけに待たせるじゃねェか」

 俺が言ってやるとゾロは一瞬考えた。それから、ああ、とうなずいた。
 ・・・・にしても、 リンちゃんを左腕で抱きしめたままだぞ、こいつ・・・・。
 このぉ〜!・・・・離すなよ、 リンちゃんが自分から離れるまではしっかりつかまえててやれよ、クソマリモ!

「旨い酒でも飲ませてくれるのか?」

「馬鹿野郎。てめェが遅いから先に飲まれちまったよ。粗茶で我慢しろ」

 ゾロ。こいつ、全然変わってねェ。余裕かましてるとこも。俺の神経にビリビリくる感じも。
 どうしよう。
 俺はこいつの前でだけはみっともない顔を見せるわけにはいかねェ。
 なのによ・・・・。

「ゾロ〜〜〜〜〜!!! リン〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 チョッパーとウソップを抱えたルフィが文字通り飛び込んできた。舞い上がる砂埃の中、何がなんだかわからなくなった。

リン〜〜〜〜!あれ、ゾロ!ゾロもいるじゃない!!」

 ナミさんとロビンちゃんが崖を下りて来る。
 砂が落ち着いて、ようやく全員が顔を合わせた。
 ゾロの肩に腕を回しているルフィ。
 チョッパーを抱いている リンちゃんにナミさんが飛びついた。
 ロビンちゃんはいつもの大人っぽい微笑を浮かべ、ウソップの奴はなぜか俺の脚に抱きついている。

「おいこらウソップ!お前、ちょっと落ち着けよ、こら!」

 ウソップに言ってるんだか自分に言ってるんだかわからねぇ言葉。
 突然の麦わら海賊団全員集合。
 嘘みてェで、なんだか眩しすぎる。

「なんだよ〜。嬉しいんだから、いいじゃないかよぉ〜」

 いいぞ、いいんだけどよ・・・・ズボンに鼻水つけんな。

 浜辺にそのまま円を描いて座り込んで。
 俺たちはひとしきりしゃべりまくった。笑いまくった。自分が誰に相槌を打ってんのかわからないくらい、全部の話を聞こうとした。
 一息ついて煙草に火をつけようとしたとき、隣にいつのまにか リンちゃんがいた。

「これは、全部、ほんとなんだよね・・・・サンジ君」

 俺を見上げる リンちゃんの瞳にはものすごくいろいろなものが溢れている気がした。

「ああ、そうさ!俺たち二人の静かで落ち着いた毎日はもうおしまいだ。またうるさくなるぜ。・・・・待ってたかいがあるってもんだ」

  リンちゃんはにっこり笑った。それから、そっと・・・ありがとう、と囁いた。そして俺が返事をする前に、立ち上がって歩いて行っちまっ た。
 俺はうまく返事が出来なかったことはちょっと・・・だったが、なんだかまた無性に嬉しくなってきて・・・・

「んナミさ〜〜〜ん!ロ〜ビンちゃ〜〜〜〜ん!」

 久しぶりの5回転を決めた。
 ああ、1年ぶりの切れ味、この快感。

「サンジ、全然変わらね〜な〜」

 ルフィのイシシ笑いが聞こえた。変わらねェか。ま、その方がいい。

「アホ・・・・」

 聞こえた呟き声はあいつだ。あのクソ剣豪。
 ただのめでてェ誕生日だったはずが難破記念日になって、それからちょっきり1年後の誕生日が麦わらチーム再会記念日になりやがった、とんでもねェ馬鹿野 郎だ。

「なんだとこら!このマリモ頭!」

 軽く繰り出した右足の蹴りを、ゾロはあっさり受け止めた。
 ・・・これだよな。こういうサンドバッグがいないと俺の足技も鈍っちまう。こみ上げる嬉しさを隠して、もう何回か攻撃してやった。

「なぁサンジ〜〜〜〜、腹へった〜〜〜!レストランのおっさんが待ってるからメシ食いに戻ろう!!」

 ルフィが叫んだ。
 俺は店のことをすっかり忘れていた。

「やべェ!!」

 俺は思い切り走った。当然、みんなもすぐ後ろからついてきた。

「ルネさん、わるい!ランチタイムが・・・・・」

 店に飛び込むと、中は街の人たちでいっぱいだった。テーブルもカウンターも埋まり、立っている人が沢山いる。
 その全員の視線が、俺と俺の後ろから店に入った連中に注がれた。

「お前はクビだ、サンジ!一番忙しい時間をすっぽかしやがって」

 厨房から出てきたルネさんが開口一番こういった。
 でも、その声からも表情からも怒りは感じられない。

「・・・にしても、おまえ、海賊だったんだな、サンジ。道理で強いわけだ、 リンちゃんも。この1年、二人とも、ほとんど街の用心棒だったもんな〜」

「だよなぁ。いなくなったら今度は俺たちがもうちょっと強くならないとなぁ」

 口々に言い出すみんな。

「あんたたち、ここでどんな生活してたのよ・・・・」

 ナミさんのため息が聞こえた。
  リンちゃんの顔が赤い。

「おっさん!俺、腹減った!なんかうまいメシ食わせてくれ!」

 待ちきれなくなったルフィが叫ぶと、ルネさんは笑った。

「みんな、待ってたんだ。すぐに料理を出すからちょっと座ってな。サンジ、お前はもうクビだからそこにいろ。手伝いたいって奴らがたくさんいるからな」

 ルネさんには全部わかってたんだな・・・ルフィたちを見たときにもう。
 俺はただ、そっと頭を下げるしかなかった。

 みんながテーブルのひとつを空けてくれて、俺たちを座らせてくれた。
 料理や飲み物が次々と運び出された。ランチメニューのために仕込んでおいたもの以外に何品も皿が増えていた。

「ほら、ご注文の品だよ!」

 店の入り口から入ってきたのは近所の菓子屋のおばちゃんで、手に持った盆の上には大きなケーキがのっていた。

「ああ、突然で悪かったな」

 ルネさんが受け取って、俺たちのテーブルの真ん中に静かに置いた。それからゆっくりと視線を回し、ゾロと向き合った。

「あんたの誕生日なんだな、今日は」

「あ・・・?」

 ゾロは不思議そうな顔をした。その隣りには リンちゃんが座っていてものすごく楽しそうに笑っていたから、俺には納得だったけど。

「おっさん、すげぇなぁ〜!ゾロのこと、知ってんのか?」

 ルフィが盛り上がる。・・・・アホ。「海賊狩りのゾロ」とか「賞金首6,000万ベリーのロロノア・ゾロ」をたとえ知ってても、普通誕生日までわかるか よ。
 見ると、ウソップやチョッパーの瞳もキラキラしてる。
 お前ら、ほんっとに変わってねェ・・・・。ナミさんと目が合って一緒にため息つくのも同じだ。

 なんだかお祭り騒ぎをしたかった俺たちの気分はどうやら店中に伝染して、ドンチャン騒ぎがはじまった。
 食えるだけ食って、飲めるだけ飲んで。ルフィの食べっぷりは相変わらずそれだけで立派なショーだった。
 何度もゾロの誕生日に乾杯した。去年できなかった分まで何度も、何度も。そのたびに照れて困ってるくせにそれを隠すあいつが面白かった。



「なあ、ゾロ!プレゼントとか欲しくないのか?俺、今は持ってないけど、あとで・・・・」

 チョッパーが言った。
 そしたら、あいつはチョッパーの帽子をバフン!と叩いた。

「いらねぇよ。もう全部取り戻したからな」

 満足そうにそういいながら、こいつの目はもう先を見てる。
 大剣豪へ続く道。

「じゃあ、今度はそれに乾杯だ!」

 俺が叫ぶと全員がグラスを上げた。
 これからまたはじまる旅、冒険、夢。

 忘れられなくなりそうなゾロの誕生日の夜はにぎやかなまま更けていった。

2004.11.11
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